1.村山警備会社
ある日の昼下がり。
龍香の経営する会社には事務所が二つある。表向きに他の警備会社に選りすぐりの精鋭を派遣する表向きの事業を行う表の事務所、龍香の裏の顔を知る二人と共に暗殺、反社会的勢力の用心棒、そういった勢力の営業補助などの仕事を龍香を含めた三人で一手に行う裏の事務所の二つだ。
村山警備会社の三人は、人のいない裏事務所で茶を嗜んでいた。
「龍香さん、先日の仕事はどうだったんですか?」
そう聞く少女の名は神崎真希。一見あどけない少女に見える彼女も龍香の汚れ仕事の一つの手伝いを行う一人だ。
「あんたの手を煩わせることもなく終わる上客だったよ。格安で働かせたいたぁ言え、現場の後始末をてめえでやるとは見上げた客だ。もちろん私が居合わせなきゃ何するかわかんねえからその場にいはしたけどな」
少女の仕事は裏の客の入り口での応対、現場での仕事は龍香の仕事の証拠隠滅を主とする裏方職だ。用心棒としての十分な技量も持ち合わせるが、武器を持って戦うことは少ない。
「まぁでも、姐さんの報復にビビッて言ったことはちゃんとやるんじゃないっすか?」
「それとこれとは話が別だ。いつ捕まってもおかしくない稼業してる以上、リスクを最小限に留めるのは当然だろう。龍二、偽造パスポート捨てられたいか?」
「やめてくださいよ!もしもの時にタイかフィリピンに高飛びするって決めたの姐さんじゃないっすか!」
そう答える巨漢の男は斉藤龍二。彼は殺しには加わらないものの用心棒としての職を一手に引き受け、その傍らでターゲットの情報収集や依頼を受けた組に関係する風俗店の経営監査などの頭脳仕事も行う。
「まぁ私らが警察に通報されることは実際ないだろうがな。警察なんて表の番人とは到底縁がない稼業で飯食ってんだ」
そして、この二面性を持った警備会社を取り仕切りながら絶対の成功率を誇る暗殺業、それ以外の仕事も自分でも行う黒き女社長村山龍香。彼女は表向きでは勿論優れた警備員を少数ではあるが派遣し高い評価を得ている警備会社の社長として、裏社会においてはこう風の噂で囁かれている。
どんな人間も金で斬る、桃髪の死神辻斬りの村山龍香と。
「まぁ姐さんと真希の証拠隠滅力じゃ流石のサツも来たとこで証拠不十分で不起訴ってのが限界でしょうしね。それにあの辻斬り龍香を怒らせちゃあどんな報復あるかもわっかんねーし」
「まぁ私に喧嘩を売る真似したら次の日が拝めると思うなよとは言っているがその通り名は非常に不愉快だとも常日頃言ってるんだがな。」
怒気を孕んだ声に龍二はたじろぐ。女としては大柄な龍香であるが流石に龍二には及ばない。しかしその圧は、荒事に慣れている男でもたじろがせるには十分な圧を持っていた。
「すんません、辻斬りって言われんのは気に入らないんでしたね姐さん。…ところで、姐さんはなんでこんな薄汚れた仕事してるんすか?」
謝罪の後、龍二はこの会社に入って数年気になっていた質問をぶつける。
「あっ、それ私も気になります!」
二人に好奇の眼差しを向けられ、龍香は窓の方に向き直りながら胸ポケットの煙草に手を伸ばし、咥えて火をつける。事務所は禁煙だ、と語っているのはもちろん嘘であり事務所の最大の裏稼業を本当に知っているかどうかを確かめる為の一種の暗号としてのものだ。知らぬものは訳も分からずに火種と箱を収め、知るものは禁煙の事務所内にある喫煙室が何処かを、灰皿が目の前にありながら尋ねる。箱に赤い円を描くその煙草、ラッキーストライクをふかす女の目は、頬の癒えぬ傷跡とぶっきらぼうな男口調がなければモデルとしてでも通りそうなすっきりとした美貌とは相反する暗い目だった。
「ここに入る前にも聞こうとしてたけどそんなもん聞いてどうするんだよ。まぁクソ面白くもねえ話だよ。責任のせの字もなんもねえクソ親父とそれに逆らうこともできねえ軟弱者が親だった生まれの運に徹底的に見放された女の生い立ちさ。」