7.染み
俺はグリーンクリフの街を出ると、すぐに近くの森に入っていった。
そして人間の姿から、元の魔族のような姿に戻る。
「……ふぅ」
最初に感じていたことだが、人間の姿のときは、どうにも息苦しさがある。
変身できるのは便利なことだが、基本的には今の姿でいる方が楽なのだ。
「服も、どうにかするか……」
気が付けば変身前と同様、腰巻をひとつ着けただけの姿になっていた。
服だけを変えるのであれば、きっと息苦しさは無いだろう。
体格に見合う服をイメージすると、想像以上の服を纏うことが出来た。
……もしかして、これを繰り返して服を量産すれば、それも売れるのでは?
そう思って服を脱いでみるが、服は俺から少し離れると宙に溶けて消えてしまった。
どうやら俺が使う目的でなければ、この世界には留まっていられないらしい。
多少の不便さはあるが、それはそれで仕方ないか。
他のメリットが十分あるのだから、さすがにそれは望みすぎというものだろう。
「――そこのお前ッ!!」
「うん?」
突然、俺に向かって投げかけられた大きな声。
特に驚きもしなかった俺は、声の方をゆっくりと振り向いた。
そこには男女が2人ずつ、合計4人の人間が構えていた。
剣を持った優男。
盾を持った大男。
杖を持った少女。
錫を持った少女。
……ふむ。ゲームのパーティとしては、バランスが良さそうだ。
前衛が2人、後衛が2人。
しかもそれぞれ、全員役割が明確に違う。
先ほど俺に声を掛けてきたのは、剣を持った優男のようだった。
「お前が、衛兵の言っていた魔族だなッ!!」
その言葉には、明らかな敵意が含まれている。
「お前の言う衛兵が、誰だかは知らないが……。
まぁ、街に入るのは2回、拒否されたな」
それは間違いのない事実だった。
恐らくはそこから、彼らに何らかの情報が伝わったのだろう。
「まだこの街に入ろうとしているのか!?
そんなことは俺たちが許さん――」
「いや、もう帰るところだが」
「「「「えっ」」」」
予想外の反応だったのか、4人が4人とも、そんな反応をした。
……ちょっと素直すぎるだろう。
俺はもう、この瞬間から4人を憎むことが出来なくなったかもしれない。
「これから帰る俺に、何か用でもあるのか?」
「そ、そんなことを言って、何を企んでいるッ!!?
ここで一体、何をしていたんだッ!!!!」
なおも突っかかってくる、剣の優男。
考えてみれば、俺はこの姿では街に入っていないわけで……。
俺以外からしたら、俺が今まで何をしていたのかなんて、知らないはずだからな。
……まぁ、少しからかってやるか。
「俺が、そんなことを説明するとでも?
聞きたければ、力づくで来るんだなッ!!」
俺は悪ノリをして、4人に向かって適当に構えを取った。
「くっ! みんな、気を付けろッ!!」
4人は戦い慣れているようで、優男の声に従ってすぐさま陣形を取る。
これはもう、完全に戦う流れだ。
……しかし、俺は普通に戦っても良いのだろうか。
何せイノシシも怪鳥も、一撃で倒してしまったからな……。
そんなことを考えていると、まずは盾の大男が俺に急接近をしてきた。
そしてそのまま、大きな盾を勢いよく俺にぶつけてくる。
盾は防具でもあるが、使いようによっては武器にもなる――
……それは、知識としては知っていた。
ただ、そうは言っても俺の人生で盾に触れたのはこれが初めてだ。
果たしてこれを、どう使ってくるのかまでは――
「炎よ集え! ファイア・ボールッ!!!!」
恐らくは、杖の少女の声。
盾の大男は素早い動きで少しだけ下がり、次の瞬間、灼熱の火球が俺に襲い掛かってくる。
……おお、これが攻撃魔法ってやつか。
火球……まさに火の塊。
ここまで火が固まっている様を見るのは、これまた俺の人生で初めてだった。
俺は思わず、その火球を右手でしっかりと受け止めてしまう。
「ほう……。なるほど、良い魔法だ」
「う、受け止めた……ッ!?」
火球は俺の手の中で次第におとなしくなり、力を少し込めると四散してしまった。
どうやら中心部には物質的な……いや、魔法が形を成したのか? 何か手応えのあるものが、中心になっていたようだ。
「ふむ……。
こう、かな?」
俺は先ほどまで手にしていた火球をイメージして、右手に軽く力を込めてみる。
すると右の手のひらから、先ほどと同じような火球が生み出された。
「な、何ですって!?
ファイア・ボールを無詠唱で……!?」
「無詠唱だとッ!!?」
「馬鹿なッ!!?」
「信じられない……!!」
……杖の少女の声に、それぞれ反応をする他の3人。
あー……、無詠唱ね。
それって確か、どんな世界でも凄い技術なんだよな。
そもそも俺は、収納魔法とかでも詠唱していないが――
……ただ、やっぱりそれは、おそらく普通のことではないのだろう。
俺は右手に生み出した火球を、邪魔になったので錫の少女の足元に投げつけた。
彼女は多分、回復役だろう。
こういう戦いのとき、回復役は先に倒してしまうのが定跡――
……とは思ったものの、よくよく考えてみれば、俺は別にこの4人を殺したいわけではない。
だから別に回復役から倒す必要はなく、むしろその逆なのだ。
しかしそう思ったときには既に遅く、火球は地面に当たり、大きな音で炸裂した。
錫の少女はそのまま吹き飛ばされ、戦線を離脱してしまう。
「何て威力……!
かなりの魔法の使い手……!!」
杖の少女は忌々しい目でこちらをにらみつけてくる。
ただ、単純な憎しみ……というよりも、むしろ畏怖のようなものが混ざっていたかもしれない。
「う、うおおおおお!!」
再び、盾の大男が突進してくる。
盾を受け止めるだけなら、別に痛いわけでもない。
俺は右手であっさりと、その突進を受け止めた。
そして次の瞬間――
……俺の死角から、剣の優男が斬り掛かってくる。
なるほど、良い連携。良い気迫だ。
だが、俺には届かん。
俺は向かってくる剣に向かって、左の拳を突き出した。
剣と拳がまともにぶつかり合い、その勝者は当然のように、俺の拳だった。
剣は刃を折られ――……はせず、優男の手から零れ落ち、離れたところに弾き飛ばされた。
杖の少女はその光景にあっけにとられ、魔法の詠唱すらもしていない。
となれば、あとは盾の大男か。
俺は右手を軽く引き、そのまま大男の盾に向かって、拳を突き出す。
「ぐ……おおぉっ!?」
大男は盾ごと吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付けて、三回四回と地面を跳ねた。
……しまった、強く殴りすぎたか。
盾の大男は気絶をしてしまい、先ほど吹き飛ばした錫の少女の姿はまだ見えない。
残ったのは地面に尻をついた優男と、にらみつけるだけの杖の少女だけだった。
「――これで終わりか?
今の俺は、機嫌が良い。命までは取らないでやろう」
……まぁ、機嫌が悪いくらいでは、さすがに命を取るつもりもない。
ただ完全に悪役扱いをされているのだから、これくらいの台詞は言っておこう、というわけだ。
俺は彼らに背を向けて、空に飛び立とうとした。
「ま、待て! 待ってくれ!!」
剣の優男が、慌てて言ってくる。
「何だ? まだ用があるのか?」
「こ、これだけは教えてくれ……。
お前は、お前は『北の山の染み』と関係があるのか……ッ!?」
北の山の染み……?
初めて聞く言葉に、俺は意表を突かれた。
「……知らんな。何だ、それは」
「関係が……、無いのか……?」
優男は、どこか気が抜けたような声を出した。
そんな彼の元に、杖の少女が駆け寄ってきて、身体を支える。
……敵対はしていたものの、戦いの空気は完全に無くなった。
それはこの場にいる3人の、共通認識だった。
「――では、さらばだ」
俺は宙に浮かび、そのまま空高く舞い上がっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……新しい情報を得て、そのまま帰るのも気持ち悪い。
俺はひとまず、北の方角を目指した。
太陽は西に傾き始めている。
西の方角から北の方角を割り出し、空から広範囲を確認しながらゆっくりと進む。
10分も飛んだところで、俺は異様な気配を放つ山を見つけた。
その麓の一帯は、紫色の空気……瘴気というのだろうか。そんな雰囲気のもので満たされていた。
空から下りて確認してみると、植物は生えてはいるものの、元気がまるでない。
このままでは腐りはて、朽ちていってしまいそうだ。
……つまり、こうなったのは最近……なのだろうか。
地面を見てみれば、土自体が紫色の何かで汚された……という印象を受けた。
その色がそのまま宙を舞い、瘴気のようなものを作り出している、といった感じだろうか。
「――……フィリアにも、聞いてみるか」
森のことなら、森に暮らす者に聞いてみるのが一番良い。
知っているか、知らないか。
今は、それは分からないが――
……もうじき、日が暮れるしな。
どちらにしても、そろそろフィリアの待つ家に帰るとしよう。




