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カノジョは、別れさせ屋。  作者: 原田孝之
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1-1話:莚田くんは、厭世家。


「はぁ、お前なぁ」


 高校二年が始まり早くも一週間。放課後、喜一郎は数学教師に呼び出されていた。


「いや、別にこの仕事を馬鹿にするわけじゃないけどよ。それでも、それでもなぁ。職場見学の希望先がコレって、そいつはどうよって先生思うわけですが……」

「はあ、すんません」

「いやいや、謝ってほしいわけじゃないんだがね」


 喜一郎の気のない返事に大きなため息をつく。黄ばんだ白衣が揺れた。


 この男は下松庄之助といい、喜一郎が所属する二年三組の担任だ。

 歳の頃は、三十手前だと口にしているのを耳にしたことがある。「まっつん」などと呼ばれ、化学担当でもないのに白衣を着ている変な教師だった。


「そもそも、なんでコンビニ? なんか理由でもあるわけ?」

「それは……いや別に、とくにないっすけど」

「怒らないから、正直に言ってみ。つか、何もない方が怒るわ」


 正直に吐け、と言われて吐く奴はいないだろう。喜一郎はボリボリ後頭部をかいた。


「えーと、最近、コンビニのフランチャイズって結構ブラックだって言うじゃないですか」

「そういや、ときどきニュースになってんな。それが?」

「脱サラして、結局企業の奴隷ってのはどんな気分なのかなって、気になりまして」


 下松は教科書で叩いてきた。


「痛いです」

「教育的指導だ。まったく、何を食ったらそんな厭世的になれるんだか。教育者の顔が見てみたいもんだ」

「立派になれたのも、先生のおかげです」

「うむうむ。弟子は師の背中を見て育つのだな……って、やかましい! 人のせいにするな、人のせいに」


 下松は座り込むと、ぐいと捨て鉢にネクタイを緩めた。


「まったく。大体なぁ、世の中楽な仕事なんてないんだぞ。教師だってそうだ。やれ『教師は社会に出てない』なんて馬鹿にされ、厳しく叱りでもしたらすぐさま親が飛び出てきて非難の嵐だ。お前らこそ社会に出てねえだろ、このモンペ主婦どもが。んな甘やかすから、怒られ慣れてねえポンコツが量産されるんだ!」

「さっきの、明らかに体罰でしたよね」

「うるせえぇぇぇぇ! こちとら、手間暇かかる部活まで見とるんじゃ! それを無給でコキ使いやがって。俺はなんでもデキるジャック・ボンドじゃねえんだぞ、あのクソババァ!」


 何かが爆発したらしい下松は、気がすむまで気を吐く。

 奥で教頭がメガネを光らせるのを見て、しぃらねぇーと、喜一郎は思った。


「じゃあ、そうっすね」

「はぁはぁ、……ああん、なんだ?」

「ウチがいいです。職場見学」


 下松は再び立ち上がると、教科書で叩いてきた。


「痛いっす」

「教師の心の痛みがわかったか」

「どう考えても物理的な痛みです」


 下松は深いため息をつくと、頭皮が心配になりそうなくらいガリガリと頭をかいた。


「それで、他にやりたいことはないのか? 趣味とか、好きなこととか」

「べつに、ないっすけど」

「んな恥ずかしがるなって。働きたくないでもいいんだぞ。先生としては勧められんが、専業主夫って道もある」

「今どき、高校生で将来が決まってる奴の方が少ないですよ」

「そんなもんかねえ」


 下松はペンを机に叩きつけると、背もたれに体重を預けた。

 どうでもよくなったのか、机の上の職場見学の書類を仕舞った。


「これだから今どきの若いやつは。もういい。わかった、希望は理解したよ。ただなぁ」

「ただ?」

「職場見学は最低二人以上で、っていうルールなんだよ。委員長が、どうしようもないとき声を掛けてくれって言ってたが」

「なら問題ないじゃないっすか」

「問題ないのが問題なんだがなぁ」


 説得を諦めたのか、それっきり帰れ帰れと手で払われる。

 呆れられたか、と喜一郎は思った。それでいい。期待されるぐらいなら、いっそ見捨てられるほうが楽だ。


(別に、変えろと言うなら変えるんだけどな)


 失礼します、と一言残して職員室を出る。

 肩を回して鞄を担ぎなおす。

 ふと、職員室前の掲示板に目が止まった。


「XY、Z? あー、漫画かなんかで見たことがあったような」


 喜一郎は生粋の帰宅部だが、気になって近寄る。

 部活動勧誘のチラシやら、学校便りやらを物色していると、後ろから声をかけられた。


「よう、長かったな。って、見てんの部活のチラシか? ならまた一緒にサッカーやろうぜ」

「ボランティア部ぅ? きー君、そんなの入るくらいならモモの漫研に入ってよぉ! 今度のコミケまで、書き手も売り子もぜーんぜん足りてないんだからぁ」

「おまえらかよ……」


 喜一郎はこめかみをおさえながら、ゆっくりと振り返る。

 そこには、からかうようにして頬を歪める男女二人が立っていた。


「で、何をやらかしたんだ。珍しいな」

「そうだよぉ。モモ、ベタ塗りがあったのに来てあげたんだから感謝してよねっ」


 島陽希に引藤菊枝。

 喜一郎にとって、小学校から付き合いがある、いわゆる幼馴染というやつだった。


 陽希は、さらさらと流れる茶髪が印象的な、爽やかな笑顔の似合うイケメンだ。サッカー部のエースかつ成績優秀と、ハイスペック超人だ。

 一方、引藤はビン底丸眼鏡にお下げと、ザ・サブカル女子といった容姿だ。成績は悪いが、同人誌に音楽活動と、人生を楽しむ趣味人だった。


「別に、なんもねえよ。職場見学の調整で呼ばれただけだ」

「あぁー、なーる。そういや希望先どこにした? 俺はスポーツメーカーにしたけど」

「モモはデザイン事務所!」

「あー、そうな。じゃ、そういうことで」

「ちょっと待ったきー君!」


 引藤に制服を掴まれる。

 彼女は頬を膨らまし、腰に手を当てた。


「まだきー君の希望先、聞いてないよ。モモが言ったんだから、きー君も言うの!」

「そっちが勝手に言ったんだろ」


 喜一郎は深くため息をつく。幼馴染の中では、彼女が一番強引なタイプだった。


「……じゃあ、そうな。株式会社秀吉ってのを作るわ。商品は暖房等ってことで」

「秀吉? あれか、戦国武将の? つか、暖房等ってなんだ?」

「おサルさんがどうかしたの?」


 歴女を兼任する引藤は、かなり尖った覚え方をしていた。


「あー、あれあんだろ。冬とか、布団が冷たくて入りたくなるなること」

「うん、あるある。モモ冷え性だから、その気持ちすっごくわかるの。で、それが?」

「オレが先に入って暖めてやるよ。ほら、草履を暖めておきました、ってノリで」


 引藤はうえっと顔をしかめた。


「うわ出た、きー君のやる気なしジョーク。寝たいだけじゃん。モモ、もうそういうので誤魔化されないんだからね!」

「あーはいはい。わかったわかった。で、部活の時間だろ。早く行けば?」

「むぅぅ、きー君のなまいきなまいきなまいき」


 引藤はほっぺをいっぱいに膨らませる。

 こうなると大抵、長くなるのが常だ。

 助けてくれと陽希の方に視線をおくった。


「まあまあ、落ち着けって。ほら、喜一郎もバイトがあるんだろ?」


 陽希は苦笑いしながら、言った。


「はぁぁあ、きー君ったら付き合い悪いなぁ。今日はアニメイトに付き合ってもらおうと思ったのに。っていうか、バイトは校則で禁止されてるのぉ!」

「あー、悪いな」

「ぷんだ。今度、手伝いさせてやるんだから」


 そう捨て台詞を残すと、引藤はパタパタと部室棟の方へ走っていった。

 隣で気楽に手を振っていた陽希が、とたんにいやらしい顔になる。

 手をこねながら近寄ってきたかと思うと、


「で、喜一郎くん」


 と、肩に腕を回してきた。


「実際のところ、どうなのよ?」

「何が?」

「またまた、ごまかすなって。せっかく男二人っきりなんだから。助け舟出してやったんだし、きっちし腹割って話すべきじゃん?」

「……泥舟だったか」


 喜一郎はため息をつくと、乱暴に払った。


「別に、何もねぇよ。映画に一回行っただけだしな」

「でも帰りは毎回一緒なんだろ? もうラブラブじゃん。今度こそ自宅か、このどエ郎」

「うるっせ。変なあだ名つくんな」


 つついてくる陽希を押し退ける。

 そうやってじゃれあっていると、彼は突然、声の調子を落とした。


「けどよ、気をつけろ喜一郎」


 耳元でささやく今度の陽希は真剣だった。


「めちゃ可愛いけど悪い噂、めっちゃ聞くからよ。ほら、援助交際とか、誰々の彼氏寝とったとか。……壺とか買わされてないよな?」

「噂だろ」

「まあ、自分の彼女を悪く思いたくない気持ちはわかるけどさ。火のないところに煙は立たないって言うしよ。モモにはまだ言ってないんだろ? キャットファイトとか見たくないぜ、俺」

「あー、そうな」


 引藤は気弱なほうだが、不条理に立ち向かう強さもある。

 中学のとき、教室で大立ち回りしたらしいことは聞いていた。


「ま、良い報告期待してるぜ。喜一郎くん」


 部活あっから、と陽希は颯爽と駆け出した。

 友人と挨拶を交わす幼馴染を見送ると、喜一郎も反対側にむかって歩き始める。


(はぁ、だる)


 歩きながら肩を落とす。

 目的地は学校の入り口、正門前だ。

 いきすがら携帯を確認するが、連絡はない。

 いつもならバイトまでパチンコで時間を潰すが、最近はそういうわけにもいかなかった。


 ふうと深呼吸して、ついでに髪を整える。

 意を決して踏み出すと、すぐ待ち合わせの相手が見つかった。


「その、悪い。待たせたか?」


 声をかけると同時に、少女が携帯から顔をあげる。

 彼女は胸の前で小さくピースをつくると、華のように笑った。


「ううん、今来たところ。じゃあ、帰ろっか」




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