前書き
ここは日本。
世界有数の健全な治安維持がなされるこの国家においても争い事は事欠かない。
善人がいれば悪人がいる。言論での和平を訴える者がいれば、暴力での制圧を試みる者もいる。
そんな世の中だ。
その国の中に、とある少人数経営の警備会社がある。上場もしておらず、会社と呼べるのかさえ本来は怪しいほどの小さな組織だ。しかし社員一人一人の腕は確かなものがあり、信頼を持って存続を続けている。
今日も又、電話がかかる。
「もしもし、村山警備会社村山です。」
女が鳴った電話を取り、電話に応える。
「・・・はい。はい。詳しい話を伺いたいので直接お越しいただいてもよろしいでしょうか?」
仕事の依頼だ。
数時間後。二人の男が事務所に現れた。スーツに長い髪をオールバックに纏めた男に今の日本には似つかわしくない黒い羽織袴姿の老人。言うまでもない。堅気の人間ではない極道の人間だ。
「ようこそいらっしゃいました。村山の意向ですので、光り物はこちらの金庫に置いていただくようお願いいたします」
出迎えるのは、白髪に青い目、その美しい髪をツーサイドに纏めた年端も行かぬ少女だ。しかしその警備員を生業とする職業とは相反する幼い見た目に反して着ている服は黒いスーツにズボンだ。そして、着崩しもせずしっかりと着ている割に、そのスーツジャケットは左肩が低く感じられた。
「お嬢ちゃん、嬢ちゃんが得物持ってるのに俺らからぁ召し上げってのはな」
「村山は事務所に得物を持って上がる人間を絶対に入れるなと申しています。同意いただけない場合は仕事は受けないとの強い意志を示されているのは話を伺っているのであればお分かりいただけてると思いますが」
「そういうこった、とっととチャカ置け。姐さんも暇じゃねえんだ」
そう言い、もう一人男が現れる。こちらは如何にもと言った大男で、同じようにスーツを着用している。少女と違うところは、ネクタイは着けておらずシャツのボタンも二つ空け着崩しているところだ。
その男に少女は物怖じせず肘打ちをぶつける。
「痛っ!」
「龍二君、お客さんにはちゃんと丁寧に接しろって言われてるでしょ!・・・コホン。失礼いたしました。では置いていただくようお願いいたします」
「お嬢ちゃんは人ができてるねえ。ほれ、何してる。それは預けなさい」
老人に促され、オールバックの男は銃を差し出した。壊す意思も取る意思もないことは確かなようで、少女は白布で銃を受け取ると金庫にすぐ鍵をかける。
「ご協力ありがとうございます、ではこちらへ」
そう言い、少女が連れて行った先には電話に出た女がいた。桃色の髪のセミロング、キッとした釣り目に青と赤のオッドアイ、座っていてもわかる女性としては高めの身長と大きめの胸。
女性らしい服を着ていればたちまち殆どの男は振り返るであろう美しい女性が、事務所の応接間では待っていた。
その女性を前にして、老人は煙草を手に取る。
「申し訳ありませんが、事務所内は禁煙です」
桃髪の女は、男を制止する。吸殻が入っており、部屋もヤニ汚れが付いているにも関わらず、禁煙であると主張して。
「おっと、申し訳ないね。一服できる場所はあるかな?」
「奥の部屋で。」
老人はその桃髪の女の一見理不尽な制止に腹を立てることもなくそれにさらに一見不可思議な質問を返す。それを女は不思議がることもなく立って応対し、別の部屋に案内する。
「・・・姐さん、受けるんですかい」
「当然だろう。義理と誠意には仕事で応える。私の流儀だ。…夜は開ける。私は帰ってこないが表の客は絶対にこっちの事務所には上げるなよ。真希、龍二はそこんところ相変わらず抜けてるからお前が考えて客を掃け」
そして夜。
「・・・んあ?チャイムも鳴らさねえでこんな夜に」
「腐った喉から声を発するな。仁義を踏みにじるクソ野郎がいると聞いた。全員の命、この場でもらい受ける」
そう女が言い放つと、数人の男が銃を向けようとする。しかしその銃口は女に向くことさえ叶わず、下に向く。そう、全員が銃を構える間もなく女が切り伏せたからである。
「な、なんだこの女は!?」
「言っただろう。仁義を踏みにじるクソ野郎の命を貰いに来た。私のことを知らないとは随分場末の組のようだな」
「その顔…頬の十字傷…聞いたことがある!金さえもらえばどんな人間でも斬る、辻斬り…!」
「不名誉な噂だな。辻斬りの箇所は否定しておくが冥途の土産に聞かせてやろう。そうだ、私の名前は村山龍香だ。」
相手に自らの名を発することを許さず、村山龍香と名乗った女は必殺の一閃を喉笛にお見舞いした。
この桃色の髪の女の名前は村山龍香。表向きの職業は個人経営の警備員派遣会社の社長、裏の職業は暗殺者である。