9.闇烏ともう一つの刀
某日。村山警備の面々は、依頼はなかったが全員が仕事をしていた。
「お前銃なんか持ってたって使ったことねえだろ。何解体してんだ」
「故障してて使えないかもしれないじゃないですか。備えあれば患いなしって奴ですよ。」
この日は、全員が自身の所持品を整備していた。勿論、仕事には備える。
「真希はどうしたんですか?」
「離れにある倉庫に行ってるよ。ここに特殊清掃の薬品全部置くのは不可能だし不自然だからな。まぁ武器いくらか置いてあるからそれも充分不自然なんだけどな。」
「そういや気にしたことなかったっすけど弾丸とかどっから手に入れてんすか?日本で正規に手に入るわけないし。」
「龍一門から定価で調達してもらってる。代わりに殺し以外の全ての仕事を他より割安で仕事してやってるのさ。今も昔もずっと世話になってる。仁義のねえ殺しの依頼もしねえから義理を返すのは私の流儀として当然だ。」
そういうと、机の中から拳銃を取り出す。弾は入っていないリボルバーを丁寧に掃除する。
「姐さんM681使ってますよね?そのM27は」
「これは最初に貰った銃だ。真希に渡そうと思ったんだがアイツの体格だとこれでも使うの難しいからSIGを買ってやったんだ。殺し屋が自動拳銃は品がないんだがな。」
銃の手入れが済むと、普段使っている刀を抜く。
「…だいぶ曇ってんな。そろそろ手入れに行くか。」
「え?普段から研いでるじゃないですか」
「日本刀はデリケートなんだよ。私みたいな素人じゃ限界がある。プロに任せんのが本来一番いいんだよ。」
「プロなんてうちの近所にいるんですか?」
「いるんだよ。いるから私が刀持ってんだろ。さて、少し出かける。移動用の車使うから、お前は出るなよ」
龍香が車を出したその先には神社があった。しかし彼女が本殿に行くことは無い。向かった先にあるのは社務所。
「村山だ。開けてくれ。」
そう戸を叩くと、龍香よりも更に大柄な巫女が出てくる。巫女服を纏ってはいるが、左右非対称に伸ばし左側の額が隠れ、更に明らかに染髪とわかる茶髪であり神社に住み込んでいる巫女とは考えにくい風貌をしていた。
「あぁ?龍香か。クズが鳥居を通るとバチ当たるよ。まぁいい、舞花に用があるんだろ?」
「桜花!お務めの最中は巫女長と呼べと言ってるだろ!それになんだその口の利き方は!」
「あー、いや巫女長これは」
上から今度は壮年の巫女が降りてくる。こちらは黒い長い髪を後ろで1本に纏め額を露にした、黒い巫女装束であることを除けば如何にもと言った風貌の巫女だった。
「龍香久しぶりだね。妹が失礼をした。」
「桜花の口なんぞ治らねえからいいよ。で、闇烏の調整を頼みたいんだが」
「わかったよ。地下室に来な。」
この神社、如月神社の社務所には地下室がある。こんな場所に部屋がある理由は一つしかない。表には見せられないものがあるからだ。
「とりあえず今の状態を見てやるか。...手入れしちゃあいるがまぁ甘いな」
「あんたらはそりゃ武器のプロだろう。そこからすりゃ甘いのは当然だ。」
「それで飯食ってんだろう。ちゃんとした日頃の調整も覚えた方がいいんじゃないか?まぁあんたはお得意様だからいくらでも相談には乗るけど」
姉妹はそれぞれ姉が如月舞花、妹が如月桜花という名を持つ。桜花の方が大柄で如何にも、と言った風情であるが龍香は一度手合わせをしているため舞花の方が戦いにおいて実力が高いことを知っている。
この如月神社も龍香の警備会社と同じく二面性を持った神社であった。表向きには普通の神社、裏向きには暴力団相手に拳銃などの銃火器付随する部品を販売する武器商人としての顔を持っている。その一方で裏鍛冶屋としても名を売っているがそちらは舞花の眼鏡にかなう人間にしか販売しないという限定的な商売を行っている。舞花が鍛冶、桜花が研ぎを主に行う分業制で客を選んでも経営として成立する程度には鍛冶屋としての実力は高い。龍香と舞花は一門所属の時からの旧知の仲であり、刀はここからしか買わない。
「ちょいと見積もったが刀身ごと交換しちまうのもアリだね。あんたここ2年くらい刀の調整に来た記憶がない、相当使ってるだろ」
「1年と342日は刀の調整には来てねえな。あんたらがやってもどうにもならねえか?」
「その期間素人のあんたが研いでたんだろう。そこら辺の素人とはわけが違うがそれでも摩耗がキツくて肉が相当減っちまってる。付け焼き刃じゃ闇烏の斬れ味は出せないから新しくするのが1番だな」
「わかったよ。作ってある刃はあるか?」
「あるにはあるけどどれも烏彫るのには不十分だろう。それに私があんたにそんな半端なものを渡したくない。前金300万完成後出来高100万スタート300万天井で新規で制作してやる。」
その限定した客にしか売らない中にさらに限定した客にしか売らない舞花と桜花が特に秀作として認めた刀には烏の彫りを入れ独自で銘打っている。龍香が使用する打刀はそんな烏群の内の一つ、銘は「闇烏」と打たれていた。個人でもそれぞれ所有しており、舞花の持つ対になる二本の小太刀には桜烏、桜花の持つ大太刀には黒烏とそれぞれ銘打たれている。
「金なら出す。10日で作ってくれ。」
そういう龍香に、舞花は巫女としてではなく職人としての笑みを見せる。
「ふん、来ることを見越して地金は鋳造してるんだ。あと私と桜花をナメるなよ、7日で闇烏と同等の物を研ぎまで済ませてやる。とりあえず新しく来るまではそいつ使っときな」
そうすると舞花は龍香に日本刀を渡す。
「こんなもん借りていいのか?」
「廃品の鎖で作った試し打ちの刀だ。多分1週間くらいなら使えるだろ。どうせ廃材で作ったものだし壊しても返さなくても構わないよ。...さて、前金も受け取ったし私らは鍛冶に勤しむ。悪いがお引き取り願うよ。」
「わかった。1週間後また来る」
その日の夜。真希も帰ってきており、三人が久しぶりに夜に揃う形となった。
「今夜は全員空きか。」
「そうっすね。俺は暫く昼集金でうろちょろするだけです。」
「龍香さん、倉庫掃除してとりあえずこれだけのものを調達してもらえると助かるって形になりました」
「あー、血液落とす薬と死臭消しの消臭剤か。そういえば足してなかったな。弾は足りてるか?」
「足りてます。」
「足りて」
「お前は答えなくていいよ。うちらと違って戦う機会ねえのに使うわけねえだろ。」
そして物品の確認を終わらせる。
「…さて、申し訳ないが一週間の間は私は殺しはやらないよ。暗殺の依頼は来たら真希に任せる。OK?」
「わかりました。」
「あと龍二、昼に集金があるとか言ってたな。それは私がやる、お前はここで電話対応と用心棒の依頼来た時に出向く役を頼む。」
「いいっすけど、なんでですか?」
「闇烏を預けてる。手に馴染まねえ代替品じゃ仕事にならねえ。」
龍香がこういうのは決して休みたいからではないのは、後で二人は試し切りの為に的を立てている部屋に行って理解することになる。立てられた巻藁の切り口が、寸分の狂いもなく一定に切られている普段とは異なっていた。
「なんです、その刀?」
「廃材で作ったんだとよ。見た目が綺麗だからとりあえず使えるかと思ったがやはり馴染まねえ。真希、一週間後に闇烏取りに行く。お前も来い。」
そして一週間後。龍香は真希を連れ、如月神社を訪れる。
「開けろ。村山だ。」
「鳥居通るなっつってんだろ。直接来いよいつかバチ当たるぞおめえ」
「神は信じてねえんだよ。舞花はどこいる」
「地下いるよ。」
地下室では巫女装束を外し、袴に胸にサラシをまいただけの舞花が寝ていた。
「舞花!起きろ!」
「ん?…ああ、龍香か。闇烏の新作ならばっちりできてるよ。桜花ーあれと一緒に持ってきてー」
「てめーで持って来いよ寝坊助が。ほらよ。」
毒づきつつ桜花が二振りの刀を持ってくる。片方は龍香が今まで使っていた闇烏、もう片方は舞花の持つ桜烏よりは長く、闇烏よりは短い中ほどの太刀だった。
「まずは新闇烏。こいつはもちろん出来高最大値の出来に仕上げてる、鉛玉でも弾ける最高の出来だ。そこの閂で試してみろ」
舞花に促され、龍香は閂に刃を振り下ろす。一撃のもと閂は両断され、それでいて刀の刀身には僅かな変形もない。完璧な仕上がりであった。軽く手首を闇烏を持ったまま回し、鞘に収める。
「なるほどな、流石の腕だ。ところでもう一本のそれはなんだ」
「ああ、そのまま元の闇烏を鉄屑にするのは勿体ないと思ったんでな。なんかもう一本欲しがりそうな気がしたからもう一度鋳造して似たような成分にしてついでに作った。烏群に加えられる出来になったから買うんならてめえで銘打って買っていい。再利用だから100万にまけてやる」
「100万なら買う。真希、お前が銘を打て。他人のものに私は名は着けない」
「えっ?いいんですか?」
「良くなきゃ連れてきてねえよ。好きなナントカ烏って好き名前つけろ」
「んー、そうしたら中くらいの太刀って防具としても割と取り回しいいですよね。盾にもなる太刀ってことで山烏とか?動かざること山の如しっていうじゃないですか」
「風林火山からどういう発想したらそうなるんだよ。好きにすりゃいいけどさ…合計で400万か。ほらよ。桜花。」
「毎度あり」
「ここは神社だから奉納金だろうが。それでも巫女かお前」
「何言ってんだ、神社に金納めに来たんじゃなくて刀鍛冶に刀注文してんだろ。毎度ありでどこがおかしい。んでもって用が済んだならとっとと失せな、うちらは今から本業だよ。」
適当な軽口を交わし、龍香と真希は神社を去った。




