24.その時の立場
一週間後。誠一が龍香の事務所にやってきた。酷く濃い隈が目の下には出来上がり、たったの10日程見なかっただけにも関わらずその姿は酷く衰弱しているように見えた。
「…ご自愛ください。仕事だとは思いますが」
「ああ。あいつが消えてから普段の何倍も煙草吸ってるし寝れなくなっちまった。…見つからねえ、見つかるはずがねえ。あいつは俺が恐れてた通りの最大の地雷を踏んじまった。…脅迫じみたことをお前言ってたけど、何か知らねえか」
「私の方では検知していませんね。…それに仮に知ってたとしても言うとお思いですか?」
「…そうか。」
普段はそれなりに社交辞令として会話を長々する二人であるが、この日も涼太が生きていた時に最後に顔を合わせた時と同じく無言のまま時間が過ぎる。憔悴しきった誠一と余裕の態度の龍香で時間の流れ方はだいぶ違ったであろう。
「なあ、これは警察官としてじゃなくて純粋に気になったから聞きてえんだ。」
龍香にとってはものの数分、誠一にとっては一時間以上にも感じられる無言の時間を経て、誠一が絞り出す。
「盗聴器や録音機の類を持っていないことを確実にできるなら私に差し支えない範囲でなら。私の部下に調べさせましょう。シェリル」
「はいはい、人使い荒いわねえ貴女。…携帯だけね。それ以外は電波が出てるもの拳銃以外の金属もなさそうだし大丈夫じゃないかしら。」
金属探知機や電波探知機などを使い、手早く調べる。調べ終わるとすぐに部屋に戻っていった。促される前に携帯電話の電源を切り、誠一は尋ねる。
「龍香、お前何故、こんな黒い仕事から足を洗わない?その能力があるなら普通にやっていけばどうとでもなるだろう。」
「その話、されたのは二回目です。私は死んだ人間ですから。これが私にとっての普通でそれ以上でもそれ以下でもありません。」
「もひとついいか?...お前のその仁義とか言うのは、そこまでして守るべきもんなのか?」
その目は、普段誠一を見る営業のための柔らかい表情ではない。暴力団にその腕を売り、幾多の人間を地獄に落として来た裏社会に名を馳せる至高の暗殺者の本来の表情。客に向けての口調を外し、本来の冷たい口調で誠一に突きつける。
「...私らにとっての仁義ってのはあんたらが大事にしてる法律と同じもんだ。その線はあんたらの世界とは決して交わらない。その交わらない境界をつき崩そうとする人間を私達は許さない。あんたが1番よく分かっているだろう。」
誠一は直接は口にしないし死体も見つかるはずがないから立件のしようもない事はわかっているが、確信は着いている。
目の前のこの女が、自身の後輩もその家族も葬り去ったことを。
「...お前が普段の口調で俺に話しかけるの、一門にいた時以来に聞いたよ。どうしたらいいかわかんねえわ、やれるなら撃ちてえ位にはムカついてる」
「やれるものならやってみろ。あんたが死ぬだけだ。わかってんだろ、そういうことを言うってことは奴が私らの畑を踏み荒らしたということ位は。」
「...ダメだな。わかってたつもりだったがわかってなかったみてえだ。今日はもう帰る。最後に聞かせてくれ。お前にとって、正義ってなんだ?」
「敵かそうじゃないかだ。そんなことを聞いてどうする?」
「わかりやすくていいこった。...じゃあな。」
そう言うと、誠一は事務所を後にする。その足取りは、普段とは異なり非常に重たいものであった。
「随分今日は色々言ったのね。恨まれるわよ、貴女。」
「恨まれることなんぞとっくに慣れたんだよ。くだらねえこと喋ってねえで仕事しろ。...私は疲れた。休ませてもらう。」
疲れているという言葉は嘘ではないのか、普段自分が座る席に深くもたれかかるとタオルを目にかけてそのまま寝てしまう。そしてそれ以降、誠一も龍香も涼太の事を口に出すことは一切なかった。
数日後。殺害依頼の完遂を報告するため、真希と共に龍香は龍一門事務所に向かう。
「件の依頼、完了しました。料金はこちらになります。」
「普段の倍くらいじゃないか。」
「今回はリスクがありましたので。即金で今すぐお願いいたします。」
「わかってるよ。俺だって斬られたくはないんだ。おい、書いてあるだけ出してやれ。」
すぐに側近の男が金庫を開けると、書かれた通りの額が龍香に手渡される。
「確かに。今後ともごひいきに。」
渡された札束を真希の持つカバンにすぐさま詰め込み、社交辞令もなくさっさと帰る。堅気の人間を斬ったとは思えないあまりにも事務的なやりとりに依頼した側だと言うのに龍一は嘆息してしまった。
「...ふう。俺の方が気まずくてどうすんだか」
「龍香さん、なんとも思ってなさそうですね。」
「ああまで割り切れるの、羨ましいよ本当に」
14の時には父親を刺し殺し、既に黄泉の国への片道切符を叩きつけた人数は両の手で何度数えればいいかもわからない人数に登った女に向ける龍一の目線は、頼りとともに恐れも含んだ目線となっていた。
起こる可能性が0ではない龍一を狙った殺害依頼が、龍香に依頼された時。
その時、どういう思いで彼女の刃を受け入れるのか、と。
「でも、いくら龍香さんだって恩が...」
「恩とかじゃない。アイツが仕事するかはアイツにとっての仁義が依頼に通ってるかどうかだ。...可能性は0じゃない」
あの絶対的な殺意が自らに向いた時の自分たちの無力さは、頼りにしてるからこそどこの組よりも彼らは理解していた。




