5.緑の崖
「――おい、貴様ッ!!
この街に何の用だッ!!」
……案の定、というべきか。
フィリアの家から10分ほとの、飛んで見つけた大きな街。
面積は結構ありながら、八方を高い外壁で囲まれており、街に入るための門がいくつもあった。
森から流れる川も街を横断していて、治水もしっかり行われているように見える。
遠目で見えた街の景色は、古いながらもしっかりと綺麗さを保っているようだった。
そしてその街に入ろうとしたところで、俺は街門を守る衛兵に呼び止められた――……と、いうわけだ。
「魔物の肉が想像以上に手に入ったんでな、売りに来たんだ」
俺はそう言いながら、両手に抱えた鞄を衛兵に見せてやる。
最初は収納魔法のスペースに全部入れて運ぼうと思っていたのだが、街に入るための分かりやすい理由になる、とフィリアから言われていたのだ。
「魔族が、魔物の肉を……だぁ?
しっしっしっ! お前をこの街に入れるわけにはいかん!」
「金ならあるぞ? ほら、2000ルーファだ」
『ルーファ』とはこの国の通貨単位で、フィリアとの話から推測すると、おおむね日本円と同じような価値らしい。
つまり、1ルーファ、イコール、1日本円……ということだ。
「金を払えば良いというものではない!
何を言われても、魔族をこの街に入れるわけにはいかん!!」
……むぅ。
俺は魔族では無い……とは思うのだが、やはりこの見た目では魔族と認識されてしまうようだ。
仕方ないので一旦諦め、別の街門に向かうことにした。
もしかしたらこの衛兵が魔族を毛嫌いしているだけで、他の衛兵が同じだとは限らないからな。
しかし残念ながら、別の街門でも同じ対応を受けてしまった。
強引に力技で進むにしても、あとあと騒ぎになって面倒になるだろうし……。
空を飛んで街に入るというのも、結局はそれと同じになる可能性が高いし……。
可能であれば、しっかりと許可を得て、大手を振って街に入りたい。
そんな俺に、奇特な人間が手を差し伸べてくれるかもしれない――
……そんな期待を胸にして30分ほどうろついてみたが、特に何かが変わることも無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小腹が空いたので、俺は少し離れた場所の湖に飛んでいき、そこで早めの昼食を取ることにした。
フィリアからはサンドイッチを持たされていて、中には揚げた鳥肉が挟まれている。
当然、昨日狩った怪鳥の肉だ。
「……何だかんだで、本当に美味いんだよな」
怪鳥の見た目からは想像もつかないが、元の世界で食べた最高級の鳥肉に匹敵する味だった。
フィリアも一度だけ食べたことがあったらしく、今回の件で久々に味わえたらしい。
ふと微笑ましくなり、何となく心が満たされてくる。
……しかし次に感じたのは、量的な物足りなさだった。
どうにか街の中に入れたら、どこかの店で食事もしたいところだが――
……さて、どうしたものか。
湖の端に立ち、何となく水面を見つめてみる。
そこには綺麗な水が張られ、軽く吹く風にかすかに揺れていた。
鏡のように……とまでは言えないが、自分の姿をしっかり確認することが出来た。
「空を飛んだり、空間に物をしまったり出来るくらいなんだから……。
……変身とかも、出来ないか?」
俺が出来ると思えば出来るし、出来ないと思えば出来ない。
何となくそんな節があるものだから、俺はとりあえず念じてみることにした。
目を瞑り、そして強く思う……。
――俺は、変身することが出来るッ!!
身体に不思議な感覚が走った。
目をゆっくり開けて、水面を見てみる。
そこには何日か振りかの、懐かしい姿が映っていた。
……元の世界の、俺そのもの!
「おお、変身まで出来るのか……」
俺は懐かしい身体を両手で触ってみる。
そして抱いた感想は――
……細い。やわらかい。ちょっと、だらしない。
何せこの世界での俺の身体は、太く、固く、立派、だったからな。
突然こんな凡人のボディに変わってしまったら……そう思ってしまうのも仕方が無いだろう。
不満が残った俺は、想像力を働かせてみることにした。
せめて、もう少し筋肉は欲しい……。
色々と試した結果、俺は元の世界の身体をベースに、細マッチョになることに成功した。
一見細くは見えるものの、しかし脱いでみれば凄い……、そんな感じだ。
俺の恥ずかしい理想と虚飾に満ちた身体……ッ!!
ちなみに変身するにあたり、声も昔のものに変わっていた。
声というものだって実際、身体の構造から人それぞれ違うものになっているのだから、これも当然のことだろう。
……変身の不満としては、何となく息苦しさがあるところだった。
大きな身体を小さくしているわけだから、これは仕方が無いことなのだろうか。
そもそも変身できたのが魔法なのか、身体の特性によるものなのか――……今は何とも言えないか。
ちなみに服は変身したときに、それっぽい服が一緒についてきた。
頑張ればデザイン変更も出来たから、やっぱりこれは魔法の一種なのだろう。
それなら変身前の、腰巻だけの状態も早めに何とかすれば良かったな……。
「……しかし、これで文句は言われないだろう。
一度、戻ってみるか」
俺は良い気分で、改めて街門の衛兵に挑戦することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……ほう、旅人なんだな。
ここは緑の最果て、『グリーンクリフ』の街だ。
くれぐれも問題を起こすんじゃないぞ!」
そう言ったのは、俺を最初に拒絶した衛兵だった。
先ほどの姿とはまるで違っているから、完全に気付かれていないようだ。
「ありがとう。仕事、お疲れ様」
俺は街に入るための2000ルーファと、おまけに500ルーファを別に渡してやった。
一瞬きょとんとした衛兵はすぐに笑顔になる。
「ははは、話が分かるじゃないか。
良い滞在をっ!!」
……現金なものだ。
しかしこの小さい額で、あとあと何か良いことがあるかもしれない。
良いことが無くても、多少の安心を得るための保険にはなるだろう。
俺の通ってきた街門は、他の場所よりも寂しいところだった。
街門によって繋がっているところが大きく違い、例えば街の外の畑地帯に繋がっていたり、別の街への大きな道に繋がっていたりしている。
今いる場所は、果てしない森が続いていく側の街門。
その森を進むと、フィリアの家があり、もっと進むと、俺が生み出された研究室がある。
さらに先がどうなっているのかは分からないが、上空から眺めてきた感じ、しばらく誰も住んでいないような場所が続くのだろう。
つまり人間の生活圏が、ここから森によって阻まれている――
……そんな意味で、この街は『緑の最果て』と呼ばれているのかもしれない。
「――とはいえ、ここだってそれなりには賑やかだな」
街門からは街の中心に向けて、広い道がずっと続いていた。
多少でこぼこな印象はあるが、建物も整然と並んで、計画性が感じられる。
人通りはそこまで多くはないが、道の両側で何かを準備している人々がいる。
……露店でも出すのだろうか。
ひとまず俺は、フィリアから教えてもらった『買い取り屋』に行ってみることにした。
より高値で買い取りを行ってくれる『ギルド』という場所もあるそうなのだが、そこに身分を登録をしていない場合、買い取り屋に依頼をすることになるのだとか。
「――いらっしゃい。
初めて見る顔だな」
「ああ。旅の途中で魔物を討伐してな。
その肉を売りに来たんだ」
店内は広く、店員と客の間は長いテーブルで仕切られていた。
客側のスペースはそれなりに広かったが、がらんとしていて何も置かれていない。
きっと一時的に、持ち込んだものを置くスペースになっているのだろう。
「……魔物の肉?
買い取れるかは魔物次第だぞ? 何の魔物だ?」
「名前は知らんな。
俺は『怪鳥』と呼んでいたが……森の中で出くわした、大きな鳥の魔物だったぞ」
もしかして、フィリアは名前を知っていたのだろうか。
知っていたのなら、教えてもらえば良かったな。
「森の怪鳥……だと?
本当か!? 見せてくれッ!!」
俺が軽く後悔をしていると、店員は興奮気味に言ってきた。
俺は肉を店員の前のテーブルに出し、包んでいた紙を軽く剥いでから店員に見せてやる。
「部位は違うが、この鳥の肉がたくさんあるんだ。
出来れば全部買い取って欲しいんだが……」
そう言う俺の目を一回見たあと、店員はナイフで鳥肉を薄く削ぎ、そのまま口に入れ、目を右に左にと動かした。
「……おお、これは上物だ!
全部……というのは、今そこに持っているだけか!?」
「いや、もっとあるぞ。
1匹を丸々解体したからな」
「ほ、本当か!?
全部買うッ! 全部持ってきてくれッ!!」
そう言うとその店員は、他の店員に金を確保するように大声で伝えた。
今の話だけで、どれくらいの量があるのかが分かったのだろうか……。
「すまん、金額は――」
「相場の2割増しで買おうッ!」
「……お、おう?」
不覚にも、俺は店員の勢いに圧されてしまった。
正直、相場というものは分からないし、店側が正直に伝えるかも分からない。
ただまぁ、多少安くてもまた狩ってくれば良いわけだし――
……俺はひとまず、金額よりもスムーズな取引の経験を優先することにした。
今回はいわゆる、俺にとっての『初めてのお使い』になるわけだ。
そんなときに、むやみやたらと取引の難易度をあげても仕方が無いからな。




