6.違和感
買い取り屋で怪鳥の肉を売り払い、俺は60万ルーファの金を受け取った。
1ルーファが1円くらいの価値だから、つまりはおおよそ60万円を稼いだことになる。
怪鳥の肉は人気の割に供給が少ないらしく、買い取り屋の界隈では常に需要があるのだという。
ちなみに余談ではあるが、怪鳥の皮や爪なども買い取っているらしい。
そのため怪鳥を全て解体して、全てを売り払うことが出来れば、さらなる収入になりそうだった。
ただ、それでも――
「……思った以上の収入になったな」
ルーファという通貨には紙幣が無く、全てが硬貨で取引をされている。
1枚辺りは軽くてもやはり金属なので、量が集まればそれなりに重くなってしまう。
俺はある程度の硬貨をポケットに突っ込んだあと、残りは収納魔法でしまうことにした。
ひと段落着くと、ふと腹の虫が鳴り始めた。
そう言えば、フィリアからもらったサンドイッチだけでは足りなかったんだっけ。
「まだ昼過ぎだな。
どこか店に入って、飯でも食うことにするか」
特に食べたいもの、というのも思い浮かばなかったので、俺は目に入った一軒目の食堂に入ってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その食堂は、元の世界の一般的なファミレスくらいの広さをしていた。
壁には壁紙も張られておらず、見渡す限り、ほとんどが木で出来ているような店だった。
……まぁ、基本的にはファンタジーの世界だからな。
この文明にしてこの建築は、ごく当たり前のものなのだろう。
店員は客の案内をすることもなく、客は適当に選んで勝手に席に着く、というシステムのようだった。
注文や用事があるときは、大きな声で店員を呼ぶ、といったところか。
この辺りは、さすがに日本の接客と比較をしてはいけなさそうだ。
俺はひとまず適当な席に着き、テーブルの上にぽつんと置かれたメニューを開いてみることにした。
「全部知らないメニューだったらお手上げなんだが――」
……そう言う俺の目に飛び込んできたのは、見覚えのあるメニューばかりだった。
ステーキやハンバーグ、ピザやパスタ、さらには若鶏の唐揚げやフライドポテトなど――
……さすがに俺は、驚愕してしまった。
俺の知っているファミレスに酷似している……。
しかしよくよく見てみれば、俺の知らないメニューも存在していた。
『ポッテキャプチ』とか、『スノールクララ』とか。
正体不明すぎて、これはこれで驚愕してしまうが……。
しかし、それはそれとして。
俺は無性に、どこか違和感を覚えていた。
何かが、違う……。
いや、違くない……?
「――……あっ!!!!?」
俺は思わず大声を上げ、勢いよく立ち上がってしまった。
近くのテーブルに着いていた客は、そんな俺を不審な視線で舐めまわす。
「……すまん。騒がせたな」
周囲に軽く頭を下げてから、大声を出したことを素直に詫びる。
そしてそのまま、何事も無かったかのように座り直す。
……ちょっと待て?
この店のメニュー……、『日本語』で書かれていないか……?
ここは俺の来た世界から見れば、まごうことなき『異世界』なのだ。
当然文化も違うし、文明も違う。
ならば当然、言語だって違うはず――
……しかしメニューを見る限り、英語が多いものの、間違いなく日本語の範疇だ。
ひらがなやカタカナがあるし、漢字すらも混ざっている。
言われてみれば、喋っている言葉も日本語だが――
……何だ?
もしかして、これは……俺は今、夢の中にいるのか……?
俺は昔、何度か明晰夢……というものを見たことがある。
それは、夢の中で夢だということに気付く、少し変わった夢の体験だ。
しかし今は――……この世界に来てからまだ2日目ではあるが、明晰夢とは明らかに違う。
明晰夢のふわふわとした感じとは違い、まさに……現実、なのだ。
「――お客さん、注文は決まりましたか?」
不意に、メイド服の少女が現れた。
感じからするとウェイトレスのようで、先ほどの俺の大声を聞いてきたようだった。
……何せ、不審げにこちらを見ているからな。
「ああ、まだ決まっていないんだが……。
それよりも、いくつか質問をしても良いか?」
「連絡先なら教えませんよ?」
突き刺すような、冷たさが混じる声。
いやいや、ナンパじゃないから……。
俺はポケットから1000ルーファを取り出して、メイド服の少女に差し出した。
「ただ単純に、料理のことを聞きたいんだが」
「分かりました、何でも聞いてください♪」
メイド服の少女は上機嫌でお金を受け取ると、そそくさとエプロンのポケットにしまい込んだ。
「えぇっと……そうだな。
ど忘れしてしまったんだが、……そうそう、このサンドイッチな。
これって、何でサンドイッチって言うんだっけ? ほら、由来……的な」
「はぁ? えっと、どこかの国の『サンドイッチ伯爵』という方が由来らしいですよ?
ゲームの合間に、気楽に食事を取りたい……みたいな発想で生まれたんだったと思います」
「……ふむ」
「お客さん、変なことを聞くんですね?」
「そ、そうか……?
ところでこっちの『さつま芋のバター炒め』だが……。
『さつま芋』はどこかの特産だったっけ?」
「そんなの、どこでも作っているでしょ?
元々の産地が『サツマ』っていう場所だったとは思いますけど」
「おう……」
……おかしい。
そもそもの固有名詞すら、俺の住んでいた元の世界に準拠している……?
何だ、これ……。本当に夢じゃないのか……?
いや、もしかするとただの偶然……?
「あの、そろそろ良いですか?
早く注文をして頂かないと」
「おお、すまんな……。
それじゃ、この『さつま芋のバター炒め』と、こっちのステーキと、それと――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ありがとうございました!
また来てくださいね♪」
食事を全て平らげると、メイド服の少女が店の外まで見送ってくれた。
会計もその少女が対応してくれて、最後にはまた来るように、と言われてしまった。
……まぁ、チップが目的なのだろうが。
ちなみに食事自体は結構美味かった。
怪鳥の肉にはやはり劣るが、それでも十分に満足だった。
出された中に入っていたさつま芋も、俺が知っているさつま芋、そのものだったし――
「……混乱してきたぞ」
無駄に頭を働かせているせいで、いつの間にか気疲れもしてきてしまった。
怪鳥の肉も売れたし、腹も満たすことが出来た。
あとは用事も無いし、さっさとフィリアの家に帰るとしよう――
「……いや。
折角の収入だ。土産のひとつくらい、買っていってやるか」
俺は気ままに、通りを歩き始めた。
改めて見ていくと、街の中にある文字はやはり日本語だ。
英語の表記が多いものの、細かいメニュー表にはひらがなや漢字で書かれているものが多い。
そんな中、俺は一軒の小さな宝飾店を見つけた。
軽く中を覗いてみると、老婆がひとり、店番で座っている。
「ふむ……」
俺は何となく、その店に入ってみることにした。
「……いらっしゃい。
おや、不思議なお客さんだね」
「うん? そうか?」
老婆の第一声に、俺は何も考えずに返事をした。
「ああ、何だか雰囲気があるお人だねぇ。
この店は初めてだろう?
うちは宝飾品を扱っているんだが、アミュレットやタリスマンにもなっているんだよ」
「アミュレットに、タリスマン……か。
聞いたことはあるんだが、どういう違いがあるんだ?」
「アミュレットは、自分以外の『何か』から身を守るお守りさ。
タリスマンは、自分の力を高める感じのお守りだね」
……なるほど、同じ『お守り』とはいっても、少し違うんだな。
フィリアには……そうだな、アミュレットの方が良さそうか。
「今、世話になっている少女がいてな。
そいつの土産にしたいんだが」
「ほうほう、お客さんも隅に置けないねぇ。
その子はどんな感じの娘なんだい?」
「ふむ、そうだな――」
フィリアとはまだ短い付き合いだが、俺は思い出せる範囲で老婆に伝えた。
主には外見と性格、あとは今で喋ってきた会話を少々……。
「――それじゃ、こいつが一番良さそうかな。
これは、不幸や災いから身を守ってくれる指輪なんだけどね」
老婆が出してきたのは、金色の美しい指輪だった。
小さな緑色の宝石がさりげなく付いていて、可愛さというか、上品さというか、そんなものも感じられた。
「……フィリアに似合いそうだな。
よし、それをもらおう」
「毎度あり。50万ルーファだよ」
「ごじゅ――
……高ッ!!」
50万ルーファ、つまりは50万円、ということだ。
「いや、これは良いものだよ?
儂がしっかり魔法を掛けたんだから、間違いがない。
ほら、多少の指のサイズは自動で調整が効くし――」
「そうは言っても、やっぱり高いんだよな。
今回の稼ぎが全部すっ飛んじまう……」
……逆に言えば、払えない、というわけではない。
何せ、俺の手持ちはそれ以上あるのだから。
しかし――
……フィリアはそれを容認して喜ぶタイプだろうか。
それとも、散財に不満を漏らすタイプだろうか。
何だか、どっちもあり得るんだよな……。
「分かった、分かった。
それなら40万ルーファにしてやろう」
「そんなに下がると、むしろ怪しいわ!」
最初の金額、50万ルーファがぼったくりだった、という説もある。
ならば40万ルーファであっても、まだまだ高い余地がある。
「……仕方ない。
それじゃ、買って良かったと思ったらの後払いで良いわ。
ほれ、持っていけ」
そう言うと老婆は俺の右手を掴み、そのまま手のひらに金の指輪を落とした。
「は、はぁ……?
何で一気に、タダになるんだ?」
「タダにはしておらんわ!
……だがな、儂の勘が言っておるんだよ。
お主を客として逃がすな――……とな」
「はぁ……?
まぁ、タダで良いと言うならもらっていくが」
「タダとは言っていないが!?」
「ああ、はいはい。
後払い、だな」
「うむ、忘れるでないぞ?
それでは今後ともご贔屓に、な」
――俺は老婆に見送られて、不思議な気分のまま、店を出ていった。
正直、よく分からない展開になったが……。
しかし、良さげな指輪を入に入れることが出来た。
……フィリアの反応が楽しみだ。
さて、早速、家に帰るとするか――




