4.ご馳走
自然な話の流れで、俺は『ご馳走の食材集め』に付き合うことになった。
危ないところを助けた、フィリアからのお礼……ではあるが、結局は俺がほとんど食べることになるだろうからな。
働かざる者、食うべからず、というやつだ。
「――それで? その鳥は、どこで飼っているんだ?」
「え? 私、鳥なんて飼っていませんよ?」
俺の質問に、フィリアは不思議そうに答えた。
「……うん?
もしかして、野鳥でも狩りにいくのか?」
そう言いながら、俺は両手で鳩くらいの大きさを身振りで示す。
「その大きさだと、バルダーさんの胃袋を満たすには……足りなくありません?」
さすがに鳩が丸々一匹分あれば、お腹は十分に満たされる――
……とは思ったものの、それは昔の俺の話か。
今の大きく立派な身体では、鳩の一匹ではどうしても足りないだろう。
しかしフィリアの反応からして、狩りにいくのは小さな鳥を何匹か……というわけでもなさそうだ。
「……それならもっと、大きな鳥を狩りにいくのか?」
例えば、鷹とか、鷲とか。
実際に食べられるかは知らないが、大きな鳥といえば、それくらいしか思い浮かんでこなかった。
一瞬、ペンギンなんてものも頭をよぎったが――
……さすがに、食用にするまでのイメージは出てこなかった。
要領を得ないまま、俺たちは森の中にぽっかり空いた、小さな草原まで辿り着いた。
その中心に行くと、フィリアは右手で日差しを遮りながら、空を眺めて話し掛けてくる。
「えぇっと、この辺りでよく見掛けていたんですが――
……ああ、バルダーさん。ちょっと、森の中に隠れていてもらえますか?」
「森の中に? 何故だ?」
「バルダーさんっていかにも強そうだから、鳥さんも警戒しちゃうかなぁ……って」
「……そういうものか?」
「そういうものですよー。
あ。でも鳥さんが現れたら、すぐに出てきてくださいね!」
「……うん?」
フィリアは俺の背中に両手を当てて、ぐいぐいと森の方へと押していく。
ここで逆らっても仕方が無いので、俺はそのまま森の中に隠れる形になってしまったが――
……それにしても、いまいち要領を得ない……。
――バサッ
数分後、不意に翼の音が聞こえてきた。
すぐにそちらに目をやると、巨大な鳥――
……鷹や鷲なんて比較にならない程の、大きく、鈍重そうな怪鳥が、森の上を旋回していた。
怪鳥はフィリアを見ている。
そしてくちばしからは、ぬるっとしたよだれが出ている――
「バルダーさん! あの鳥さん、お願いします!!」
フィリアが大声で、俺に言った。
……あれが、『鳥さん』?
つまり『ご馳走の食材』というのは、あの怪鳥のこと……?
俺はフィリアのいる場所まで、猛ダッシュで戻った。
そして、まずはひとこと――
「おいっ、危険な真似はするな!」
「てへっ」
……フィリアは自分を囮にして、怪鳥の出現を待ったのだ。
ついさっき、凶暴なイノシシに狙われたばかりだというのに……。
お茶目に笑うフィリアを後にして、俺はそのまま、宙に浮かぶ怪鳥へと跳躍する。
軽々と10メートルも飛んできた相手に、怪鳥は驚き戸惑った。
しかし俺は何も気にせず、力を込めて、怪鳥の額に拳を叩き込んでいく――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……怪鳥は気を失うと、そのまま地面に落下した。
大きく鈍い音が響き、森自体も少し揺れた気がする。
「……フィリア」
「はい?」
フィリアは気絶した怪鳥をぺたぺたと触りながら、機嫌が良さそうに返事をした。
「自分を囮にするだなんて、危ないだろう。
今後は危ないことはしないと、約束をしてくれないか?」
「でも、バルダーさんがいるから大丈夫かな……って。
ほら、実際に大丈夫だったでしょう?」
「いや、心配なんだよ。
フィリアが傷つくところを、俺は見たくない」
「はぅっ」
俺の言葉を聞くと、フィリアは赤くなってしまった。
……むぅ、しまった。またこのパターンか……。
「いや、深い意味は無いんだが――」
「そそそ、そうですかっ!?
そそそ、そうですよねっ!!」
「ああ、そうだぞ……。
……それで? これからこの怪鳥を、どうするんだ?」
「ご馳走用にお肉を頂こうと思ったんですが……、皮が思った以上に固いですね。
バルダーさん、魔物の解体って出来ますか?」
……魔物。
まだよくは分からないが、そういうカテゴリもあるんだな。
「やったことは無いが……どうやれば良いか、フィリアは知っているか?」
「はい! 私、知識だけはあるのでお任せください!
……ああ、でも持ってきたナイフだけだと難しいかも……」
いつの間にかフィリアが手にしていたナイフは、刃の長さ的にも効率が悪そうだった。
恐らくは切れ味も足りていないだろう。
「確かに難しそうだな……。
ふぅむ、手刀でどうにかならんか……」
「あははっ。
バルダーさんでも、さすがに手刀では――」
……スパッ
「お、出来たぞ」
俺が何となく怪鳥に手刀を入れると、すっぱりと綺麗に切り裂くことが出来た。
鋭利な刃物で切りつけたような、見事な断面が見えてくる。
「……おお、すごい……。
あ、血抜きもしないと。私、処理用の穴を掘っておきますね」
「穴?」
俺は地面に突きを放った。
すると小さなクレーターのような穴が、一瞬で作られた。
「うわぁ、凄いですね!! バルダーさんって、解体の申し子ですか!?」
「何だ、その申し子は……」
……俺は微妙な感情を味わいながら、フィリアの指示に従って血抜きを始めた。
血は先ほど作った穴に流し、一通り終わったあと、周囲の土を被せて埋めていく。
「それでは、次は切り分けましょう!
こんなに大きな鳥さんは初めてですが、えぇっと、肩のあの部分と、胸のあの部分を――」
「この辺りか? ふんっ。
胸はここか……? こうして……こうだな」
スパッ
スパパッ
「わー、手際が良いですね!
でもさすがに、これ以上は持ってきたカゴには入らなさそうですね」
「うーむ……。まだ、ほとんど残っているぞ?」
「むむむ。
バルダーさん、少しくらいなら持ち運べますか?」
「いや、これくらいなら全部いけるだろう」
俺は右手を空間の切れ目に突っ込み、中の容量を確認した。
切れ目の中は大きな空洞が広がっており、怪鳥の一匹くらいなら余裕で入りそうだ。
「う、うわぁ!?
ばばば、バルダーさん!? それってもしかして、収納魔法ですか!?」
「……収納魔法って何だ?」
「えぇ!? そ、それですよ、それ!
空間に自分専用のスペースを作って、そこを鞄のように扱う高等魔法なんですが――
……あれ? それって、収納魔法じゃないんですか?」
「いや、出来そうだったから、試してみただけなんだが……」
「何ですかー、それーっ!!」
「……何だろうなぁ」
何となくで空を飛べたように、何となくで収納魔法……とやらの真似事が出来てしまった。
……ところで今更だが、この世界には魔法というものがやっぱり普通に存在するらしい。
俺は自分のしでかしたことよりも、何となくそっちの方に気がいってしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
怪鳥の肉を入手した後、魚と野菜を入手してから、俺たちはフィリアの家に戻った。
日が暮れた頃にはご馳走が並べられ、俺はフィリアの料理に舌鼓を打つことになった。
「――うん、美味かったぞ」
俺は大量に作られた料理を完食し、フィリアに感想を伝えた。
「おぉー、全部食べちゃいましたね!
10人前はあったと思いますが……でも、良い食べっぷりでした!」
「ああ、本当に美味かったからな。
毎日でも食べたいくらいだ」
「もう、バルダーさんったら! また、そういうことを言うんですから!!」
「うん? 本音だぞ?」
「ああーもう、だからーっ!」
フィリアは俺のことを、軽い力で二度三度叩いてきた。
もちろん痛いということは無く、むしろ安らぎを感じてしまうような攻撃だった。
「ははは、すまんすまん。
それにしても、怪鳥の肉はさすがに全部使いきれなかったな」
「そうですね……。
保存用にするにしても、さすがに多いですし……。
ああ、そうだ。街に行けば、買い取ってくれるお店があるんですよ」
「……ふむ。金も少しくらいは、手に入れておきたいな」
「バルダーさんなら、もっと割りの良い仕事がありそうですけどね!」
フィリアは噴き出しそうになりながら、嬉しそうに言った。
イノシシや怪鳥を一撃で倒せるのであれば、確かにその手の仕事はいくらでもありそうだ。
「まぁ、徐々に出来ることを増やしていくさ。
それより、街はこの辺りにあるのか?」
「少し距離はありますよ。
私の足だと、半日くらい歩いた場所……ですね」
「結構あるんだな……。
……いまさらだが、フィリアは一人暮らしなんだよな?
こんな森の深い場所で、大変じゃないか?」
俺の言葉に、フィリアはふと寂しそうな顔を見せた。
「私、人間の街は苦手でして……。
だからといって、魔族の街も……なんですけど」
「魔族の街、というのもあるのか?」
「はい。……でも、遠いですし、危ないところにありますし。
私が行くには、ちょっと現実的ではないんですよね」
人間の街もダメ、魔族の街もダメ。
それならフィリアと同じ、古代エルフが住む場所は――
……と聞きかけて、それはやめることにした。
さすがにこんな場所で一人暮らしをしている以上、立ち入ってはいけないような気がしたのだ。
仮に聞くとしても、もっと交流を経て……からだろうな。
「……ふむ。
俺にはまだまだ、知らないことがたくさんあるな……」
そう呟いた俺の手を、フィリアは両手で握ってきた。
「慌てなくても、大丈夫ですよ。
あの……ほら、行くところがなければ、しばらくここにいてくださっても構いませんし……」
……え?
えぇーっと、それって……。
うーん、と――
「……そうだな。それも悪くない」
慌てる心と裏腹に、安定感のある声がフィリアに返事をした。
俺はそのまま彼女にほほ笑み、視線を真っすぐに向ける。
フィリアは顔を赤らめて、嬉しそうに笑った。
「……はいっ!
是非、そうしてくださいっ!」
「ああ、そうするとしよう。
――さて、とりあえず明日は、街まで肉を売ってくるとするか。
フィリアは、家で待っていてくれ」
「え? ……お、おひとりで大丈夫ですか?」
「何とかなるだろう。
この世界に来る前も、買い物なんて普通にしていたことだし」
「そこは別に心配していないんですが――
……あの、バルダーさんの姿って、ちょっと魔族っぽいので……」
――人間の街に入るには、不適当。
フィリアの目は、明らかにそう語っていた。




