98. 視聴者からの鍍金承ります(前)
*
「それではシズ姉様、私はこれで失礼します」
「ん、また後でね」
「はい。後ほど一緒に泳ぎましょう」
森都アクラスの都市中心部まで移動したあと、天擁神殿の近くでシズはイズミと別れた。
昨日行った『ゴブリンの巣』地下2階での探索では、地下1階を探索した時以上に魔物や採掘ポイントから良質な鉱石が豊富に得られたようだから。
〔鍛冶職人〕のイズミとしては早速『鍛冶職人ギルド』に籠り、それらの素材を用いて今から『鍛冶』を行いたいのだろう。
一応『海の日』である今日は、ユーリ達3人と一緒に『一日中泳ぎを楽しむ』という行動方針が既に決まっている。
けれどユーリやプラムがゲームにログインしてくるのは、早くても午前9時ぐらいになるだろうから。少なくともその時間までは、特にやることも無いというのが現状だった。
(私もイズミと同じように『工房』に籠ろうかな)
―――そう思い、自然とシズの足は『錬金術師ギルド』の方へと向かう。
確か昨日の生産だけでは、霊薬を不十分な量しか補充できていなかった筈だ。
ならば今日もプレイヤー向けの霊薬を色々と生産して、メンバーショップの在庫を補充しておくのも良さそうだ。
「とりあえず『配信』を開始しておかなきゃだね」
誰にともなくそう告げて、シズは意識して『配信』をオンにする。
まだ午前6時にもなっていないこの時間では、周囲に人通りは殆ど無い。
だからシズが声に出した言葉を、聞く人は周囲に誰も居なかった。
《今朝の配信キマシタワー!》
《ゆうべはおたのしみでしたね……!》
《ゆうべは楽しんだんでしょう!? たまには『配信』して下さいまし!》
「みんなおはよー。ふふふ、絶対配信してあげない」
《のおおおおお!》
《ちくしょおおおおお!》
『配信』開始と同時に視聴者から届いた要望を、シズはあっさり一蹴する。
例によって昨晩は、ユーリ達と一緒に高級宿『憩いの月湯亭』の露天風呂に入る時点で、シズは『配信』を打ち切って終了していた。
『配信』を開始した直後から、視聴者がいきなり荒ぶっているのはそのためだ。
「まあまあ。代わりに今日は海で泳ぐ『配信』をするから、それで許してよ」
《海遊び配信! 見るしかないなッ!》
《海! 当然水着着用ですわね?》
「はいはい、水着ぐらい着ますよ」
《いやったあああああああ!》
《お幾らですの!? お幾ら払えば視聴できますの!?》
《お嬢様、月300円で御座います》
《―――お安い!?》
「いや、別に誰でも見れるから……」
さり気なくメンバーシップへの入会に誘導するのはやめて頂きたい。
「ただ、海で泳ぐのはユーリとプラムの2人が起きてからになるから。とりあえずは3時間ぐらい、生産で潰すことになるかな」
《おー、生産付き合う付き合う》
《生産雑談も、それはそれで楽しみ》
程なく到着した『錬金術師ギルド』の建物、その1階にあるカウンターで、シズは『工房』を一室借りる手続きを行う。
対応してくれたギルド職員は、深夜・早朝の時間帯にいつもいる男性の人だ。
「すみません。ちょっと相談したいことがあるんですが、良いですか」
「はい? 何でしょう?」
手続きのついでに、シズは『工房』の中へ勝手に客を招いても構わないか、という相談をギルド職員の男性に行った。
+----+
《白百合》
同性としか『恋人』以上の関係になれなくなる。
あなたの恋人は関係に『依存愛』を選択可能になる。
『恋人』以上の関係にある相手は、1日に1度まで
瞬時にあなたが居る場所へ転移することが可能になる。
+----+
シズの特殊職〔白百合の天使〕には、自身の『恋人』が1日に1度まで『瞬時にシズが居る場所へ転移できる』という異能が付いている。
この異能を利用することで、シズはいつでも『工房』内に『恋人』の客人を招いて、鍍金などのサービスを行えるのでは無いかと考えたのだ。
「『工房』内は客の招待を含め、自由にお使い頂いて構いませんよ」
「それは助かります。ありがとうございます」
ギルド職員の人からは、あっさり許可を貰うことができた。
元々この『工房』は利用する職人が少ないこともあって、結構好き勝手に使っている職人の人がいると聞いているから。客を招待する程度なら、ギルド側としても特に問題とは思わないのだろう。
『錬金術師ギルド』の3階へ移動し、借り受けた『工房』の一室へと入る。
毎日のように利用しているものだから、やっぱりこの『工房』の狭さの中に身を置いている時が、最近は一番心落ち着くものがあった。
「実は今朝〈アルカ鍍金〉のスキルランクを『10』に上げたんだよね」
《おお、スキルマスターだね》
《それは凄い。思い切ったなあ》
《10だとやっぱり、付与効果が10日間持続するん?》
《マスター時の追加効果は何だったの?》
「効果は10日間持続するようになったね。あとスキルマスター時の追加効果は、装備品ごとに錬金特性を『2つ』まで付けられるようになったみたい」
《おおー! 2つ付与できるのはいいね!》
《能力値を2種類増やしたり出来るのか》
「強力ではあるんだろうけれど……。錬金特性の消費が一気に増えるだろうから、そっちの方がちょっと心配ではあるかなあ」
〈アルカ鍍金〉はランクが『1』の時には、付与1回ごとに錬金特性を『3個』消費するスキルだった。
但し、後日ランクを『3』へ伸ばした後は、付与1回ごとに錬金特性を『5個』消費するスキルへ変わったことが確認できている。
つまり―――〈アルカ鍍金〉のスキルは、ランクを伸ばせば持続日数が拡大されるなどして便利になる分、錬金特性の消費量が増えるスキルなのだ。
スキルランク毎に消費する特性の数が1個ずつ増えると考えた場合、ランクを最大の『10』まで伸ばした現在では、付与1回で錬金特性を『12個』も消費する可能性が高い。
これに錬金特性を『2つ』まで付与できるようになったことも加味すると、特性の消費量は相当な個数にまで増えるのは間違いないだろう。
在庫数の少ない錬金特性の付与は、あまり受注しないほうが良さそうだ。
「―――今日はこれから『恋人』の視聴者限定で、鍍金を承ろうと思います」
《……どういうこと?》
《俺らが天使ちゃんに鍍金の依頼を出来るってこと?》
「うん。但し、今日の所は『恋人』限定だけどね―――。
先日私が特殊職を手に入れた時の『配信』を見た人なら知ってると思うけれど。私の〔白百合の天使〕っていう特殊職には、自身の『恋人』が1日に1度までなら『瞬時に私が居る場所へ転移できる』という異能が付いているんだ。
だから、この『工房』で鍍金を受け付けても良いんじゃないかと思ってね」
《つまり男は駄目ってことじゃないですかー!》
《ちくしょう! 俺は天使ちゃんとは『親しい友達』止まりなんだ……!》
「あはは、ごめんねー。今日は『工房』に籠るのは3時間ぐらいだけになるから、今回のところは『恋人』限定ってことでお願いします」
男性の視聴者からの鍍金依頼も、『転移門』を利用して森都アクラスまで来て貰えるなら、喜んで受け付けるつもりではあるのだけれど。
今日のところは3時間という短い間だけの受注になるから、わざわざ通常の手段で『工房』まで足を運んで貰うのは、流石にちょっと手間だろう。
だから今日は、シズの元まで一瞬で転移できる『恋人』限定で、受注するつもりなのだ。
「注意点が2つあって、1つはお帰りの際は『転移門』を利用して、自分の国まで普通に帰って貰う必要があるってこと。もう1つは『配信』に顔が映っちゃうだろうから、それが嫌な人はやめといたほうが良いよってことかな」
《鍍金にはお幾ら掛かりますの?》
《幾らになりますか!》
「―――っと、そこも大事だよね。そうだね……付与1つごとに錬金特性を12個使うだろうから、付与1つ『3500gita』、付与2つなら『7000gita』でどうかな? 効果はさっきも言った通り『10日間』持続します」
《安すぎ。もうちょっと値段設定考えなさい》
《10日間も持つのに、その値段は明らかにおかしいやろ》
《せめてキリよく5000gita/10000gitaにしよう?》
《そうやね、せめて5千と1万で》
《というわけで、天使ちゃんは直ちに金額を改めるように》
「あっ、はい……」
即行で怒られて、金額を修正させられた。
というわけで―――初めて視聴者からの『鍍金』受注を承ろうと思います。
-
お読み下さりありがとうございました。




