27.瀬川美鈴
「…また警官が不要に嗅ぎまわってるみてえだな。」
「斬りに行きますか?」
「不要な喧嘩は売らねえ主義なのはわかってんだろ。下調べして終わりだよ。」
村山警備裏事務所。警察官の不要な動きを客先などの情報から素早く察知していた龍香は泰然と構えていた。
それでいながら、余計な干渉が入らないうち依頼が来ないうちは先んじて攻撃はしない。彼女の仕事のスタンスが垣間見える返答だった。
「しかし司法に操られた人間ってのは大変だねえとは思うわ。あんなもん従う気がないなら意味をなさないというのに」
「いやーでも...あー。」
龍二は龍香の言い回しがおかしい事に気が付き嘆息する。付き合いが裏社員の中でも最も長い龍二は、そういう言い回しからも彼女の意図をある程度は図れるようになっていた。
「詰まったってことはわかってるだろうが、従順なのと操られるのは別だ。あんなもん個人の正義観を決める一要素に過ぎねえ。それを絶対正義の如く崇め奉ってりゃ生きにくくて仕方ねえだろう。それに、そう言った固い考えの元で人が育ちゃ考えが正しくてもひん曲がっちまう。薬が量が多すぎれば毒になって旨い飯も食いすぎりゃ不味くなるのと同じで法が絶対みたいなことをやってりゃ逆に不幸になるんだ。」
そう言って言葉を切ると、法が絶対正義と信じて疑わない警察官とも接点を持っていた事を思い出す。定期的に誠一とは別に来ていて、ある日突然来なくなった1人の婦警のことだった。
今から六年程前。
「ようこ...ゲッ」
「何?誠一君じゃないとまずかったかしら?それとも疚しい事でもしてるの?」
「し、してないですよ。どうぞ美鈴さん。」
まだ龍二も真希も社員として加わっておらず、龍香1人で裏事業の全てを行っていた頃に誠一以外にもう1人龍香の元に誠一程の頻度では無いが訪れていた緑髪の女性警察官がいた。
彼女の名前は瀬川美鈴。龍香は警察官でありつつもスジ者の存在を完全には否定しない誠一とは異なり、完全に法に背く人間は悪であり社会に反した組織も同様であると頑なに信じる彼女のことは苦手としていた。事実、暴力行為や公務執行妨害で何度か龍香は彼女から補導されていたこともあり会社を創立させたばかり且つ今程方弁も冴えていなかった龍香は毎度毎度冷や汗を流しながら彼女を裏事務所に入れていた。
「やっと更正したのに貴女なんで私がそんなに苦手なのよ。それと毎回思ってるんだけどなんで警備会社に入るでもなく警備会社作ったの」
「私みたいな顔にも履歴書にも傷のある中卒誰が雇うんですか。自分で事業やった方がまだ生活できますよ」
乱雑に返す龍香であったが、勿論これは大嘘であった。警備会社では拳銃などの警察官が装備するような制圧用の武器は使うことが出来ないが、ある程度の武器の使用保持は認められる。暴力団との接点を持つ以上当然彼女は拳銃も刀も持っていたが、この手の物を法律上保有してても問題ない武器に紛れ込ませて隠して管理しやすくする為が1つ。それと表社会に利益も齎す極道には堅気に害をもたらす摘発せざるを得ない違法行為が露見しない限りは警察は強くは出れない。これらが彼女が警備会社を表向きの事業とした理由だった。
龍一が最大限の配慮を量ったことから逮捕歴こそないものの、彼女は高校すら出ておらず暴力団の仕事への加担などから補導歴もある。彼女の言う通り、普通に雇うところはないであろう事も容易に考えつくことも彼女が事業を立ち上げた事に説得力を持たせていた。
「せっかく法の下で生きていけるようになったのにね。法を信じてればどんな人でも必ず真っ当に生きていけるようになるわ」
「そうもいかないんですよ美鈴さん。やっぱり黄色い札持ってる人間には世間は冷たいんです」
司法は絶対に人を救えると頑なに信じる美鈴と法律で救われなかった立場上は元極道の龍香。話がどうしてもかみ合わないのは必然であった。
そんな中のある日。龍一が龍香の元を訪れた。
「よお龍香。大口の依頼で来た。…うちと対立してる組と今抗争状態にある。うちの助けに来てもらいたい。」
「…ノーサイドのつもりで独立はしたんですが何分まだまだ資金も信頼も不足しています。やりたくはないので高くつけますが受けます。」
そう、瀬川美鈴が龍香の元を訪れなくなった、そして堅気の人間が彼女の生死を把握できなくなった日。
それはこの、龍香が出向いた抗争の期間の一日であった。




