38.それぞれの信じるもの
「ったく、金に目の眩んだ連中と来たらろくな事考えねえな。」
「ほんとっすねえ、手のつけ所考えろって感じですよ。...いや、一応言っときますけどうちらじゃなきゃいいって意味じゃないっすよ?」
「んなこたぁわかってるよ。お前がそこまで馬鹿じゃないことぐらいはわかってる。」
仕事を終え、外に出て龍香も龍二も煙草をおもむろに吸い出す。龍二はいつも通りにスーツを着ていたが、龍香はジャケットを右肩にかけシャツは袖まくりと彼女にしては珍しいかなりの着崩したスタイルであった。
「姐さーん、真希はどうするんすか?」
「ああ、別の場所に抜け道があるからそっち行って拾って帰るぞ。ここにいてもろくなことにならねえ」
教会から離れようとする龍香達の後ろについてきた女がいた。
「待ちなさいよ!」
女は聖白教会の信者理紗だった。彼女はナイフを持ち、真っ当な話し合いをする気がないことは簡単に窺えた。しかし、龍香も龍二も一切慌てることはない。
「あ?教祖様に殺せって言われてあんなたじろいでたくせに刺せるのか?刺してみろよ、刺せるものならよ」
「…うわあああああ!!」
理紗は、ナイフを突き立て龍香に襲い掛かる。しかし、人に殺意を向けられることも殺意を向けることも実際に襲い掛かられたことも、この哀れな子羊と殺しを生業とし修羅の世界で生きているこの女とではあまりにも経験が違い過ぎた。普通の人間であれば驚いて避けれない程度には今度は躊躇いなく襲い掛かってきたその狂刃は投げ飛ばしたジャケットであっさりと躱され、手首にナイフを落とす程度の衝撃を的確に加えられ更には脇腹には強烈な回し蹴りを加えられる。無様にナイフも落とし、訓練すらまともに行っていない女性が受けるにはあまりにも強いその一蹴りで噎せ返ってしまう。龍香は襲えないと判断するとジャケットを拾い上げるが、そのジャケットは左脇の辺りが破れてしまい、もう着れるような状態ではなくなっていた。
「姐さん、大丈夫っすか?」
「私は無傷だがふざけんじゃねえよ。ジャケット破れたじゃねえか。まともに刺せるようになってから喧嘩売りやがれ」
「…こんなことしていいと思ってるの…?」
「仕事のことならさておき今のは明らかな正当防衛だろうが。シャバの人間でもあれを暴行と思う人間はいない」
「絶望的な生活をしてた私をあの未来視で救って来たのは道雪様よ…あんな形で信じてた私の気持ちを折って…私はこれから何を信じてどう生きればいいのよッ!!」
龍香はその叫びを耳にした後、後ろに振り返り今度こそ教会から歩み去る。しかし、その叫びには龍香はしっかりと答えていた。
「何を信じる必要もねえだろうが。あんた一人の力で生きていけばいい。あんたには明るい道歩いて普通に生きていける立派な体もオツムもあるだろう。」
「...随分な事ね。偉そうに。貴女は神様?それとも正義のヒロイン気取り?」
「私に正義のヒロインたぁ随分似合わねえ称号だ。だが言っといてやる、正義ってのは善悪じゃなくて気に入るか気に入らねえかだ。いい勉強になったな」
女の方を見ることも無く、そう言い捨て龍香達は立ち去っていった。
一方、聖白教会の内部。龍二によって未来予知能力のタネも仕掛けもばらされ、反社会的勢力からの金を吸い上げて巨万の富を得ようとしたことも元信者の知るところとなった道雪は血眼になって元信者たちに追われていた。しかし、彼が見つかることはない。出入りしていた人間ですら知らない隠し通路に入り逃げ延びようとしていた。しかし、彼がその道を走り抜けることは叶わなかった。
道の途中に一人の少女がいた。
「…!?誰だ!なぜこの道を知っている!?」
「ふふふ、こんな緊急用の脱出通路があるなんて古典的ですねえ。まあ隠せてないから龍香さんにはちょっと歩いただけですぐ見抜かれてましたけど。ねえ、白上道雪さん?いや、黒崎絢斗さんって呼んだ方がいいですか?」
「私の本名まで知っているだと…!?まあいい、そこを退かないなら死んでもらうまでだ」
「あらぁ、殺人なんてもってのほかじゃないんですか?でもそれならいいことです、私が信じてる宗教では人を殺すのはとっても楽しい事って教わってるんですよ。それが貴方みたいな下衆なら尚更ですねぇ!!」
少女は書き記すまでもなく神崎真希であった。リッパーナイフと折り畳みの鋸と釘打ち銃を持った狂気の少女は隠していた狂気を解き放ち、道雪に襲い掛かる。人を殺すことに一瞬躊躇した男は瞬く間にその狂気と殺意に飲まれ倒される。不気味な笑みを浮かべどう見ても持っている物を正当な使用目的とは違った用途で自分に使おうとしてる少女に今まで経験したことのない恐怖を覚えた。
「ヒッ…頼む、助けてくれえ!」
「あらあら自分は殺そうとしたのに随分都合がいいですねぇ。それと折角神様から未来予知の力なんていいもの頂いてるんですから自分の未来でも見てくればいいんじゃないですか〜?」
そう言うと真希はエプロンから拳銃を取り出しその銃で足と肩を打ち抜き、一瞬で動きを封じる。銃の扱いが龍香ほど達者でない彼女でも、0距離でならば外しようがない。
痛みにより動きの自由を奪われた道雪はもう真希を止めることはできない。鋸を手に取り腹に押し当て、切り裂かんと引き始めた。その表情は狂気によって歪んだ恐ろしい笑みとなり、最早言葉が届かないことは簡単に窺えた。
「ガァッ!痛い、痛いいッ!!」
「キャハハハハッ!やっぱり電気鋸よりこっちの方が苦しむ姿が見れていいですねえ、時間かけてゆーっくりバラッバラにしてあげますからいい声出してくださいよぉ!!」
目的のために人を殺すわけでもない、純粋な快楽のために人を殺そうとする狂気の少女が街にいること、そしてその少女や数多の男たちを素手でいなす大男を従える最強の暗殺者がいること。
自らの情報収集能力で事前に得られなかった情報は、あまりにも致命的であった。自らの臓物を引きずり出され見るも無残な姿をさらし息絶える直前に、男は初めて自らの軽率さを呪った。
その後ろには、荒事の後始末に慣れた掃除屋が複数人いたにも関わらず全員があまりにも猟奇的な『掃除』に言葉を失っていた。
「…お、おい…」
「噂には少し聞いたことあるけどあれが龍香さんが飼ってる掃除屋か…思った以上のイカれ具合だな…」
しかし、男の反応は真希が思っていた以上にすぐに終わってしまい声が出なくなると不気味な笑いも消え失せ見下げた目からは呆れも見えた。
「…あーあ。なんでこういうさも自分が強いみたいに言う人ってこんなにすぐ壊れちゃうんだろう。面白くないなぁ。…ねー出てきて。こいつズタ袋に突っ込んで運び出してよ」
不機嫌そうに真希は後ろに向けて声を出す。一瞬後ろに待機していた男たちは声をかけられて怯むが、その直後の一声ですぐに動き出す。
「龍香さんに言う事聞かない奴とかノロマな奴いたら遊んでやってもいいって言われてるんだけど?早くしてくれないかな、こんなので終わって不満なんだけど」
こんな少女に逆らったら自身がどうなるかも、仮にその気になった少女を抑え込んだとしてもその先でこの少女の上にいる女によってどういう目に合わされるかも簡単に想像がついた男たちは慌てて肉の塊と化した教祖の男の回収に取り掛かった。
「そういえば、なんで真希だけ別動なんですか?」
「実は教祖だけは殺せって依頼だったんだよ。あんな洗脳する力だけは超一流の野郎野に放ったらどうせどっかでまた同じことやるからな。表向きの連中は私らで死なない程度に痛めつけて未来予知とやらのタネがバレたあいつは怒った信者から逃げるために緊急用の避難通路に逃げるだろうからそこを真希にやってもらおうって算段だ、最初っからな。掃除屋は一門持ちで複数人真希以外にも手配そいつらには後ろに待機してもらってもしもの時の真希への加勢をしてもらったり死体の後始末に関しては真希の言う事を聞いて動いてもらうって約束も取り付けてる、だから真希が負ける心配もなし。あいつがサシでヘマするとも思ってねえが仕事だから万全には万全を期してな」
「へえ。…っていうかだから俺がこんなところで姐さんとなんすね」
「そういうことだ。あいつらはあの豚野郎に洗脳されただけの可哀想な奴らだ、殺す理由もねえ。それに殺しのない素手のやり合いならお前が1番の戦力だ」
「ありがたいお言葉です。…煙草切らしちまった」
龍香の胸ポケットにあるラッキーストライクに手を出そうとした龍二は、すぐさま頭を叩かれる。
「いってえ!」
「だからてめえの煙草くらい管理しとけっつってんだろ!二度と連れて来ねえぞ!」




