22.線引き
某日深夜、村山警備裏事務所。
普段は昼に訪問する男が、この日は夜に訪れていた。
「ようこそいらっしゃいました。…まあ貴方はわかってらっしゃいますか」
「ああ、龍香が拳銃持って入るなって言うんだろう。ほらよ。」
そう言い、慣れた手つきで拳銃を男は真希に渡し奥に入っていく。
「ようこそいらっしゃいました。もうわかってると思うので奥へどうぞ。」
男の名は後藤龍一。普段定期的に雑務を頼む彼が夜にわざわざ来る理由はただ一つ。邪魔者の排除だ。
「今回は堅気の人間を斬る仕事だ。嫌だとかリスクが大きすぎると感じたなら断ってもらっても金だけもらって無視しても全然かまわない。」
「事情をお伺いします。」
「まあ俺らの仕事が褒められたことじゃないのはお前自身わかってるだろうがあまりにも表と裏の境をしっちゃかめっちゃかにしようとしてくる警官がいてな。流石に看過できなくなってきたから様子を見てお前の裁量で暗殺してほしい。調査料を前払い、実行で実行分の支払いをする。」
「成程。私の方でも軽く事情は把握しています。素性は特定できていますか?」
そう龍香に問われると、龍一はスーツの内ポケットから一枚の顔写真を出してくる。この警察官の事は、又聞きで龍香は知っていた。
「この男だ。名前は水野涼太。うちやお前のところにたまに来ている警官の部下だ。」
翌日。龍香の事務所に二人の男がやってきた。
「ようこそ桐島さん。確かそちらは…」
「ああ、うちの部署にいる水野だ。」
「…水野です。二階が空きフロアなのに三階に社長室があるなんて随分変な作りですね」
「こちらは私の宿舎ですよ。警備会社として使っているのは一階だけです」
勿論、この話は龍香が組員だった時から付き合いのあり実際は今も反社会的勢力の構成員との関与があることを知っている誠一は半分は嘘であることはわかっている。涼太が探りを入れようとしてることを察していた誠一は適当に首肯し、その話題を流した。
その後も、何かと龍香に探りを入れようとする涼太を誠一が曖昧に制止し、龍香はそれとなく流す形で座談の時間は過ぎる。結局、二人の妨害もあり涼太にとって有益な情報は出ず誠一にとっては有益な情報が多く提供されることとなった。
「じゃ、また来るぜ龍香」
「お気をつけてお帰りください。…それとやはり一人で来るようにもお願いします」
2人を見送り、窓から車に乗り込んだことを確認するとすぐさまシェリルの居室へ向かう。
「お疲れ。件の警官の身辺調査の依頼ならしなくていいわよ。どうせ振って来るってわかってたから調べはとっくに済ませてるわ。」
「クレバーで助かる。家族構成とか住所まで割ってるか」
「勿論。この街の住みの妻帯者で子供が1人。来年子供が小学校に入学するみたいね。ランドセルとか買ってるのかしら」
「了解。調査費用は裏取れたら前金から出しておく。…古典的な手法だがヤクザ流の牽制の仕方ってもんを見せてやるか。」
「龍二の奴に裏取りに向かわせてるわ。多分そろそろ…」
そろそろ電話が来るはずだ、と言おうとした刹那シェリルの電話に着信がかかる。2、という字が携帯には写っていた。
「記号で誰からの電話か判断するたあまた古典的だなお前も。私もやってるが」
「こんな業界で働いててわざわざ知ってる人の番号登録するのに個人名馬鹿正直に書かないでしょう。」
『もしもし、シェリルか?一応確認に行ったが住所も家族構成も間違ってねえみてえだな。』
「シェリル、代われ。龍二、こっちからも一応聞くがうちの車で張り込んでねえだろうな。あとスーツも着てねえだろうな。」
『姐さん俺そんな馬鹿じゃないっすよ。私服で行きましたしちゃんと歩きっす。あ、謝ることはあって煙草切らしてて出る前にこっそり姐さんの赤ラキ一箱パクっちまいました。』
「いいよそんなもん仕事でポンされるよりマシだ。あとで煙草屋行って買って返せ。ブラック買ってきたらぶん殴るけど」
二時間後、事務所には龍香龍二シェリルの三名がいた。
「先に姐さん、パクったラキスト買って来たんで返しときます」
「てめえなんでソフトの買ってくんだよ。まあブラックじゃないからいいけど。でだ、情報に間違いはねえっぽいから牽制を入れておく。まずはこれを送る。」
…それから数日後。警察では、誠一と涼太の二人が喫煙室で雑談をしていた。
「子供って何人でも欲しいですよね。うちの娘ももうすぐ小学生でもう一人ほしいなーなんて話もしてるんすよ」
「俺はガキなんかうっさくて面倒見てられる自信ねえや。っていうか金もかかるしな。ランドセルとかアレゲーム機二台買えるくらいすんだぜ。」
「あー、ランドセルって言えばこの間送られて来たんすよ。ただ送り元不明なんですよね。いつぞやのタイガーマスクみたいな奴でしょうか」
その言葉を聞くと、誠一は煙草をまだ半分以上残っているにも関わらず消火し涼太の煙草も無理矢理に取り上げ火を消させてしまう。
「あっ!まだ吸ってるのに!」
「いいからこっち来い!話がある!」
「なんでですか!」
「お前子供こさえようってんだろ?嫁さん妊娠したら絶対送り元不明の懐妊祝い来るぞ!」
「いやなんでそんなことがわかるんですか」
「絶対来るんだよそういう時は!!」
その誠一の目は、決して普段の相方を小突く軽い調子のふざけたものではない。身の回りの人間を守るために警戒を促すための厳しい目。その送り元不明のランドセルが決して給料の少ない警察官の身を心配しての贈り物ではないことを、暴力団と長いこと接点を持って表の世界で生きてきたこの男は理解していた。
そのランドセルの意味はお前の事も家族の構成も把握しているぞという不明な送り主からの間接的な脅迫のメッセージであることも、同時にだ。
「お前、悪いことは言わないというかこれはずっとこの部署で飯食ってきた俺からの警告だ。家族や自分の身を案じるならこの部署から立ち去れ。異動するまで仕事もしなくていい。サボってるわけじゃないって部長には言っておく」
「さっきから意味わかんないっすよ!何言ってるんですか!」
「こんだけ強く言ってるんだからわかれ!いいか、よく聞け。お前今俺が常々言ってた通りにヤクザ共に命を狙われてるんだよ!!」




