35.料理下手
「腹減りましたねぇ」
「うん...もうこんな時間か。確かにそうだな。おい龍二、飯頼む」
「ういーっす。野菜と肉どっちがいいっすか?」
「私が野菜って言うと思うのか。肉」
「っすよね。はーい」
村山警備事務所では身の回りの事は分業制になっている。生活に必要な金回りの管理は龍香が、料理及びゴミ出しや買い出しなどの外回りのおつかいを龍二が、掃除などの共用部屋の管理を真希が行っている。新入りのシェリルはまだその辺のことには介入していない。
「そういえばめんどくさがりなのに外食とかしないのね。いつも事務所で食べて」
「当たり前だろうが。身元のわかんねえやつが作った飯なんか食えるわけねえだろ。私らだって薬殺とかやるんだから自分がやられると思っとくのは当然だしそもそも見ず知らずの人間を信用しないのは殺し屋やスパイの常識だ。」
「この事務所作るまではどうしてたのよ」
「一門の下っ端が飯担当でそいつらのだけ食ってた。他所で飯食うこともそん時はなかったわけじゃないが一門の息がかかったところ以外は行かなかったな」
龍香とシェリルが待ち時間の間喋っているが、その間龍二は黙々と料理をする。10分程経ちステーキとサラダと各々の食事量に合わせた米が並べられる。
全員に合わせた焼き加減となっており、龍香のみ完全に芯まで焼けておりそれ以外の面々は表面を焼き上げたものになっていた。
「...どうやって覚えたのこれ?」
「姐さんの好みに合うように色んな料理覚えてたらいつの間にかなんでもできるようになったんだよ。寿司も出せるしパスタも中華も出せる。レシピなんかいくらでも覚えれるしな」
「ふーん。そう言えば龍香、貴女料理しないの?」
急にシェリルに話を振られると、龍香は珍しく目を逸らす。プライベートでの都合の悪い話が出た時の特徴で、彼女にしてはかなり珍しい反応ではあるがシェリルはすぐ察した。
「...見た目がまともにならねえからやらねえんだよ。見た目も味の決める要素のひとつだからな」
「そうっすよね〜俺が来た時姐さんが蕎麦作った時なんて揚げ玉どっかのラーメン屋のモヤシみたいにぐっちゃぐちゃに盛ってて」
「うるさい!それで私がキレて『じゃあお前がやれ』って言ってからの料理担当だろうがお前!しかも最初は下手糞だったくせに!」
仕事中の龍香からは考えもつかないやり取りにシェリルは口を抑えてクスクスと笑っていた。龍香は顔を赤くし、たまには強く出てみたくなったのか龍二は得意気であった。そしてこの場には今仕事でいない少女に話が行く。
「そういえば、真希にはやらせないの?」
「あー、いや」
「ちょっと、真希の料理はなぁ...」
龍香も龍二も、龍香の料理には言及したのに真希のには言及を避けていた。彼女の調理にトラウマがあったのは最早シェリルでなくともわかったであろう。
話は2年前、まだシェリルが事務所にはいなかった時。
龍香は料理をその頃には龍二に全面的に任せていたのだが、例外的に龍二が料理できなかった時が一度だけあった。
「龍二ー…流石に無理だな」
「流石に無理っすねえ、腕折れてちゃ包丁も鍋も使えんっすよ」
龍二はその時腕を仕事で失敗して骨折していた。それでも与えられた仕事自体はこなして帰還していたものの、しばらくは事務所で事務仕事のみを行うように言われており料理もできないと申告していた。
「仕方ねえな、真希にも飯作ることくらい覚えてもらうか。おい真希、お前がやれ。レシピとか作り方は龍二が全部纏めてるはずだ。それ見て作ってみろ」
「はーい」
これが大失敗であったのは書き記すまでもない。30分後、真希が作った料理が出てきた。見た目こそは普通であるものの、匂いが明らかにおかしいのである。サラダからする匂いは酢の香りが異様にキツく、鍋から吹き出す蒸気で顔に痛覚を覚えるほどに唐辛子が多すぎるのである。
「…真希、お前レシピ見て作ったか?」
「味しないかなって思ってちょっと多く色々入れてみたんですよ。見た目は写真の通りだし味には問題ないと」
「蒸気が辛いキムチ鍋なんかあってたまるか!!どこの激辛チャレンジ店だよ!!」
「っていうかサラダも酢多すぎだろ!匂いがおかしいだろ!」
「えー」
想像を絶する料理下手を匂いの時点で察しをつかせてしまったが、それでも料理を頼んだ手前全く口をつけないことも失礼であると考え一応二人とも恐る恐る箸を鍋と皿に伸ばし、中の物を食べてみる。毒などないことは疑いようもないことであったのだが、鍋料理を食べた龍香はあまりの辛さに喉に激痛が走り噎せてしまい、サラダを食べた龍二はあまりの酢のきつさに片腕にギプスをつけており走りにくい状態であるとは思えないほどの勢いでトイレへ駆け込んでいった。
「えっ、えっ!?どうしたんですか!?」
「…すまない、怒鳴って悪かった。というか料理させた私が悪かった。二度とやらなくていい。」
普段不手際には厳しい指摘を行い先程も厳しく料理の指摘をした龍香が珍しく自身に落ち度があったとまで言い矛を収めてしまう。それに納得のいかない真希が箸を手に自らが作った失敗料理を口にする。…しかし真希は二人の様子が嘘のように異常な辛さのキムチ鍋も酢が多すぎるドレッシングがかかったサラダも食べてしまう。普段龍二が作っていた料理と大差ないと言わんばかりの食べ方に、流石の龍香も目を丸くしてしまう。
「普通に食べれますよ!」
「…下手なうえに味音痴までついてるのか。ますます任せられねえ。…どうでもいいけどお前、米はどうした。鍋で仰天して忘れちまった」
「あっ、そうだ!お米はっと…炊けてない。ボタン押したんですけど…」
「…予約タイマーじゃねえかお前が押したの!炊けるわけねえだろうが!」
結局、その後龍二が両腕を動かせるようになるまで龍香が食事を担当した。見た目は汚いが、食べれない程味が悪いわけでもなく炊飯器のボタンの押し方くらいはわかる彼女の方が幾分マシであるという結論に達したのである。




