9.酒場
適当なパーティを見繕って、そこに潜り込んで『北の山の染み』を調べる――
……とりあえずはそう決めたものの、俺は3日ほど、ゆっくり休むことにした。
正体不明の存在が近くにある。
しかしそれは、別に俺たちを攻めてくるわけでもない。
俺はそんな調査よりも、まずはこの世界に慣れるために時間を使うことにした。
この世界には当然ながら、インターネットやゲームといった娯楽は無い。
だから自然と、俺はフィリアのいろいろな行動に付き合うようになっていた。
「――ふむ。
絵を描く、とは聞いていたが……」
フィリアの家には、一人暮らしながらに部屋がいくつもある。
そのうちの1つが、彼女の絵のアトリエになっているようだった。
「えへへ……。
お見せするのも、恥ずかしいのですが……」
そう言いながら、いつもより大人しくなってしまうフィリア。
見せてもらった絵の出来は……まぁ、中学生が描いたような絵……と言ったところか。
「恥ずかしいなんて、とんでもない。
これからが期待できる絵じゃないか」
俺は多少のフォローを入れつつ、素直に感想を述べる。
「ぶぅ~。
それ、下手って言ってるのと同じですよ!」
「そ、そうか……?」
「そうです!」
……まずい。
どうやら、会話の選択肢を間違えてしまったようだ……。
絵を見せてもらったあとは、筆記の練習をした紙の束やら、家の近くに造ったという釜やらを見せてもらった。
なかなか洗練されているとは言えないが、フィリアの努力が気迫となって伝わってくる。
ただ、フィリアの寿命は無いほどに長い。
だからきっと、ずっと頑張り続けていれば、すべてのものがもっともっと洗練されていくだろう。
「将来が楽しみだな」
「……それって、いつ頃を想定しています?」
「100年後、とか?」
「やー、100年で上手くなってると思いますか?」
俺の言葉に、フィリアは悪戯な表情で聞いてくる。
「ああ、フィリアは間違いなく上手くなる。
上手くならなかったとしても、続けていくだけで立派なことだ。
それは誇って良いと思うぞ」
「わぁ♪
バルダーさんにそう言ってもらえると、ずっと頑張れそうです!」
……実際、何かを続ければ一定のところまでは上達するものだ。
そこからは才能というものが必要になってくるかもしれないが、そこに至るまでは、努力の方が大切なんだと思う。
まぁ、そういう俺は、まだ27年しか生きていないわけだが。
だから100年……というのは、正直想像がつかない。
ただ、実際に経ってみてしまえば……きっと、一瞬のことなんだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
のんびりと過ごした日々はあっという間に過ぎ、俺は再びグリーンクリフの街を訪れていた。
当然、人間の姿に変身をして、だ。
「おお、お前か!」
街門で気さくに声を掛けてきたのは、先日500ルーファのチップをくれてやった衛兵だ。
そんな金額で顔を覚えてもらえるなら、やはり払った甲斐があったというものだ。
「お疲れ様。
最近、何か変わったことはあったか?」
俺は右手で通行料とチップ、合計2500ルーファを手渡した。
それと同時に、左手で鞄を持ち上げて見せ、また肉を売りに来たことをアピールする。
「そうだな……。いや、そうだ!
ここから少し離れたところでな、魔族が暴れたようなんだ。
相手をしたのは『光沃の翼』って名前の冒険者たちなんだが、知っているか?」
「ふむ……。もしかして、4人組のやつらか?」
「おお、そうそう。
お前みたいな街の外のやつが知っているなんて、あいつらも名前が知られてきたものだなぁ」
衛兵は、しみじみとそう言った。
「……知ってはいるが、詳しくは無いんだ。
そんなに有名なのか?」
「言ってみれば、この街が生み出した若手のパーティ……って感じかな。
貴族や資産家の支援も受けるようになった、新鋭の実力派だぞ!」
……なるほど。
そんなやつらを、俺は先日、簡単に倒してしまったのか……。
今さらながら、せめてやつらの評判が落ちていないことを祈ろう。
個人的に、何だか憎めない連中だったしな。
「分かった、機会があったら話してみるよ。
情報、ありがとうな」
「なに、構わないさ。
それじゃ、良い滞在を!」
俺は笑顔の衛兵に見送られて、街の中に入っていった。
……しかし、500ルーファという額でこんなに喜ぶとは。
俺の他に、チップを払っているやつはいないんだろうな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フィリアの家を早めに出てきたため、今日は街をゆっくりまわる時間があった。
まずは買い取り屋に向かい、最初の目的を果たすことにする。
……今回は一昨日に仕留めた、巨大ウサギの肉だ。
この肉はあっさりした味が人気ではあるが、さすがに怪鳥ほどの値段は付かず、最終的には10万ルーファの収入になった。
これはこれで結構な額だが、やはり狙うなら怪鳥が一番だ。
問題なく取引を終えると、俺は前回まわれなかった場所に行ってみることにした。
……例えば武器屋、例えば防具屋、例えば道具屋。
まずは行ってみないと、いざというときに困ってしまうかもしれない。
だから思い当たるところはどこにでも行こうと思ったのだが――
……ただ、一番期待していた場所、図書館がこの街には無いようだった。
本屋も見当たらず、結局は断念することになってしまった。
そして気が付けば、日も暮れ始めていた。
今日は一旦、これで手仕舞いにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事をとるため、そして何か噂話を聞くため、俺は酒場に向かった。
席はちょこちょこ空いていたので、さてどこに座ろうか――
……そう見回したところで、俺は見覚えのある人間たちを見つけた。
先日俺が倒してやった4人組、冒険者のパーティ『光沃の翼』の連中だ。
……うん?4人組?
いや、今は3人しかいないぞ……?
盾の大男がいないようだが。
折角なので、俺は連中のすぐ隣の席に座ることにした。
見知らぬ人間の適当な会話に耳を傾けるより、有名なパーティの話を盗み聞いた方が良いだろうからな。
俺は席につき、適当にメニューから酒と食事を見繕い、手を上げて店員を呼んだ。
「――あ、いらっしゃいませ!」
俺のところに来たウェイトレスは、先日いろいろと質問をした、メイド服の少女だった。
……ああ。
この酒場、先日の食堂だったのか。
昼は食堂、夜は酒場……といった感じか。そういえば、どこか見覚えがあると思った。
「遅くまで働いているんだな、ご苦労さん。
注文の方を頼む」
「えぇ~?
また、何か無いんですか? いろいろと説明しますよ?」
そう言いながら、駄々をこねる目で俺を見てくる。
……何というか……いや、正直面倒だな。
しかしまぁ、この世界では数少ない、知った顔の人間だ。
ならば多少なりとも、優しくはしてやろう。
俺は1000ルーファを渡しながら、とりあえず何かを聞くことにした。
「そうだな。最近この辺りで狩りをしているんだが、何か良い獲物はいないか?」
「前回とまったく話題が違いますね……。
……それなら森に住んでいるグレイトプテランはどうですか?
大きな鳥みたいな魔物なんですけど」
グレイトプテラン……か。
それは確か、怪鳥の正式な名前だったと思う。
買い取り屋で教えてもらってはいたが、最初から『怪鳥』と呼んでいただけに、正直今さら……という気持ちが強い。
「ああ、それなら知っている。
買い取り屋で、高く売ることが出来たぞ」
「え? 最近結構な供給があったって聞いたんですけど、まさかお客さんが狩ったんです?
へー、強いんですね!」
「ま、俺一人で狩ったわけじゃないけどな」
これは嘘ではなく、実際にフィリアもいたからな。
やろうと思えば俺だけでも倒せただろうが、別に強さをアピールしても仕方が無いし、今回はその答えで良いだろう。
「あはは、さすがにお客さん一人じゃ無理でしょうね。
有名な強い冒険者なら、一人で倒せる人もいるとは思いますけど」
……『光沃の翼』の連中なら、どうだろうな。
さすがに真後ろにいるから、今回は聞くに聞けないが……。
「あとはイノシシと、巨大ウサギは狩ったことがあるんだ。
それ以外で、何か良いのはいないか?」
「うーん、そうですね。
……ああ、固い岩でできたゴーレム……っていうのがいるらしいです。
ゴーレムって魔法の核を中心に出来ているみたいなんですが、それが高価だそうですよ」
「ゴーレム、か……。
なるほど、情報ありがとう」
「いえいえ! それじゃ、注文をどうぞ♪」
……ああ、そうだ。
そういえば、まだ注文をしていなかったな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――食事を済ませたあとは、酒をちびちび飲みながら、つまみも追加していく。
酒は元の世界よりも雑味が多いが、これはこれでどうにも美味い。
俺は良い気分になりながら、後ろの席……『光沃の翼』の連中の会話を盗み聞いていた。
「……はぁ。
ブランドンのやつ、もう少し掛かりそうだな……」
「まぁねぇ……。でも、あれは仕方ないって。
ほら、キャリーも落ち込まないで、って。ね?」
「でも……私があのとき、気絶なんてしていなければ……」
「それを言うなよ。
……俺だってジェシカだって、結局は何も出来なかったんだから」
「はぁ~……。
でもアイツ、本当になんだったのよ……。
私の魔法も、アレックスの剣も全然効かなかったし――」
……一気に情報が出すぎたな。
一旦、まとめてみよう。
剣の優男の名前が、『アレックス』。
盾の大男の名前が、『ブランドン』。
杖の少女の名前が、『ジェシカ』。
錫の少女の名前が、『キャリー』。
……と、いったところか。
そして盾の大男ことブランドンは、今は治療院で傷を癒しているのだとか。
俺の攻撃を受けたあと、錫の少女は気絶していたから、回復魔法を掛けるのが遅れてしまったらしい。
「――はぁ。
『北の山の染み』の調査も、明日が出発日なのにな……。
どうする? ブランドン抜きで行くか?」
「スポンサーからの圧力もあるしね……。
行くしかないかぁ……」
「ですよね……」
……ふむ。
4人のうちの1人が抜けてしまい、本当に困っているようだ。
幸運なことに、それなら俺が付け入る隙もありそうか――