09. 視聴者さんの熱量
「ユーリちゃん、『実績』って何か知ってる?」
「えっと、説明が少し難しいですが―――。何と言うか、『達成してもしなくても構わない、プレイヤーに与えられたちょっとした目標』みたいなものですね。
あまり意識されなくて良いと思います。一応このゲームでは達成報酬があるみたいですけれど、20点のスキルポイントなんて大した量ではありませんし」
「そうなんだ?」
「はい」
『プレアリス・オンライン』では、プレイヤーが自分と同等以上のレベルを持つ魔物を倒すと、その度にスキルポイントが『1点』手に入る仕組みになっている。
だから20点というのは『自分と同じレベルの魔物を20体倒した時』と同量のスキルポイント報酬になるわけだ。
シズはそれを(20体分って結構多いのでは?)と思うのだけれど。ゲームに慣れているユーリからすると、大した量ではないらしい。
ちなみにスキル修得には、最低でも100点のスキルポイントが必要になる。
だから40点分だけ手に入れても、現時点だとまだ使いみちはない。
「―――ところで、シズお姉さま。とりあえず『配信』を開始されたほうが、よろしいのではないでしょうか?」
「おっと、そうだった。ありがとね」
シズはゲームの宣伝をラギから頼まれている。だから宣伝効果があるのかどうかは疑わしくとも、積極的に『配信』は行っておくべきだろう。
ああ、いや―――ラギからは何も頼まれていないことになったんだったっけ?
……何にしても高価な機械を貰っている以上、これは絶対にやるべきことだ。
とりあえずシズは、意思操作でゲームの『配信機能』をオンにする。
するとシズとユーリのすぐ目の前に、小さな1体の妖精が姿を現した。
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◇配信妖精 Lv.0
この妖精が表示されているプレイヤーは『ゲームを配信中』です。
主にこの妖精視点からの映像が、視聴者には届けられます。
現在の視聴者数:0人
コメントの読み上げ:オン
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その妖精をまじまじと見つめていると、小さなウィンドウが1つ表示される。
説明によると、この妖精は『配信』中の撮影役を担当してくれる子らしい。
また、この子が姿を見せることで、周りにいる他のプレイヤーにシズが『配信』を行っていることを周知する役割もあるんだろう。
プレイヤーの中には他人の『配信』に映りたくない人もいるだろうから。そういう人は妖精を連れているプレイヤーを避ければ良いというわけだ。
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現在の視聴者数:15人
コメントの読み上げ:オン
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「―――うおっ⁉」
「ど、どうされましたか、シズお姉さま⁉」
「あっ。ご、ごめんね。急に『視聴者数』が増えたので、ちょっとびっくりして」
自分が配信なんかやっても、せいぜい2~3人しか見てくれる人なんて居ないだろう―――と、そうシズは思っていたものだから。
配信を開始して10秒ぐらいの間に、予想の5倍もの視聴者が集まったことに、驚かされてしまったのだ。
《初見》
《初見です》
《初見ー。がんばってー》
《「うおっ」てwww》
《初見》
《初見。可愛い女の子2人組とか俺得でしかない》
ワンテンポ置いてから、俄に妖精が慌ただしくコメントを読み上げ始める。
配信の視聴者から寄せられたコメントは、届いた順に妖精に読み上げさせるか、もしくはシズの視界内のログウィンドウに表示させるかを選べるらしい。
今は暇なのでどちらでも良いけれど、魔物相手の戦闘中とかだと忙しくなりそうだから、読み上げ機能がついているのは割と有難かった。
「……配信って、何をすれば良いんだろ? あと『ショケン』って何?」
「初めて見ると書いて『初見』ですね。動画配信の視聴者さんが最初にコメントする常套句で、『あなたの配信を初めて見ます』という意味の言葉です」
「なるほど、そういう意味なんだ」
たぶん漢字で書かれれば判ったんだろうけれど。読み上げで『ショケン』って何度も連呼されると、意味が判らなくて思わず混乱してしまった。
「それと、シズお姉さまはまず自己紹介をなさるのが良いのではないかと」
「あ、そっか。えっと……シズです、よろしくお願いします」
《よろしく!》
《天使ちゃんかわゆい》
《純白天使さま愛しすぎて推せる》
「あ、ありがとう……?」
そういえば、そういう見た目のキャラだったなと思う。
シズの中身の―――現実の『雫』の容姿は、割と地味なんだけれど……。
このゲーム内だと、髪が真っ白になって頭上に天使の輪も浮かんでいることで、どうやら他人に与える印象がかなり変わっているようだ。
何にしても、それが他者から好ましく映るなら、シズとしても嬉しい。
「戦闘職は〔操具師〕で、生産職には〔錬金術師〕を選びました。普段はゲームを殆ど遊ばないし、他の人の『配信』を見たことも全然無いので、色々と知らないことが多いです。見てる人が教えてくれると嬉しいな」
《無知っ娘かわいい》
《おじさんが何でも教えてあげちゃおうねえ》
《↑お巡りさんこいつです》
《開けろ! デトロイト市警だ!》
「何でデトロイト……?」
アメリカの都市の名前が、どうしてここで挙がるのか不思議に思っていたら。
ユーリがこっそり後ろから「そういうものです」と教えてくれた。
そういうものなんだ……。
《掲示板見たよー。同性愛者って、ホント?》
「あ、はい。それは本当ですね。生まれてこの方、男性には興味が無いので」
《何それ超推せる》
《じゃあ隣にいる子が彼女さん?》
《彼女さん小さくて可愛いね》
《ずっと眺めていたい……》
「まあ♡」
妖精の口からコメントを聞いたユーリが、何故か楽しげな表情をするけれど。
ユーリは別にそういう相手ではないから、視聴者からそう見られてしまうのは、彼女にとってよくないだろう。
「いえ、違います。ユーリちゃんは私が普段入り浸っている、VRチャットルームの友人ですね。親しくはしてますがそれ以上の関係では無いですし、そもそも私とユーリはお互いの現実を知っているわけでも無いですから」
《つまりネット上の友人か》
《現実を知らないなら、確かに彼女じゃないかもね》
「ユーリちゃんの迷惑になりたくないので、あまり茶化さないで下さいね」
「とはいえ私もシズお姉さまと同じで、同性愛者ではあるんですけれどね」
「……あ、それ言って良かったんだ? 念のため言わなかったのに」
「特に隠してはいませんので」
ユーリが同性愛者であることをカミングアウトしたのを切っ掛けに、視聴者からコメントが殺到したのか、妖精が今までの倍ぐらいのスピードでコメントを次々と読み上げ始めた。
《おねロリ!》
《何それ最高じゃないか》
《俺はシズちゃんの放送を毎日視聴することに決めた》
《歳の差百合を眺めることができます。そう、最新ゲームならね》
《命の限り推します》
《私もお姉さまから色々教えられたい……》
《割って入る奴は粛正せざるを得ない》
《婆さんや、ぱらいそは本当にあったんじゃのう》
《自動視聴リストに登録したわ》
《同性愛者の女の子が2人。何も起きない筈も無く……》
「いや何も起きないからね⁉ ってか、なんでみんなそんな楽しそうなんだ……。同性愛者って世間的にはあんまり良い目で見られないと思ってたんだけど?」
《かわいい×かわいい=大正義》
《百合が嫌いな男子なんていません!》
「お、おう……」
なんだかよく判らないけれど、視聴者の熱量が凄い。
シズとしては驚かされるばかりなんだけれど。ユーリにはこの状態が予見できていたらしく、コメントを聞きながら嬉しそうに微笑んでいた。
「うふふ。というわけでお姉さま、視聴者さんはその辺で放置して、まずは街中を私とデート致しましょう?」
「放置って……。無下な扱いをされたら、視聴してる人も怒るんじゃないの?」
《デート優先でお願いします!》
《我々はただ見ていられればそれで幸せです!》
《どうぞ我々の存在は忘れてください!》
《蔑ろにされるほうが興奮します!》
《出来れば手繋ぎデートが見たいです!》
「あっはい」
よく判らないが、視聴者的には放置オッケーらしい。
まあ、視聴者もシズ達がただ会話に専念してる姿を見るより、ゲーム内の世界を見て回ったり、魔物と戦っている映像のほうが見たいんだろう。
「えっと、まず最初に何をするんだっけ?」
「最初にチュートリアルクエストが幾つかありますので、その完了を目指します。例によって頭の中で『クエスト』と念じると、詳細を表示できますよ」
「なるほど」
ユーリから教わった通りに意識して、シズは早速『クエスト』のウィンドウを視界内に表示させてみた。
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お読み下さりありがとうございました。




