婚約破棄から深まる愛
「リュシアン・アントワーヌ様。
私との婚約を、破棄していただけませんか?」
私、レティシア・リグロは、もうすぐ学園を卒業するというある日、婚約者にそう切り出しました。
「な、何で、そんなことを言うんだい?」
大層慌てた様子のシアさま。
金髪碧眼で筋肉質な男らしい見た目、それに辺境伯嫡男という身分もある彼は、穏やかな性格も相まって、同学年のみならず多くの女子達を虜にしてきました。
対する私は、驚くほど不細工と言うほどでは無いものの華やかさとは無縁の目鼻立ちに体型。
身分も同じ伯爵とはいえ目立った所のない貧乏領地を治めています。
「私は、シアさまには相応しくないのでしょう? ですから、婚約など辞めて、もっと良い人生を歩んでいただけませんか」
私たちが婚約しているのは、単に幼なじみだからです。
父親同士の仲が良く、昔から親しかったからその流れで婚約した、それだけ。
「レティ、本当に何のことか分からないんだ。
僕は何か悪いことをしただろうか?」
「リュシアンさま!! お話は聞きましたわよ! ついに、その陰湿女から解き放たれる時が来たのですね!」
婚約者同士の会話に突然乱入してきたのは、子爵令嬢マリー・ジラルド。紅く美しい髪と豊満な身体を武器に男子生徒の間で人気を集めています。
彼女は恋多き女として学園でも有名で、最近はシアさまに熱を上げて私に何かと嫌がらせをしてきていました。
「ああ、マリー。僕達は大切な話をしているから、後にしてくれないだろうか?
必ず呼びに行くから」
「あら! リュシアンさま、そのような女など相手にしなくても、放っておいたらいいじゃない!」
「どうしてもというなら居てもいいよ。それで、レティ、僕たちの話なんだけど……」
そう、皆様、分かっていただけました?
マリー・ジラルドが一方的に惚れているだけなら良かったのですよ?
まあ、ここ半年ほどは様々な嫌がらせに困らされて来ていますけれど。
教科書がなくなり、靴がびしょ濡れにされ、提出したレポートはいつの間にか盗られて出していないことにされ。
その度に何とか対応してきましたけれど、それよりも辛かったのは……
シアさまがマリーを好いているようだ、ということです。
現に今も、『後で必ず行く』『居てもいいよ』と、大切にするようなことを言っています。
ああ、婚約破棄の話をしてすら、私と二人で話をしてはくれませんのね。
最後くらい、マリーではなく私を見て欲しい。
その願いすら叶わないのですね。
「シアさま、私のことなど、もうお忘れください。そちらの方と、お幸せに」
涙を見せまいと固く決意してから話始めたというのに、後から後から、涙が頬を伝います。
もう、この場に居てはいけない。
そう思って立ち去ろうとしましたが、
「レティ!」
いつになく鋭い言い方で名前を呼ばれ、立ち止まってしまいました。
「レティ、僕は君を傷つけてしまっていたようだ。本当に申し訳ない……
まだ、君に触れることを、許して貰えるだろうか……?」
申し訳ない? シアさまがマリーを好きになったのに?
混乱の極みにある私の身体が、ふわりと背後から抱きしめられました。
「え……? シア、さま……?」
なぜ?
シアさまは、私を抱きしめているの?
マリーのところへ、行くんじゃ無かったの?
「リュシアンさま! いえ、シアさま!
そんな地味女など離して、私と婚約しましょう!」
ええ、やっぱり。
シアさまとマリーは、婚約するほど仲が進んでいるんだわ。
そう、絶望した次の瞬間。
「マリー・ジラルド。二度と僕のことをシアと呼ぶな。その呼び名を許しているのはレティだけだ。
そして、声の届かないところまで離れろ。邪魔だ」
聞いた事がないほど強く深い声音で、シアさまがマリーを突き放しました。
「な、なぜですか! リュシアンさま!
私たちは、愛し合っていたのではないのですか!?」
「僕が、いつ君を愛したと言うのだ?」
シアさまが、怒っています。
いつだって穏やかな方なのに。
私の為に怒ってくれてるって、勘違いしてもいいですか……?
「私はその女から、嫌がらせをされてきたんです! レティシア・リグロが性悪な地味女だと、皆知っていますよ!」
「僕のレティを侮辱するな! 聞こえなかったか、今すぐに声の届かないところまで立ち去れ!」
マリーはシアさまに怒鳴られたことに驚いたのか、その場で崩れ落ちて泣き出しました。
「リュシアンさま、酷いですぅ〜!」
いえ、まだ演技を続けていました。
こうして殿方の心を掴んできたのですね。
「レティ、ちょっとごめんね」
ああ、やはりマリーの方へ行ってしまうのね。
そう思ったのも束の間。
ふわりと、抱き上げられました。
初めて。初めてです。
シアさまが、抱き上げてくれるなんて。
そのままスタスタとマリーの前を立ち去り、少し離れたベンチに下ろしてくれました。
「レティ、ようやく落ち着いて話ができる。
ごめんなさい。僕の何が悪かったのか、教えてくれない?」
もう、穏やかないつものシアさまです。
「シアさまは、マリーのことが、好きなのではないのですか……?」
恐る恐る、そう訊ねました。
「僕が、マリーの事が好き?
誰にそんなことを言われたんだい?」
「だって、だって! シアさまはいつもマリーと一緒にいたし、優しく話しかけていたじゃないですか!」
「マリーと話していたのは、彼女がレティの友達だと思っていたからだ。現にマリーは、レティはとてもいい子で一緒に居て楽しい、といっていたよ」
「そんなことは絶対にありません。
そもそも、私はマリーに虐められていたのです。一緒に居るなんて、そんなことがあるはずがないです」
「僕がきちんとレティに確認しなかったのが悪い。大切なレティのことを傷つけてしまって、本当に申し訳なかった。
……こんな僕でも、許して貰えないだろうか?」
「ええ、シアさま。私の方こそ勝手に勘違いして先走って、ごめんなさい」
「許してくれてありがとう、レティ。
ねぇ、昔みたいに呼んでもいい?」
「もちろんですわ」
「あぁ、僕のシア、大好きだよ。マリーが僕のことを『シア』って呼んだ時、一番腹が立ったんだ。
その名前は僕とレティシアだけのものだから」
「覚えていてくださったんですね……」
昔、まだ子どもだったころ。
レティ『シア』
リュ『シア』ン
ふたりの名前に共通する『シア』という名前で呼びあっていた。
成長するにつれて、互いを「シア」と呼び合うのは周囲にとってややこしく聞き間違いが多かった為に「レティ」と呼ばれるようになっていったけれど。
「大好きだよ、僕のシア」
「シアさま……!」
「僕がちゃんと言葉にしなかったから、マリーなんかの事が好きだって誤解されてしまったんだろう?
これからは、シアのことが好きだって、ちゃんと言葉にして伝えていくよ」
「ありがとう、シアさま。私も大好きです」
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