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カノジョは、別れさせ屋。  作者: 原田孝之
9/19

2-3話:

 上日向芽衣。

 この少女について、少し詳述しておこう。


 二年四組の委員長にして、旧一年二組の委員長であった彼女は、折り目正しく、清く正しい……かはかなり微妙だが、少なくとも公正であると評される人物であった。


 座右の銘は「曲がったことは大嫌い」だ。


 規律にうるさく、融通は利かない。

 担任すら気にしない校則を杓子定規に守り、今朝のように違反者を追い回している。

 それだけでなく奉仕活動にも取り組んだりと、責任感のある性格だといえよう。


 つまり、委員長になるべくしてなった少女なのだ。


 一方で、ルックスは意外にも幼い風である。

 身長は一四〇を超えない程度だろうか。明るめのロングヘアーは似合っているが、頻繁に括っているため活発な印象が強い。

 集合写真などではこっそり背伸びしているのを知っているだけに、微笑ましさのほうが勝る。


 これが、この少女――上日向芽衣について知っているすべてだ。

 二年目の付き合いにしては、あまりに薄い情報量だった。


(後は、なぜか嫌われているってことか)


 交友関係は、広く浅く、が適切だろう。

 竹を割ったような性格なので、後に引いたりはせず、誰とでも仲良くやっているようだ。


 例外なのは久坂八重子という親友である。

 入学当初から仲が良かったところをみると、それ以前の付き合いなのだろう。

 喜一郎の交友関係では、それがすべてだと言い切れないのが悲しいところだが。


「さてと。そろそろ聞かせてもらえるかな」

「う、うん」


 マグカップを置いた上日向は、チラリと喜一郎を見た。

 トゲトゲしさが隠しきれていない。

 言葉なしに、喜一郎が邪魔だと物語っていた。


「どうしたんだい? ココアが甘すぎたかな?」

「そうじゃない、けど」

「なら早くしなよ。時間は有限なんだから」


 上日向が少しむっとした。

 どうやら朽木の率直な物言いは素らしい。


「その前に、少しいいか?」


 朽木は苛立たしそうにかぶりをふった。


「まったくもう、次から次になんだい。話の腰ばかり折るのは勘弁してほしいな」

「いや、そもそもの話なんだが」

「そもそも、なんだい」

「この部って、結局何をするところなんだ」


 えっ、と対面の上日向が目を剥いた。

 それも当然か。相談する相手が、何ここ? と聞いているのだ。驚きを通り越して恐怖に違いない。


「ふむ、キミはボランティアという言葉を知らないのかな?」


 しかし、相変わらず朽木はぶれない。

 手で頭をくるくるとかき混ぜる。頭がパーと言いたいらしい。


「言葉の意味は聞いてねえよ」

「そんなこといわないの。あーよちよち、じゃあおしえてあげるね。ぼらんてぃあっていうのは、みんなのためにじぶんからすすんで良いことをすることなんだよぉ」

「……おい」

「ちょっとむずかしかったなぁ。ごめんねぇ、ボク。あたまがよわよわだもんね」

「今すぐそのキャラ封印しろ、殺すぞ」


 こめかみに青筋を浮かべながら、言う。


「大体、お前こそ話の腰を折るんじゃねえよ。いいからこの部活について――」

「腰を折るなんてっ! この私の細い腰が折れるくらい、激しいのが好きなのか!」


 朽木はこっちが引くぐらい大袈裟に身体を抱き締めると、全身を身震いさせた。


「支配するのが好きなのは知っているよ。けれど、困るんだ。激しくされると……跡が残ってしまうじゃないか、ポッ」

「何が、ポッ、だ。表情が一ミリも変わってねえんだよ。つか勘違いされるからやめろ。俺たちは別に」

「付き合っては、いただろう?」

「……てめぇ」


 喜一郎は強く睨みつけるが、防御力が下がったようすはない。ふふんと鼻を鳴らす始末であった。


「覚えているかい? そう、去年の夏祭り。下駄の鼻緒が切れた私を、キミはおぶってくれたね。そのまま、家に連れていかれるとは思わなかったけれど。けれど、私たちはそこではじめての」

「お前とは今年からだろ、捏造すんな」

「覚えてないなんてひどいわ! 身体だけが目的だったのねっ!」


 両胸を隠しながら、朽木が叫んだ。


「そうやって弄んで。人非人、根暗陰キャ!」

「根暗陰キャにんな器量ねえだろ」

「おお、たしかにそうだね。すまない根暗君」

「……傷害って、懲役何年だった?」


 拳を握りながら、喜一郎は言った。


「今視姦罪で計三十年だから、二度と出て来られないんじゃないかな。今のうちにシャバの空気を胸一杯吸い込みなよ」

「……お気遣いどうも」

「ああっ! 吸引罪だっ!」

「てめぇ一回マジでぶっ飛ばすぞ!」


 ぜーはーと肩で息をしながらうなだれる。

 この女、ボケ倒しすぎだろう。

 ふと顔をあげると、目を丸くしている上日向に気がついた。


「……なんだ?」

「あ、いやその。筵田って、喋るんだ」


 ぷ、と朽木が噴き出した。

 腹を抱えて大笑いしている。

 中々にカチンとくる一言だった。


「ご、ごめんなさい。でも、クラスじゃ島くんとしか話さないし、ムッシーとか呼ばれてるし。なんか、意外だったから」


 失言だと気づいたのかワタワタと手を振る。

 今さら弁解しても遅かった。


「うるせえよ、チビ」

「ちっ、チビじゃないわよ!」


 唾を飛ばしながら上日向が立ち上がる。

 やはり気にしているらしい。

 チョッロ、と内心ほくそ笑んだ。


「いいや、チビだね。今どき高校生で身長一三◯以下な奴なんていないだろ。あぁ、もしかして飛び級だったか?」

「はぁぁぁ! 百三十はあるわよ!」

「そう見栄張るなって。世の中、生まれ持ったものは変えられないからよ」

「くくっ、そうだね。それにダメだよ筵田くん。女の子に身体のことを言っちゃあ」


 窘めながらも朽木は口を歪めている。

 こいつはやはり、性格ドブスだった。


「なんだったら測ってみなさいよ!」

「いやいや、オレが悪かったよ。もうやめとけって、な」

「そうそう、引き際は肝心だよ?」

「待ちなさい、なに終わらそうとしてるのよ。ちゃんと証明してやるわよ」


 顔を真っ赤にしてメジャーを渡してくる。

 何の為か知らないが持ち歩いているらしい。

 釣り針でけぇなぁ。

 喜一郎はせせら笑った。


「そこまで言うなら測ってやってもいいが。覚悟はいいのか?」

「もちろんよ。ただし、百三十あったら土下座しなさいよ」

「いいだろう」


 と言いながらも、喜一郎は動かなかった。


「……早くしてよ?」

「……」

「ねえ、どうしたの?」

「お前こそ早く立てよ」

「は?」

「ああ、もう立ってたのか。悪い、気づかなかったわ」


 ブッチーン、という音を聞いた気がした。

 顔を真っ赤にして、上日向が立ち上がる。


「アンタねぇ! そんな性格だからクラスでボッチになるのよ!」

「違うね。オレはヒューマンステージが違うのさ。いわば、特殊、スペシャル。わざわざ、合わせる必要もないだろ?」

「そんな言い訳ばっかりして! 大体、職場見学でコンビニってなによ! あたまおかしいんじゃないの!」

「頭がおかしいのはどっちだよ。零点ってどうやったら取れるんだ? 教えてくれよ、バカン長」

「アンタ、見てたのね……!」

「あれは笑えたな。先生だって困ってただろ? 一点をねだってくる奴なんて」


 ぐううと両こぶしを握っていた上日向は、襲い掛かってきた。

 喜一郎も、両手を突き出して決死の攻防を繰り広げる。

 血で血を洗うような、凄惨な争いである。

 言い換えると、ゴミ同士の泥仕合とも言えたが。


 呆れたように、朽木が両手を叩いた。


「はいはい、そこまで。さてと、ようやく場も暖まったことだし、そろそろ依頼に入っても構わないかな?」

「依頼、だと?」


 そういえば、入っていたときもそんなことを言っていた気がする。

 ということは、この部活の正体は。

 朽木は耳元でささやくように、言った。


「そうさ。ボランティア部の活動内容とは、つまり『別れさせ屋』への依頼だからね」


 空気が重くなる。

 雰囲気を察し、上日向が小さくなった。


 どうやら、帰ることはできないらしい。

 運命に翻弄されるよう、喜一郎の参加が決定したのだった。




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