8.帰宅
「バルダーさん、お帰りなさいっ!!」
俺が戻ると、出迎えてくれたのはフィリアの満面の笑みと、元気な声だった。
外はすっかり暗くなってしまっていたが、この家の何と明るいことか。
「遅くなってしまって、すまんな。
怪鳥の肉はしっかり売れたぞ。60万ルーファになった」
「わぁ、凄い!
バルダーさんも、これでお金持ちですね!」
フィリアは俺の話を聞き、うんうんと嬉しそうに頷いた。
単純に、他意も何もなく――
「……まぁ、怪鳥は一緒に狩ったからな。
あとで山分けをするとしよう」
「え? 私も、もらっちゃって良いんですか?」
「ああ、もちろんだ。
フィリアが囮をしてくれたから、簡単に倒せたわけだし」
しかしフィリアは、頭を横にぶんぶんと振って否定する。
「それは違いますよー。
避ける自信はありましたが、倒す自信なんてありませんでしたもん」
「……避ける自信は、あったのか?」
「はい! 鳥さんを避けるのは得意なんです!」
「……イノシシはダメなのに?」
「あー……。空を飛んでいるもの限定、でしょうか。
ほら、飛んでるだけに、軌道が分かるでしょう?」
フィリアは胸を張り、自信たっぷりにそう言った。
どれだけ得意にしているのかは分からないが……だから、怪鳥の囮を買って出たというわけか。
「まぁ……危険なことは、ほどほどにな」
俺はポン、とフィリアの頭に手を乗せた。
フィリアは俺の手に両手を添え、照れくさそうに笑う。
「あ、そうだ!
夕飯をたくさん作っておきましたので、一緒に食べましょー!
街でのお話も、たくさん聞かせてくださいね!」
「ああ、今日はなんだか色々あったからな……。
是非、聞いてくれ」
「はいっ♪」
俺はフィリアに促され、暖かな家の中に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……フィリアの作った飯は、美味かった。
材料が引き続き怪鳥の肉を使っている……というのもあるが、それでも食堂で出てきそうな味をしている。
つまり、家庭の味、というよりも、プロの味に近いということだ。
「フィリアは、料理が得意なんだな」
食後に出てきた謎のお茶を啜りながら、俺はぼそっと呟いた。
このお茶も俺のよく知らない味ではあるが、確かに美味かった。
「そう言って頂けると、作った甲斐があるというものです!
私、いろいろなことに挑戦しているんですけど、上手くいったのが料理くらいのもので……」
「いや、料理だけでも、ここまで出来るのは凄いと思うぞ?
ちなみに……いろいろなことって、例えば食器作り、とか?」
フィリアの家にある食器は、たまに変な形のものがある。
本人が使っているコップが、その最たるものだ。
「はい、それもそうですね。
あと、絵も描いているんですよ。だから、バルダーさんからお小遣いをもらったら、画材を買いたいなぁ……って」
「画材はさすがに、自作できないもんな」
「そうですねー。
あとは歌とか、楽器とか、文章も書いてみたり――」
「おいおい、本当にいろいろやってるんだな。
努力家っていうか、積極的っていうか」
俺の返事に、フィリアは照れくさそうに笑う。
「古代エルフは長命ですから……。
だから、趣味はたくさん持てって言われたことがあるんです」
「なるほど……。
長命な種族は、長く生きている間に無感動になる……なんてことも聞いたことがあるしな。
……もちろん、それは現実の話ではなく、創作上での話だが。
「まぁまぁ、その辺りの話は終わりにしまして……。
それより、バルダーさんのお話も聞かせてください。私、寂しく待っていたんですから!」
「おお、そうだな。
まずは街門での話からするか――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……ふわーっ!?」
街門での出来事を伝えるには、どうしても人間に変身したときの話になってしまう。
それを伝えたところ、フィリアから是非変身してみて欲しい……と言われ、見せた結果がこの反応だった。
「どうだ?」
「わー、声まで変わって!
いつものバルダーさんも良いですが、こっちも新鮮ですね! 可愛い!!」
……か、可愛い……?
元の世界では、そんなことは一度も言われたことは無かったんだが……。
しかも少し、細マッチョにしてるわけだし。
「まぁ、可愛いかどうかは置いておいて……。
こんな感じで変身をして、ようやく街の中に入れたんだ」
「確かにそれなら、普通の冒険者に見えますからね」
「……冒険者?」
聞きなれたような、聞きなれないような、そんな言葉。
「『ギルド』の話は昨日しましたよね?
そこに登録した人を総称して、『冒険者』っていうんです」
「ふむ……。
『登録者』とか『契約者』だと、ちょっと分かりにくそうだしな……」
「はい。あと、普通に街で暮らす人から見れば、危険な仕事を請け負っているわけですから。
そういう意味も含めて、『冒険』と言っちゃってるんだと思います」
……つまり、『探検』というニュアンスからは少し外れた、『冒険』……という言葉か。
この辺りは、割と感覚的だな。
一人で納得したあと、俺は変身を解き、次の話題へと入っていった。
買い取り屋でのこと、食堂でのこと――
……そして、宝飾店でのこと。
「そうだ、土産があったんだ。
気に入るかは分からないが……」
「え? わぁ、指輪ですか?
……おぉー、しかも魔法道具なんですね!」
少し大きかったその指輪は、フィリアが指にはめると少しだけ小さくなった。
そういえば、自動で調節が効く……とか言っていたな。
「この指輪、身を護るアミュレットにもなっているそうだ。
気休め程度だろうが、使ってやってくれ」
「ありがとうございますっ!
でもこれ、お高くなかったですか……?」
「そんなこともないぞ?」
最初に提示された金額は60万ルーファで、正直高かったが……。
しかし結局、タダだったからな。……いや、気に入ったときの後払いだったか。
「本当ですか~?」
フィリアの、少しじとっとした視線が俺に刺さる。
これはこれで、心地よい。
「ああ、嘘はついていないぞ」
……実際、本当に嘘はついていないからな。
「そうですか、それでは安心してもらっちゃいますね♪
誰かからものをもらったのも随分と久しぶりなので、本当に嬉しいです。
ずっと、ずっと大切にしますね!!」
「ああ、そうしてくれ。
それで、その土産を買ったあと、街を出たんだが――
……そこで4人組に襲われてな」
「え、えぇ!?
だ、大丈夫でしたか!?」
「うん? ああ、この通り大丈夫だったが――」
「いえ、その4人組の方です!
バルダーさんに喧嘩を売って……。ちゃんと生きて、帰れましたか?」
……ああ、そういう?
それは俺の強さへの信頼なのだろうが……。
「手は抜いたからな。
多少の怪我はしただろうが、命に別状はないと思うぞ」
「はぁ、良かったです……」
「それで別れる前にな、そいつらが『北の山の染み』という話題を出してきたんだ。
気になって街の北を調べたんだが、確かに地面が紫色の染みのようになっていたところがあってな……。
フィリアは何か、知っているか?」
「紫色の……染み、ですか?
うーん、分かりませんね……」
「ふむ、そうか……」
「……でも最近、この森もおかしいんです。
今日も森の動物が、気性が荒かったようで……。
それに、その紫色の染みも……気になりますし?」
「そうだよなぁ……」
フィリアはきっと、これからもずっとこの森で暮らしていくだろう。
だからそういう不安要素は取り除いていってやりたいが……でも、どうやって?
「その情報って、バルダーさんを襲った4人組が言っていたんですよね。
もしかして、ギルドから調査依頼が出ているかも?」
……ふむ。
紫色の染みに注目がいっているところで、突然現れた、魔族のような姿をしている俺。
なるほど、関連性を疑ってしまうのも当然か。
「それに対抗して、俺が先に調査するにしても、一人ではうまくいかないだろうしな。
誰かが調べて、何かが分かるまで待つしかないか」
「……いえ?
バルダーさんも、調査に加われば良いんじゃないですか?」
フィリアが、きょとんとした風に俺に言う。
「いや、俺では無理だろう。
この姿では、他の冒険者とは一緒に動けないだろうし……」
「いえいえ。バルダーさんは、変身が出来るじゃないですか」
「あ」
……確かに人間に変身すれば、どこかのパーティに入れるかもしれない。
なるほど、それは盲点だったな……。