93. 白百合
コロナでは無いようですが、咳と悪寒が止まらず大変難儀しております。
体調が回復するまで何かと文章が変かもしれませんが、何卒ご容赦下さい。
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4人全員が『特殊職』を得た後、シズ達は森都アクラスの都市内をゆっくり南へ歩いて行く。
今日も『ゴブリンの巣』の探索を行う予定だからだ。目抜き通りを4人並んで歩きながら、シズは視界に表示させた〔白百合の天使〕の特殊職の詳細情報を、改めて確認していく。
「シズ姉様は、やっぱりその特殊職を『取り消し』されてしまうんですか?」
シズの隣を歩くイズミが、不意にそう訊ねてきた。
確かに職業の『取り消し』については、何度も考えてみたけれど―――。
「残念だけど、取り消しても無駄だと思うんだよね……」
「……無駄、ですか?」
「うん」
眉を落としながら答えたシズの言葉に、イズミは首を傾げてみせた。
まあ『無駄』と言われただけでは、意味が判らなくても無理はない。
「えっとね、特殊職には【選定条件】っていうのが設定されてるでしょ?」
「はい。その職業が選ばれる条件のことですね」
「それがちょっと問題があってね……」
シズの特殊職〔白百合の天使〕の【選定条件】は3つ。
『女性である』ことと『恋人の全員が同性である』こと、そして『最も恋人の人数が多いプレイヤーに与えられる』ことが条件となっている。
―――この中で、特に厄介なのが3つ目だ。
「ねえ、イズミ。いま私の『恋人』って何人ぐらい居ると思う?」
「―――あっ、そうか。シズ姉様には『恋人』が沢山いらっしゃるんですよね」
そこまで言うと、イズミも察することができたらしい。
シズには『恋人』として登録している相手が沢山居る。
これは『親しい友人』や『恋人』のように、フレンドとしての関係を深いものに設定した方が、メールでアイテムを送る際の手数料が軽減されるからだ。
シズから一度でも『メール販売』で霊薬を購入した経験がある相手の内、女性はほぼ全員が『恋人』になっていると言っても間違いでは無いのだ。
「いま私のフレンドが全部で1700人ぐらい居て、その中で『恋人』が800人ぐらい居たりするんだけれど―――。
この〔白百合の天使〕の【選定条件】が『最も恋人の人数が多いプレイヤー』になっている以上は、何度特殊職の『取り消し』を行ったとしても、きっとまた私が選ばれるんじゃないかと思うんだよね……」
「た、確かに……。そんなに沢山の『恋人』が居るプレイヤーなんて、シズ姉様の他にはいらっしゃらないでしょうね……」
「そうなんだよ……」
こんなに沢山の『恋人』が居るプレイヤーが、他にいるとも思えない。
だとするなら―――何度〔白百合の天使〕の職業を『取り消し』したところで、100時間が経過する度に、またシズが選ばれて戻ってくるだけだろう。
「捨てても戻ってくる特殊職ですか……。まるで呪われているみたいですわね」
「いっそ『呪い』なら良かったんだけどねえ……」
プラムの言葉を聞いて、シズは思わず苦笑する。
『呪い』なら、『白耀族』であるシズには無効化ができるからだ。
「まあ、諦めてこの特殊職で頑張ってみようと思うよ……。
特殊職と一緒に手に入った『異能』は弱いみたいだけれど、修得できるスキルはまあまあ悪くないみたいだし」
「へえ、どんなスキルが修得できるんですか?」
「気になるなら表示するよ?」
イズミの言葉に応えて、シズは自身とイズミの視界に〔白百合の天使〕の特殊職で修得できるスキルの情報を表示させる。
また、ユーリとプラムも見たいと言ってきたので、彼女達の視界にも同様に情報を表示させた。
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〈☆天使は皆のために〉
『恋人』の全ての能力値が『1』増加する。
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〈☆口移し〉
【霊薬】を口移しで『恋人』に服用させると
最終的な効果量と持続時間が『40%』増加する。
この効果による回復は最大HP/MPを一度だけ超過する。
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【☆天使の口吻け】
MP消費:100 / 冷却時間:300秒
『恋人』の身体に『24時間』持続するマークを付けて
あなたの[加護]の『3%』分だけ特定の能力値を増加させる。
どの能力値が増加するかはマークを付けた場所による。
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【☆愛情治療】
MP消費:17 / 冷却時間:20秒
対象1人のHPを『最大HP』の5%分だけ回復させる。
相手との関係段階が高いと、回復効果が大きく増加する。
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特殊職〔白百合の天使〕で最初から修得可能なスキルは4つ。
流石は『最も恋人の数が多いプレイヤー』に与えられる特殊職だけあって、関係段階の『恋人』がキーとなるスキルが多いようだ。
「お姉さま! この〈口移し〉ってスキルを取りましょう! 是非!」
「あー……うん、そう言うかなとは思った」
プラムの言葉を受けて、シズは苦笑する。
確かに〈口移し〉のスキルを修得すれば、プラムやユーリ、イズミとキスをする名分ができるわけで、それはシズにとっても都合が良いわけだけれど。
でも―――残念ながら〈口移し〉は、あまりシズと相性の良いスキルではない。
〈口移し〉は霊薬を『恋人』に、つまり自分ではない誰かに服用させるスキルなので、自身がアイテムを摂った際に効果が発動する〈服薬術〉や〈効能伝播〉とは併用ができないからだ。
それに他人に霊薬を〈口移し〉して飲ませるというのは、とてもじゃないけれど戦闘中などには無理な行為だろうし。その辺のことも考えると、あまり使い勝手が良さそうなスキルだとは思えなかった。
「とりあえず〈天使は皆のために〉ってスキルを取ろうと思うんだよね」
このスキルには『恋人』の全能力値を無条件に増やす効果がある。
ユーリもプラムもイズミも、全員がシズの『恋人』なわけだから。このスキルはシズ本人以外の全員の能力値を纏めて強化できるという点で、非常にコスパの良いスキルだと言えるだろう。
《もしかして、天使ちゃんの『恋人』の私にも効果がある?》
「―――あ、そうだね。効果はあるかも」
視聴者からのコメントを受けて、シズはそう回答する。
〈天使は皆のために〉のスキル説明には、ただ『恋人』の全能力値を増やす、ということしか書かれていない。
つまり別に、効果対象が自身と同じパーティ内に居る必要があるとは、どこにも書かれていないのだ。
もしも、このスキルがシズの『恋人』―――800人近く居るその全員に効果があるようなら。それはもう、コスパが良いなんてレベルではない。
とりあえず確認してみよう。そう思い、シズは早速〈天使は皆のために〉のスキルを新規に修得し、更にランクを一気に『3』まで成長させてみた。
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〈☆天使は皆のためにⅢ〉
『恋人』の全ての能力値が『3』増加する。
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スキルランクを『3』に上げると、予想通り能力値の増加量も『3』へと増えるようだ。
早速ユーリ達にステータスを確認して貰ったところ、しっかり彼女達3人の全ての能力値が『3』ずつ増加していることが確認できた。
そして―――。
《あああああ! 天使ちゃんのお陰で能力値超増えてる……!》
《ありがとう天使ちゃん! もう一生推す!》
《ちくしょおおお! 俺も女なら、女なら天使ちゃんの『恋人』になれたのに!》
案の定というべきか、〈天使は皆のために〉のスキル効果はパーティ外の人達に対しても、全く同じだけ効果を発揮した。
ファトランド王国とは掛け離れた土地に居るプレイヤーにも、効果が適用されるというのには、正直を言ってちょっとだけ違和感もあるけれど。
「喜んで貰えたなら、何よりだよ」
何にしても、喜んでくれる人が沢山いるというのは、シズにとっても嬉しい。
これなら〈天使は皆のために〉のスキルは、優先的に最大ランクの『10』まで上げてしまうのも良さそうだ。
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お読み下さりありがとうございました。




