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桃髪の暗殺者  作者: 村山龍香
#8 生者と死者
22/54

21.動く死者

翌日。この日も龍二は昼の仕事は龍香によって免除され、代わりに真希が出向いている。形上は出勤にはなっているが、事実上龍二はこの日も休みであった。龍香は昼の間は電話を取る以外は一言もしゃべらず表の帳簿と裏の帳簿の記入をしており、話しかける暇などなかった。夜になりチェックが終わり、応接用のソファに腰を下ろし、一服をつける。龍二が切り出したのは、そのタイミングだった。

「姐さん」

「ああん?喋んなくていいよ。お前、人を撃ったんだろう。何年人斬りしてると思ってんだよ、人を殺ったかどうか程度すぐわかる」

すぐさま図星を突かれ、龍二は嘆息する。

「…気が付いてたんですか」

「気が付くに決まってんだろ。一昨日帰って来てみりゃ火薬くせえし後ろめたそうだし今日なんか一応仕事はあることにしてて警察も来ねえのに銃も持ってねえしで三倍満はある。顔色なんぞ全部嘘だ、状況証拠だけでわかんだよ。で、何が聞きたい。」

口調は軽いものであるが、彼女の目つきは何時になく鋭い。その目を見て龍二は再度確信する。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「姐さんは、人を斬ることを何とも思わないんですか?」

「...随分な質問だな。思うことがあるなんつったら私は私の仕事を否定してることになる。答えれることは無いな。」

「でも、俺には今まで関わらせてこなかったじゃ」

言葉の終わりを待たず、龍香は右手で持てる位置にあったアイスコーヒーが入ったグラスを持ち上げ中身を龍二の顔面に浴びせかける。氷が落ちる冷たい音と共に、龍二の調子も収まった。

「時間の無駄だからそんなくだらない事を私に聞くなアホが。テメェの態度が答えだろうが。そんなことをご丁寧に説明してやらねえといけないほどの馬鹿じゃねえだろう、少し頭冷やしてからもう一辺来い。」

そう言うと龍香は中身が無くなったグラスを机に置き目線を下に向けて煙草を吸う。これ以上の会話の余地を与えないということを示し、龍二に退室を促す。聞けることも聞く余地も失った龍二は、部屋に戻るしかなかった。龍二が部屋に戻ってしばらくして真希が帰ってくる。

「ただいま戻りましたー…って龍香さん?コーヒーがこぼれてますけど…」

「ああ?龍二の野郎がモニョモニョうっせえから頭来て顔面にブチ撒けちまった。拭いといてくれ。」

「まだ何か言ってるんですか?考えたって仕方ないのにそんなちょっと成り行きで殺した人の事とか…?あれ、私変なこと言いました?」

「いや、お前が正しいよ。とりあえず仕事で疲れただろ、拭いたら寝ていいぞ」

肯定の言葉を口にするも、龍香の顔には一切笑みがない。それもそのはずで、彼女はわかっていた。


こんな裏社会でも人の命が安いものでは決してなく、それを理不尽に奪い去った時には焦燥するのが当然であることを。


真希にそんなことを説いても仕方ないことも同時にわかっていた。そんなようでは殺しの仕事などできないし、何より今の真希を作り上げたのは他ならぬ龍香自身だ。しかし、今のままで龍二を仕事に出すことはできない。立ち直らせる必要があることもわかっていた。

「だから手が汚れずに済むようにはしといてやったんだがな。成り行きでは仕方ないか。」


翌日。この日も龍二と龍香は事務所にいた。

「おい」

「なんですか。」

「お前、ここでこの仕事続けんのか?」

「...辞めるって言ったらどうすんですか」

「辞めたきゃ辞めろ。ここでの事も私の事も前いたクソみてえな組のことも全部忘れて大学でも通ってまともに食ってけるスキル身につけて真っ当に生活すりゃいい。大学なんて医学でもなきゃ四年通いきれるだけの金は出してるし私や真希と違ってお前にはそれができる能力はあるだろう。」

龍香の言葉には一切の淀みはない。そして、その提案には記憶があった。

「姐さん、俺がここに来た時にも同じこと言いましたよね」

「さあな。私はお前と違ってオツムの出来が悪いから忘れちまったよ。まぁ私がそう言ったんだったらそういう事だよ。」

「...仕事は辞めません。俺は人を殺したんです。どの面下げて今更普通に堅気で生きていけって言うんですか」

「ふーん。じゃあお前私や真希みたいな仕事すんのか?」

「それは...」

龍二は、言葉に詰まる。生死の価値観が完全に崩壊している真希はともかくとして、目の前に今いる女は今の自分の状況をこの上なく理解した上で今の仕事をしている。そんな人に迫られるその判断はとてつもなく重いものであった。簡単に返せるわけがなかった。

「即答できねえんなら今言うことなんかなんもねえな。黙って引きこもってろ。給料は出さねえけどな」

しかし、龍二は重くても口は開く。考えを伝えなければ、目の前の女は動かない。

「...仕事は続けます。でも、もう事故でもなんでも人は殺したくありません。...わがままっすかね、姐さん」

「...わがままでもなんでもねえ。むしろこうなったら何人殺しても変わんねえとか言い出したらこの場で真っ二つにしてたところだ。」

真希に対して言ってることとは正反対の事を口にし、龍香は刀を手に龍二の目を見る。

「重ね重ねお前には言ってるけどな、人を殺すって言うことの重さは人としての生活を送ってる上で一番重いんだ。生きている人間のお前が背負えるものじゃねえんだよ。」

「姐さんと真希は…」

()()()()()()()()()()。普通の死人と違って息を吸って吐いて動くことはできるだけだ。土の下に潜ることと空っぽの器になることだけは認められなかったんだよ。だからこんな暗がりにいる。…もう一ついいこと教えといてやるよ。()()()()()()()()()()()()。」

その言葉の意味が誰しもが口にする言葉と同じ意味ではないことは、聞いたものには必ずしも伝わる意図があった。

「…俺は生きてる人間って扱いでいいんですかね。それなら姐さん、これはお返しいたします。俺が持ってちゃいけないものです」

そう言い、龍二は自身が持つベレッタを龍香に差し出す。しかし、龍香はそれを受け取ることはなかった。

「てめえそれ返して何する気だよ。それで人を殺った事実からは逃げんな。」

そう冷たく切ると、龍香は事務所から立ち去った。そしてこれ以降、龍二はしばらく引金に指をあてることはなかった。



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