12.滅却
シェリルの追手を全滅させた龍香達は、件の地下室を扉の溶接や床のコンクリートの埋めなおしで厳重に蓋をした後、事務所に戻ってきた。
「さて、とりあえず最初の清算だ。とりあえず奴らの有り金がドルだけど15万ちょいあった。組張り倒したにしちゃはした金だが全然いいだろう。これの半額は舞花にやる。これで修繕費と労賃くらいになるだろ」
「十分すぎるほどさね。はい、じゃ私は帰るよ。流石に訓練したほうがいいこともわかったしな」
そういい、金を受け取ると舞花はすぐに帰っていった。真っ当な客が来ることが少ない神社とはいえ、誰もいない状態を続けるのはまずい。
「でだ。次はシェリルと龍二、あんたらの仕事だ。真希は留守番頼むよ。仕事の電話来たらめんどくさくなさそうなら時間指定して来てもらって殺しなら明日かけなおせって言っとけ。」
「わかりました。」
「私は着替えるからお前らは車乗って待ってろ。助手席にはシェリルが乗れ」
「俺が運転ですか?」
「お前一門の事務所の場所なんかわかんねえだろ。私が運転」
「で、そのお嬢ちゃんが俺らが探し回ってた偽札のデータを持ってるってことかい?」
「その通りです。私は龍一さんのことを信用していますのでデータを是非龍一さんに買い取っていただきたくこちらに」
事務所に着き、龍一のいる部屋にはすぐ通された。場末のチンピラには腕前を見せつけるまでは名前と容姿が結びつかないこともある龍香だが、かつて組員として腕を振るっていた龍一門に限ってはそんなことはない。
誰しもが龍香の顔を知り、その内面の恐ろしさや実力を理解している。故に彼女に逆らうことはなかった。
「タダでくれるってわけにゃいかないのかい?」
「特等の商品ですからタダでというわけには流石にいかないですね。それに重ね重ね言いますが今の私は貴方の部下ではなくて対等な商売相手ですので」
「冗談だよ。いくらだ。」
「200万でどうでしょうか?これが出回ることによる損失を考えれば安いと思いますが」
「まぁいいだろ。出してやるよ。」
そう言い目配せして部下に金庫を開けさせ、現金で200万円を即座に出す。
「…確かに。シェリル。この金はあんたにやるからデータを出してやりな。」
「随分安い手間賃ねえ。いいけど。」
シェリルは手早くパソコンを開き、データファイルを呈示する。紙のデータや印刷図面、使用する機械なども細かく記入されたデータをメモリに格納する。そのメモリを手渡すが、龍二から横槍が入る。
「おう、お前バックアップ消せよ。データの滅却にバックアップ残してたら意味ねえだろ」
「バレちゃしょうがない」
「バレちゃしょうがねえんじゃねえんだよ!消せ!」
ヒートアップした龍二に龍香から強めの肘打ちが入る。鳩尾に的確に入ったその一撃は大男を悶絶させるのには十分な一撃であったのは、龍二の様子を見れば間違いなかった。
「がぁぁぁぁ」
「言ってることはその通りだけど客の前で怒鳴るな馬鹿。シェリルてめえもやることはちゃんとやれ。」
「部下の教育には苦労しているみたいだな。ところで俺が悪用しないとも限らんが」
カマをかけに行った龍一だったが、龍香は応じない。
「つまらない冗談はやめてください。私はしないと信じていますよ。それに、仁義を通せぬクソ野郎には命をもって悔いてもらっているのはよくわかっていただけてると思いますが。それには一切の例外はございません」
怒鳴りこそしないものの、龍香の目には嘘はないというのは何年も面倒を見てきた龍一にはわかっている。斬ると決めたら一切の躊躇もないということもだ。
「悪かったよ。いくらお前相手とは言え冗談が過ぎた。こいつは表には流出しないように厳に管理する。」
「それはよかったです。ただしこれだけは言っておきます」
シェリルと龍二に引き上げるサインを出しながら、龍一に断りを入れる。その声は、丁寧であり敬意を払いつつも非常に冷たく恐ろしい声であった。
「世話になった恩があろうと私は敵になれば誰であっても一切の躊躇なく斬ることは、今一度断っておきます。その手のつまらない冗談は金輪際口に出さぬよう。」
「すまなかったよ。とりあえずデータはうちで責任もって管理する。」
「それではこれで私共は帰ります。今後は冗談は笑えるものでお願いしますよ」
「これにて一見落着ね。さて、私は国に」
「おい、雇用するって言ったろ。てめえは日本に残るためのビザのでっちあげしろ」
事務所に戻り、シェリルはアメリカに帰るための準備をしようとしたが、龍香は当然の如く認めない。来て雇い入れるといった瞬間に雇用契約書を書かせた龍香のぬかりのなさに龍二は感嘆するしかなかった。
「…雇用契約書あるな。シェリル、これはお前の負けだ。ここで働くしかないな。」
「そもそも給料の提示までしてやっておめおめアメリカに帰すわけねえだろ。あんな三流の組みたいな扱いはしねーからうちでその技術屋の腕貸してもらうよ。それにお前、なんとなくで帰ろうとしてそうだけど行くアテねえだろ。ハッカーとか画像処理技術はあるんだろうけど表の世界で認められてねえだろ。表で食えるような技術屋ならわざわざマフィアとつるむかっての。」
「…そうね。仕方ないわね。ここに世話になるわよ、暫くね。ところでタバコ吸える場所ってあるかしら?」
「全室喫煙可だよ。なんでここに灰皿あると思ってんだ。」
会社に属する者として認めた者にしか言わない言葉を、赤髪の女に言う。そう返された女は遠慮なく煙草の箱を出し、火をつける。龍香も同じく火をつけシェリルの顔を見る。
「…お前、人を撃ったことは?多分ないだろうが」
「ご生憎様、ないわよ。脅しで持ってるだけ。何か?」
「そういう仕事もしてるから一応確認したかっただけだ。まぁ目を見ればわかるよ、大体な。人殺った人間の目じゃねえし」
「へえ?貴女何人殺したの?」
至極当然返ってくる質問に答える龍香の目は、知らぬものが見れば震え上がるほどに冷たいものだった。
「…数え切れねえほどだよ。喋る気も失せるほど沢山のヤクザ共の人生の終わりに立ち会った」
新たな仲間として龍二と真希と共にこの事務所の人間に加わったシェリル=コンスタンティウス。
彼女はまだ、この女の闇の深さを知らない。




