15.襲撃
「依頼、承りました。この女を殺せばよいのですね?」
「ああ、頼んだぞ。…儂を散々コケにするだけして数年でここいらで幅を利かせるようになりおってあの小娘め。目にもの見せてくれる」
某日。村山警備裏事務所。
事務所の主、村山龍香とその部下の1人、神崎真希は出払っていた。シェリル=コンスタンティウスと斉藤龍二の二名のみが事務所には残っていたがシェリルはいつも通りPC部屋に籠っており、応接部屋にいるのは龍二のみだった。
電話がかかってくることもなく龍二はソファで寝ており、事務所の中は静寂に包まれていた。その静寂がドアの音と共に破られる。
「…姐さ…なわけねえな。おい、誰だテメェ」
「単刀直入に聞く。この女はどこにいる」
入ってきた金髪の女が出した写真は間違いなく龍香のものだった。しかし、女の目を見て龍二は回答をしない。
「悪いが心当たりはねえなぁ。テメェで探しなお嬢ちゃん」
「答えないならば、この場で斬る」
そう言う女の言葉に嘘はない。言葉を切った刹那、抜刀し龍二に襲い掛かる。気配を察知した龍二は寸でのところで回避し臨戦態勢にうつる。
「クソッ、銃なんぞ使えねえ!追い返すしかねえ…!」
斬りかかる刃を左腕で受け、右手で強い正拳を叩き込み女を無力化する。顔を冷静に見られるとまずいと判断した女は、龍二に悪あがきとばかりに咄嗟に刀を振りなおすが左腕からの大量の流血をものともせず両手を刃の方に戻した龍二が白刃を止める。押し返せないと判断した女はすぐさまに納刀し撤退する。流石に追える状態でないことは理解していた龍二はその場で腰を下げる。
「クソッ!シェリル!出てこい!包帯と着替えがあるはずだ!聞こえてただろ!」
「はい。…龍香には報告するの?」
「当たり前だろ。あの女、俺に用は本来なかったはずだ。絶対に姐さんを狙ってきたんだ。こんなこと隠してたら余計めんどくさいことになるのは目に見えてる。…クソッ!何もんだあの女…!!」
「無理に脱ごうとしないで。とにかく止血と消毒を。」
手当をしている中、再びドアが開かれる。そこに来たのは、招かれざる客ではない。
「あっ...姐さん...」
「…龍二、これはなんだ?とりあえず話は後だ。病院行くぞ。」
この事務所の主、村山龍香であった。襲撃を受けたことは容易に想像がつく大男の様子を確認した龍香の語気は荒げるまでもなく怒りに満ちたものであるのは龍二にはすぐにわかったことだろう。
傷を負った龍二は緊急的に止血をした後に龍香の知る闇医者にすぐさま運ばれた。医者の名は八坂永斗といい、彼もまた表の人間との交流をしつつ地下病棟にて裏社会の怪我人や死人などの面倒を見る両方の世界に通じる顔を持つ者だった。
「どうだ」
「...うーむ。上手いこと受けたおかげで幸い神経も切れてないし軽傷で済んでるな。ただあくまで余計な施術がいらないって程度の軽傷で綺麗に治したいなら縫合する必要がある。どうする?」
「要らねえ。綺麗に治る必要なんかないし神経切れてなきゃ充分だ...痛ぇ」
「暫く入院することを俺としちゃ勧める。」
「もっと要らねえ。俺らの保健証が偽装なことをあんた知らないはずないしどうせ保険適用外だろ。この治療でいくらかかんだ」
「バレたか。まぁどの道お前らがやるような外回りの仕事は暫く無理だ。これは本当に医者としての進言だから殴り合いとか絶対するんじゃねえぞ」
永斗の診察も終わり、事務所に一旦帰る。戻ってきて留守番をしていた少女、神崎真希は大変憤慨していた。
「おかえり。この子見ての通りで」
「なんですかこれは!なんで、なんで龍二くんが!」
「死んでもねえしそういう世界だろうが。静かにしろ」
「それにシェリル!貴女奥の部屋にいたんでしょう!なんで助けないの!?」
「はー、何度も言ってるけど私非戦闘員よ。ハッタリ程度に拳銃は持ってるけどこんな所で銃撃つ訳にもいかないしそれに仮に撃てても変に龍二に当たる方がよっぽどマズいじゃない。あくまで合理的判断」
「でも!」
まだ癇癪を続ける真希に、龍香は拳を握り全力で真希を殴打する。普段龍二を咎める時のような軽い拳骨ではなく、本気で圧をかけるための強い一撃を後頭部などではなく顔面に見舞う。鈍い音と共に、真希の声は鎮まった。
「静かにしろって言ったよな?シェリルの言い分は間違ってねえしあと何分私は現場に居合わせた訳でもねえテメェの癇癪に付き合えばいいんだよボケがよ。喉仏かっきられたくなきゃ今日はもう喋んな」
短く強い言葉を切ると、煙草に火をつける。煙を吐き出し、静かに続ける。細く開き底冷えしたその目は、ただ強い言葉を吐き散らすことの数倍の圧があった。
「真希、一つ言っといてやる。私らに手を出した人間には仁義を無視して私は一切容赦をしない。ただの1人にも例外はない。お前に言われるまでもなく、こんな嘗め腐った真似した連中は必ず殺してやる。どんな手を使おうともな。…龍二、シェリル。監視カメラの映像からその腐れアマの素性を割り出せ。今すぐにだ」
「もう動くの?」
「いいから早くしろ!!」
珍しく語気を真剣に荒げる龍香に流石のシェリルも驚きを隠せない。彼女にしてはとても早くパソコンを立ち上げ、監視カメラの映像を読み込んでいく。それを確認すると携帯電話に目を向ける。
「もしもし、舞花か。桜花を貸せ。一二週間だ」
普段社交辞令は欠かさない龍香がそれらを放棄して要件を伝えてきたことで電話の受け手、舞花は相手の心中をすぐさまに察する。この辺り、付き合いが長い舞花は察しが良かった。
「…あんた相当イラついてるみたいだね。事情は聞かないしとりあえずすぐ行かせるけど、ちゃんと金は納めてくれよ。」
「金なんかあとで刀一本か三本分くらい出してやる。とにかくすぐ来させろ」
電話を切ると、すぐ刀に手をかける。闇烏を握り締めるその力は、普段では絶対にないほどに強い。
「絶対に殺してやる。私らをナメてかかるような連中の存在は許さない」
机に肘をつき、怒りを顕にする桃髪の女の圧は事務所の面々どころか遅れて入ってきた桜花をも飲み込むには十分なものだった。




