23.悪人達の正義
「しかし姐さんどういう風の吹き回しですかい、あの警官のとこにランドセル送るなんて。」
「あん?マフィアや地上げ屋がやる古典的な牽制だよ。あまりにタイムリーなプレゼントがやたらタイミングよく来たら怖いだろ。妊娠してたら今度は花とかお守り送るよ。」
「脅しを挟むとは姐さんにしては慎重っすね、相手が相手だからですか?」
「ああ。堅気の人間相手に刀は基本振るいたくはない。相手がヤクザなら今すぐにでも殺してるさ。」
そういい、立ち上がると龍香は飾り棚の上に置いてある闇烏に手をかける。抜刀し幾多の人間の血を吸ったその白刃を目を細め見つめる。
「だがな、これはもう一度言っておく。私らが表の世界に首を突っ込むのはご法度だがあっちがこっちを不要に牽制するなら話は別だ。」
翌日。事務所に誠一が訪れる。
「今日はお一人ですか?」
「ああ。あいつにはちょっと外回って仕事させらんない事情ができてな。署で仕事してもらってるよ。」
「誠一さんが賢明な方で助かります。」
珍しくお互い含みを持たせた会話をする。この一言だけでお互いの意図を把握した二人は会話を打ち切り、誠一は出されたコーヒーを無言で啜り龍香は煙草をふかし無言のまま時間が経過する。誠一がコーヒーの飲み終わり席を立とうとしたときに追加の来客が来る。その男は、水野涼太だった。
「なんで一人で行くんですか桐島さん!俺も連れてってくださいって!」
「お前署で書類整理してろっつったろ。終わったのかよ。」
「ここに来てると思って来たんですよ!」
ソファの背もたれに腕をかけ煙草を吸っていた龍香は煙草の火を消し、後から来た涼太に声をかける。
「おい。先輩の言う事は聞いとけよお前。さっさと帰って仕事しろ。」
普段の誠一の知る龍香からは想像だにできない低い声に誠一が驚く。そして誠一が更に恐怖を覚えたのはその声音以外にあった。
涼太を見る龍香の目は、普段自分に来客対応をするときの目ではない。獲物を見つめ、殺意を向けるどこまでも冷たい人斬りの目だった。
確たる証拠はないがこの瞬間に誠一は確信する。何らかの形で目の前の女が後輩の殺害依頼を受け、実行に向け行動していることを。そして本能で涼太の首根っこを掴み動く。
今、この場にいてはならないと。
「悪かった。ちょっと言い聞かせとくからとりあえず今日は帰るよ。」
「わかりました。でだ。そっちのお前には誠一さんの前だがこれは言っておく。法に基づくお前らの正義は私達には通じない。良く肝に銘じておけ。それができないならうちの世界でどうなるかが想像できないのなら身を滅ぼすだけということもな。」
「や、やっぱり貴女人斬りじゃ…」
「もういい黙れ涼太!失礼するぜ龍香!!」
普段は席を立ち、誠一を見送る龍香はこの日は立たない。誠一は同様に普段龍香には感じない異常なまでの恐怖を感じていた。自分に向けられてる殺意ではないのはわかっている。それでも自分までもが刺されかねないとすら感じるほどの背筋が強張る圧倒的な圧。
「なんでですか!ヤクザの人斬りなんて捕まえないと…」
「馬鹿か!殺されたいのかお前!!」
誠一は必死に涼太を止める。しかし、その行動が報われることがないのはもう決まってしまった。
「もしもし、龍一さんですか?」
「龍香か。あの依頼のキャンセルなら金返さなくてもいいぞ」
「逆です。危険因子と判断しました。三日以内に依頼通り執行いたします。料金は後で纏めますが普段よりは高くつくのでそこだけはご了承お願い致します」
そう告げると、長く話すこともなく龍香は電話を切る。見計らったかのように真希が事務所に戻る。いつものスーツ姿ではなく、血錆の匂いのしみついた黒い清掃着を着用した暗殺者としての姿で現れた。
「龍香さん、一応準備はしておきました。車に三人分の睡眠薬、ロープ、手錠全部積んでます。」
「いいタイミングだ。終わったらなんか食いたいもん奢ってやるよ。今回はシェリル、お前も来い!」
「私がやることなんてあるのかしら?」
「目標の周囲の監視カメラを全てダウンさせろ。それだけやればいい」
「了解。」
その後。誠一にひどく絞られ帰路についた涼太であるが、家に入ると誰もいない。
妻は主婦でありこんな時間にどこかに行っているはずはない。娘は尚更である。
「…!?美樹!?真音!?」
しかし、その目の色が変わった捜索は長くは続かない。自身の寝室に入った瞬間にその意識は消え失せる。
「よし。誰もついてきてなくて助かったわ。」
「そうですか?私は残念ですよ、もっと殺せたかもしれないじゃないですか。」
「お前なあ、死体焼くのもタダじゃねえんだぞ。余計に人を殺したかねえよ貰える額も変わんねえんだからよ。」
そういうと、龍香は気絶した涼太に手錠をかけ担ぎ上げると下に待機しているハイエースに戻る。
「お疲れ様。じゃ、私は周りのカメラ直したらそんな遠くもないし歩いて帰るわね。しかし家族全員攫うなんて珍しく大胆ねえ貴女」
「嫁さんと娘さんには悪いことをするけどな、このまま生きてても不幸なだけだ。…真希、二人の始末はお前に任せるが今回は薬効いてる内にちゃんと殺れよ。起きるまで待ったらぶち殺すからな」
「わかりましたー」
そこから数時間後。涼太は異常な臭気に鼻を劈かれ目覚める。その臭いは警察官であると死臭であることはすぐに勘がつく。
「お、お前!」
「よお目覚めたか。だが残念ながらここがお前の最期の場だ。あと1時間もしないうちにお前の首を斬り飛ばす。」
「貴様!美樹と真音はどこに…!!」
そして龍香は無残に首を貫かれた彼の妻と娘の写真を見せる。漂っている死臭は、真希が死体を自身で焼けるようにするために死体を切り刻む際に漏れ出した体液によるものだった。
「先にお前の行き先で待ってるよ。すぐに会える。」
「このっ…人殺しめ!!」
「黙れ。口を慎めよ青二才が。」
静かに怒りの意志を示すと、龍香は涼太の顎を蹴り飛ばす。歯が二三本折れる嫌な音が響いた。
「いいか、なんでお前がこうなったのかを冥土の土産に教えてやる。お前の正義を私たちに押し付けたからだ。お前の正義は表の世界を歩む人間に表の世界で振りかざすものだ。その境を乱すなと誠一さんは何度も忠告したはずだし私も牽制を入れたのにお前はそれを無視し私達の仁義を踏みにじったんだ。人殺し?そんなことは私はわかってて人斬りをしてるんだ。言われても何も響きはしない。」
「そんなことにならないために法の正義が…!」
「悪人には悪人の正義があるんだよ何度も言わせるな。その法の正義は私らにとっては邪魔なものだ。」
そして煙草を放り捨て火を消すと、左手に持っている刀に手をかけゆっくりと抜刀する。その冷たい白刃の光に言葉を失い、ただ座りつくす。
「人斬りで結構だ。私はこうやってしかこの地では歩いてはいけない歩く死人だ。」
高く掲げた刀を振り下ろす瞬間に、龍香はそう呟いた。
…一日後。警察官とその一家が行方不明になったというニュースで持ちきりとなり警察がその行方を懸命に追っているという動向はすぐに龍香達の元にも入った。しかし、仕事もなく事務所でのんびりとダーツに興じる二人は焦ることもない。
「バカねえ。どう探したって絶対見つかりっこないわよ、龍香と真希がやったってのに」
「死体もねえし状況証拠も真希がすべて消してあの倉庫はこことは全く関係ない場所にある。今回は念のために闇烏も舞花に渡して今作り直してもらって鉄屑になってる。見つけようはないな。」
「あら、お気に入りじゃないの?」
「洗えば見た目は綺麗になるけど試薬で調べられたらアウトだろうが。堅気の人間殺ってるんだ、念には念を入れてだよ。…ほい、ベットだ。さっさと投げろ」
「まあ流石に慎重ねえ…ってあと48点って私ほぼ負け確じゃない、貴女できないゲームとかないの?」
「裏カジノしか行けねえから暇で軽く遊べるゲームは暇潰しにあらかた全部覚えたんだよ。一応表の顔使えばどこにでも行けるが私はどこまで行っても筋モノの腐れアマだ。表の人間と必要以上に関わりたくはねえ。」
誠一が来ることを予見し、証拠の隠滅や会話する内容などは全て用意した上で悠然と構えていた龍香であったが、この日は想定外であった。
その日に誠一は事務所には来なかったのである。




