94. 地下二階へ
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森都アクラスの南門を出た後は、いつも通り『浮遊』してミーロ村を目指す。
夏場の森は都市内よりもずっと涼しい。また新緑の美しさも相俟って、森の中の交易路上を飛んでいるだけでも、爽快な気分になることができた。
―――のとは対照的に。
25分程の移動の後に到着した『ゴブリンの巣』は、ひたすらに陰鬱な地下通路ばかりが続く『迷宮地』だ。
棲息する魔物も異形の『ゴブリン』ばかりということもあって、今日もこの場所に籠るのかと思うと、早くも気が滅入ってくるものがあった。
「頑張ろう。一応今夜の分も、ミレイユさんに部屋の予約はしておいたから」
「まあ♥ それはちょっと、やる気が出る情報ですわね」
後で高級宿『憩いの月湯亭』での一時が待っていると思えば、ある程度の苦痛は我慢もできるだろう。
とりあえず、何とか今日一日で戦闘職のレベルを、もう3つか4つぐらいは上げておきたいところだ。
「ところで……。ユーリちゃんの特殊職の力、凄いね……?」
「あ、あはは……。わ、私も、これほどだとは……」
シズの言葉を受けて、ユーリが軽く頬を引き攣らせてみせた。
『ゴブリンの巣』はその全域が、殺風景な地下洞窟―――なのだけれど。
その空間があっという間に作り替えられて。地面には無数の新緑の植物が溢れ、洞窟の壁面に沿うように沢山の樹木が生えていく。
これらは、いずれもユーリの持つ異能《自然の叡智》の効果によるものだ。
彼女は『自然が多い環境下』で、精霊魔法や感知・探知系スキルを強化することができるわけだけれど。同時に自身が居る場所の『自然を増やす』ことで、空間そのものを自身に有利な環境へ作り替えてしまうこともできる。
ユーリが居るだけで、空間の『自然』が勝手に増えていくのだ。
「あらあら。殺風景な景色でなくなって、こちらのほうが素敵ですわね」
「うん。草木が沢山あるだけで、空気がちょっと美味しく感じる」
無骨な土肌ばかりが見えている洞窟よりは、自然が多い空間の方がシズ達としても居心地が良い。
なのでユーリのこの能力は、地味に有難いものだと言えた。
それから、まずシズ達は『ゴブリンの巣』の中を1時間ほど探索する。
地下1階での戦闘は昨日の時点でも割と安定していたけれど、今日はそれ以上に全く問題無く行うことができた。
それはもちろんユーリの魔法威力や感知能力が向上していることが有利に働いたというのもあるし、またイズミが得た特殊職〔弁慶〕のお陰で全員の被ダメージが半減したというのも大きい。
たまにダメージを負うこと自体はあるものの、戦闘ごとにMP回復目的でシズが食べる焼き菓子で、一緒に回復できる程度の軽微な被害だった。
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○実績『地図制作者』を獲得しました!
報酬として〔スキルポイント:20〕を獲得しました。
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1時間の探索で〔操具師〕のレベルがまた1つ上がって『13』になる。
また、この時点で『ゴブリンの巣』の地下1階の地図が完成し、それに伴い実績も手に入った。
どうやら昨日の時点で、地下1階はその8割以上が踏破できていたらしい。
「シズお姉さま、この後はどう致しますか?」
「うーん、どうしよっか……」
地下2階へ降りる階段は、もちろん既に発見してある。
だから先へ進むことは可能なわけだけれど―――。
ユーリ達の話によると、この手の『迷宮地』というのは、1つ先へ進むだけでも随分と敵が強くなるものらしい。
地下一階でも充分レベル上げにはなっている。
それを思うと、先へ進む危険は冒さず、このまま地下一階でレベルを上げ続けるという選択肢も、大いに有りではあった。
「うーん、私は先へ進んでみたいですね」
「そっか。じゃあ行こう?」
「はい」
「そうですわね、参りましょう」
イズミの一言を契機に、シズ達はすぐに『地下二階』へと進むことを決意する。
元よりシズ達は、誰かがこうしたいと告げれば、大体それが通るのだ。
イズミが先へ進んでみたいなら、それを止めたいとは誰も思わなかった。
『マップ』機能に記録されている階段の位置まで移動して、それからシズ達は、ゆっくり地下二階へと降りる。
その間に元々涼しい洞窟内の気温が、更に1℃は下がったように感じられた。
「とりあえず魔物の強さを見てみたいよね」
「そうですね、近場で一度戦ってみたいところです」
1分ほど探索していると、すぐにユーリの探知能力が魔物の存在を捉える。
敵はファイターが2体にアーチャーが2体。魔物の構成自体は、地上でも1階でも何度となく見かけたことがあるものだ。
「―――レベルは『13』です!」
スケルトン2体と共にパーティの最も先頭に立ち、魔物を真っ先に視認したイズミが、そう声を上げた。
その言葉に―――シズ達は軽く戦慄する。
レベル『13』というのは、現在のシズ達のレベルと全く同じ値だ。
「……これは強敵ですわね!」
「やれるだけ頑張ってみよう!」
プラムの言葉に応えながら、シズはクロスボウを撃ち放つ。
放たれたボルトは狙いを違うことなく、ゴブリン・アーチャーの眉間へと突き刺さるけれど。―――それでも、彼の魔物のHPは半分も減りはしない。
レベルが高い魔物だけあって、防御力や最大HPの量もまた随分と高いようだ。
クロスボウを入れ替えながら素速く4連射を行い、ゴブリン・アーチャーの1体を光の粒子へと変える。
それから武器を『狂気に惑う三精霊の杖』に持ち替えて【炎上弾】の精霊魔法を行使し、もう1体のゴブリン・アーチャーを炎上させる。
火に弱いゴブリンは、身体が燃え始めると他に何も出来なくなる。
取り敢えずこれで、敵の後衛の脅威は排除できたと考えて良いだろう。
「―――やあああッ!」
裂帛の気合と共に、ゴブリン・ファイターに斬撃を浴びせていくイズミ。
同じレベルの魔物が相手でも、彼女は一歩も引くことがない。
小さくも、何とも頼もしい背中が、シズの目の前にはあった。




