16.格の違い
「とりあえずあの女の正体は特定したわ。名前は北条美月。特に背景もないフリーランスの殺し屋みたいね。そこそこ実績はあるみたいだけど何か恨みがあって来るような人間でもなさそうだしどこかの組に依頼されて来たっていう以外には読みようがないわね」
「物好きにしちゃ手を出す相手が悪すぎるしどっかの組がスポンサーの路線以外はねえだろうな。人斬りしてて姐さんに手出そうとするたぁ余程の無謀か無知かだ。しかしフリーランスとなると足跡掴まねえとどうにもならねえな。どうします、姐さん?」
「ここで刀抜くわけにはいかない。龍二とシェリル以外全員真希の使ってる倉庫に移るぞ。そこにいるって今度は馬鹿正直に伝えていい。もし聞くだけ聞いてまた抜刀してきたらその時はこいつを使え。」
そういい、龍香はスタンガンを出す。
「特別製だ。まず間違いなくこれを体の一部分に当てられて気絶しないで耐えるのは不可能だ。気絶させて連れてこい。引導は私が渡す。絶対にな」
自身でとどめを刺すことをあくまで譲らない龍香には、強い意志があった。
「俺がやられたんです、俺が」
「黙れ。人の1人も殺したことねえ野郎が殺し合いに首を突っ込んで勝てるわけねえだろうが。そもそも怪我人だろうが、大人しくしてろ。」
殺意を持たない人間が、殺意を持って攻撃してくる人間を止めるのには相手の何倍もの技量を必要とする。咄嗟の判断で上手く立ち回った龍二だったが、追い払うのがいっぱいいっぱいで決定的な損害を与えるには至っていない。命のやり取りをしたことのない人間がそういう場面で殺意を持ってやりあうことも相手を完全に戦闘不能に陥らせることも非常に困難であることは人殺しを生業としている龍香にはこれ以上なくわかっていた。ましてや龍二は身体をかばった左腕と両掌に決して軽くはない刀傷が生傷として入っている。龍香の言うことに、反論することはできなかった。
「それなら私が」
「遊びじゃねえんだよ。殺し合いなんかお前いつ仕事でやったんだよ。片殺しや用心棒と殺し合いは別だボケ。見ただけでやった気になるな。今回のあの腐れアマブチ殺すのはとにかく私がやる。とりあえず龍二、桜花にお前が持ってる暴力系の仕事は全部一旦渡せ。」
「ええー、やっぱり私働くのかよ!舞花の目から逃げられると思って来たのに!」
「お前金貰ってうちの事務所呼ばれてるのを何だと思ってんだよ。舞花みたいに私は優しくないぞ、五体満足で金貰って帰りたきゃ指示されたタスクは大人しくこなせ」
「へいへい。だーっ、銃は要り用か…ってこいつ喧嘩屋だからいらねえか。回らないといけない仕事あったら私によろしくな」
「ほいよ。電話来たら内容伝えるわ」
「真希はお前は今回は何もするな。余計な私情を突っ込まれてもうざったいだけだ。シェリルは龍二と一緒に引き続きあの女のバックを調べろ。」
「はい。あの女の根倉調べるのがとりあえず最初で依頼主がわかればベストって感じね。あの女の携帯ふんだくって通知から調べるのが一番楽だけどクラッキングして調べた方がいいかしらね」
「わからねえけどとにかくさっさとやれ。余計な口を挟むな」
怒っていながらも冷静に個々にやるべきことは伝える辺り、龍香はやはり組織の率いる者としての素質は高いのだと桜花は話を聞きながら感じていた。
一方その頃。
龍香の殺害を依頼された女、北条美月は足取りが掴めなかったため1度事務所に戻っていた。
「何?いなかった?」
「はい。不在で部下しかいなかったので脅して場所を吐かせようと思ったのですが斬られても言わなさそうですし分も悪かったので一度撤退して作戦の練り直しをしようかと思います。部下もかなりの手練のようです。1人の時を狙うしか無いでしょう」
依頼主の男は美月に怒鳴る。
「馬鹿が!だったら戻るのを待てばいいだろうが!」
しかし、こちらも場数を踏んでいる筋者の女である。その一喝に動じることは無い。
「申し訳ありませんが私もプロです。仕事を放棄する事と戦略的な撤退の違いはご理解頂きたいです。...それに不要に相手を殺すことは流儀ではありません。」
「お前もあの女と同じことを言うか。まぁいい。とにかく殺すまでは戻ってくるな!いいな!」
頭を下げ、美月は部屋を出る。しかし、出た瞬間に美月の顔は露骨に歪む。独り言のように、依頼主に吐き捨てた。
「自分のとこで解決できないくせによく言うよ。受けなきゃよかったな」
この女、北条美月は村山龍香の実力を知りながらこの仕事を受けた。強力な信頼を積上げて仕事を選べる龍香達とは異なり、自身の2ヶ月3ヶ月先の食事すらも仕事を断っていては確保出来ないとわかっているからだ。しかし、龍二に追い返され分の悪さを一層に今感じていた美月は知らずに強い言葉を吐く依頼主への不満を持たずにはいられなかった。さらには自分が刀すら持たず銃も使わない人間にいなされるとは流石に思わなかったのだ。
美月は自身の拠点に戻る。作戦の練り直しだ。
「正面から行ったら絶対に勝てないのは間違いない。1人だけおびきだす以外じゃワンチャンスもない...」
考えていた最中、拠点の電話が鳴る。
「はい、もしもし」
「おう、テメェかうちの社員にポン刀振りやがったクソ女は。誰かくらいわかんだろ」
ガラの悪い女の声だった。話したことなどない人間の声だったがその女が誰であるかは彼女には容易に想像がついた。
「...自分の命を狙っている相手の電話に電話をかけるなんて変な人ですね。」
「黙れ。そんな所で喧嘩売ってから日和ってるバカも大概だろうが。要件だけ伝えてやる。私の命が欲しいならチャンスをくれてやる。今から指定する箇所に来い。格の違いってものを見せてやる」
そうして指定の場所の座標を告げると女からの電話はそれで切れる。電話番号や自分の住所などはもちろんインターネットでは公開していない。即ち、どこかしらから情報を得て電話番号を知り得たということだ。その上でわざわざ向こうから場所を指定してきて、そこに来いと言うのだ。罠の可能性は非常に高い。
(しかし、電話番号を特定できる能力を向こうが有してるということは住所を把握できる可能性も高い。別の事務所に移って再度奇襲をかけるのも手だが向こうもこちらを倒すまでは油断しないだろう。それでは埒が明かない...)
逡巡の末、指定された場所に出向くことを決めた。どの道、美月が取りえる手数はほとんどなかった。
指定された森の中。1箇所だけ不自然に木が刈られ、何に使うかも分からぬ小屋が建てられていた。その不自然に木の刈られた小屋の近くにこれまた不自然に残された切株の上に黒いスーツジャケットスタイルの女が足を組み煙草をふかし待っていた。
「指定の時間の5分前か。良い心がけだ。」
「時間に遅れては信頼に関わりますので。」
「んなもん気にする必要あるかよ、ここでお前の仕事は終わるのによ。まぁいい。大チャンスをくれてやる、3秒待ってやる。私を殺してみろ」
切株から腰を上げ、美月の前に立つ。あまりにも堂々とした立ち姿に、美月はたじろぐ。そしてこうも思った。
ああ、やはりこの人を敵にする仕事なんか受けなければよかった、と。
遅れながらも美月は刀を抜く。しかし、龍香の抜刀はそれをはるかに上回る速さ。白刃の光が見えたかと思ったその時には、美月の体は鮮血を撒き散らし倒れる。事も無げに刃に付いた血を素早く振り払い、刀を収める。返り血もつかない圧倒的技量、そして死なない程度の致命傷を負わせ相手に苦痛を与えるささやかな復讐の意志、そして人斬りとしての格の違いを知らしめる一閃であった。
「刀を抜くときに躊躇う時点で三流なんだよ。3秒もがらんどうにしてやって抜けねえクソが私に喧嘩を売るとは命知らずにも程があったな。」
「やはり、これがものの違いか…」
「うちの人間に斬りかかった腹いせでもっと痛めつけてやってもいいが生憎私はそこまで悪趣味じゃないんでな。まぁ即死しないようには手加減してやったんだ。依頼人に関する情報を寄越したら一思いに逝かせてやるよ」
確実に致命傷であることを理解しつつ、龍香は持ちかける。自身の死が近いことはわかっていながらも、美月は応えることはない。血の泡を吹きながらも叫び声の一つも上げずにその場で泣きもせず蹲り、やがて動かなくなる。
「根性だけは認めてやるか。まぁ無駄なんだけどな。」
完全に死んだことを確認した後、龍香は女の衣服を暴く。目的はただ一つ、彼女の携帯だ。
プロの殺し屋としては当然のことだが、メールなどは絶対に仕事では使用しない。しかし、着信履歴を暴けばシェリルの能力をもってすれば一瞬で発信元の情報などがわかる。龍香は携帯を見つけ出すと、すぐさまシェリルに電話をかけた。
「シェリルか。終わった。私の勝ちだ。殺し屋の女の携帯を奪ったから着信履歴をほじくり返して依頼人を特定しろ」
「はいはい。貴女仕事早いわねえ。」
「言っただろう。私を怒らせるのは如何なる不義理よりも罪が重いんだよ。」
静かな声ながらも仮に人がその場にいたならば震え凍るほどの冷たい怒りの目線を亡骸に向ける。樹海の中にあるこの隠し倉庫に人が立ち入ることは万が一、いや億が一にもない。しかし、龍香はそれでも死体の後始末は怠らずに立ち去っていった。




