89. マカポーションの量産
イズミと2人でのんびり朝風呂を堪能したあと、まだ起きないユーリとプラムを残して、先に宿をチェックアウトする。
早朝の涼しい町並みを、イズミと他愛もない話をしながら一緒に歩いて。都市の中央部まで来たところで彼女とも別れ、ひとりになった。
昨日『ゴブリンの巣』の探索でかなりの量の鉱石を手に入れられたこともあり、イズミは早速『鍛冶職人ギルド』に行って、鍛冶に没頭したいそうだ。
自然とシズの足もまた『錬金術師ギルド』へと向かう。
最近は探索や戦闘と並行して、錬金特性を付加しない霊薬ばかりを調合していたから。そろそろ特性を注入した霊薬も量産して、メンバーショップの在庫に補充しておくほうが良いだろう。
「ああ、シズさん。ちょっとよろしいですか」
「……? 何でしょう?」
いつも通り『錬金術師ギルド』1階のカウンターで、『工房』を借りる手続きを済ませてから、シズが早速階段を上ろうとすると。
深夜や早朝の時間にカウンターに立っていることが多いギルド職員の男性から、不意にそんな風に呼び止められた。
「王城から感謝状が届いていますので、お受け取り下さい」
「感謝状……ですか?」
「はい。霊薬の納品に関する感謝状とのことです」
どうやらギルドで、シズ個人宛の感謝状を預かってくれていたらしい。
霊薬納品の感謝状というと―――まず間違いなくメランポーションを1000個納品した件についてだろう。
とはいえ、あれは報酬として『狂気に惑う三精霊の杖』を貰っているわけだし、シズの中ではもう完了した取引なわけで。
わざわざ感謝状を貰うような理由なんて、無いんだけれど……?
「それを私に言われても困りますね」
「ですよね……」
その気持ちを吐露したシズに、ギルド職員の人は苦笑してみせる。
確かに、ギルド職員の人に『感謝状を貰う理由が無い』なんて言っても、困らせることにしかならない。
とりあえず固辞する理由もないので、職員の人が差し出してきた封筒は受け取ることにした。
ギルドの3階に移動し、借り受けた『工房』の一室に入ってから。早速シズは封筒の中身をチェックする。
感謝状は王城勤めの文官の人が書いたものらしく、難事に対処する当国への支援に感謝するといった趣旨や、後日改めて謝礼を用意することなどが書かれていた。
おそらく一定量以上の納品を行った人には、もれなく国から感謝状を贈ることにしているんだろう。
律儀だなあとは思いつつも、こういうのを用意して貰えるのは地味に嬉しい。
少なくとも、また納品しようという気持ちにはさせられるものがあった。
(……ま、とりあえず今朝はプレイヤー向けの霊薬作りかな)
国に納品する分の霊薬には錬金特性を注入する必要がない。
そういう霊薬なら戦闘中にも問題なく調合できるから、また今日の午後『ゴブリンの巣』を探索する最中にでも量産すれば良いだろう。
『工房』の中で、ちゃんとメイン作業として調合を行うなら。やはり1つ以上の錬金特性を注入して、プレイヤー向けの品を生産したいところだ。
とりあえず―――シズは忘れない内に『配信』をオンにする。
ひとりきりで調合を行う際には、やっぱり視聴者の人達にも一緒に居て欲しい。
《新鮮な配信ですわあああ!》
《ゆうべはおたのしみでしたね!》
《ゆうべはおたのしみでしたね》
《たまにはお楽しみを配信してくださいよぅ!》
「絶対ヤダ。3人の可愛い姿は私だけのものだからね」
《ちくしょおおおお!》
《何故だ! 何故俺達はお風呂回が見られないんだ……!》
《横暴ですわー‼》
妖精が読み上げる視聴者の悲鳴を軽くあしらいながら、シズは自身の視界にメンバーショップの情報を表示させ、在庫を確認していく。
……販売物として並べていた霊薬は、その全てが完売していた。
どうやら今から全種類の霊薬を調合して、在庫を補充する必要があるようだ。
「あ、材料が凄く沢山買い取れてる。みんな、協力してくれてありがとー」
《いいってことよ!》
《むしろ買い取ってくれてこっちも助かってる》
《すぐに現金化できるの結構有難い》
シズはメンバーショップで霊薬を販売する一方で、素材の買取も行っている。
確認してみたところ、ヒールベリーやカムンハーブといった植物素材、それからブルーグミなどの魔物素材を大量に買取できていた。
これだけ沢山の素材があれば、とうぶん生産材料には困らなそうだ。
(そういえば、昨日はだいぶレベルが上がったから―――)
試しにシズはまず『マカポーション』の生産をしてみようと、作り出した水球の中にブルーグミを投入してみる。
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【現在投入中の素材】
・ブルーグミ×1
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【調合レシピ/マカポーションの調合×1】
基本成功率:100%
スキル補正:+10%
- - - -
最終成功率:100%
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すると今回は料理を使用して能力値を底上げする必要さえなく、『100%』の成功率を確保できることが判った。
マカポーションの調合には2つの能力値が『75』ずつ要求されるのだけれど。現在のシズの[敏捷]と[知恵]はどちら『76』あるため、この条件をクリアできているようだ。
昨日だけで戦闘職のレベルを4つも上げたから、それが能力値の成長に大きく寄与したんだろう。
素の能力値で要求水準を満たせているなら、もう絶対に失敗することはない。
一応、今回も『ブリュッセルワッフル』と『アイスコーヒー』を飲み食いすることで[敏捷]と[知恵]の底上げは行うけれど。これは成功率を上げるためではなく、作業時間を短縮するためだ。
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△『ブリュッセルワッフル』を食べました。
シズのHPが『21』、MPが『28』回復しました。
シズの[敏捷]が6時間に渡って『12』増加します。
シズの満腹度が『14』になりました。
△『アイスコーヒー』を飲みました。
シズの[知恵]が3時間に渡って『11』増加します。
シズの満腹度は『14』のままです。
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装備に付与してある『アルカ鍍金』の効果も含めると、シズの[敏捷]は『76+18』に、[知恵]は『76+11』にまで増強されている。
この能力値ならマカポーションの調合に要する時間を10分から8分18秒まで短縮することができるようだ。
100秒以上も短くなるわけだから、この差は決して小さくない。
というわけで、早速20個×2ライン体制でマカポーションを量産していく。
素材はブルーグミ1個だけしか使わないから、材料には困らない。
錬金特性は例によって〔生命回復Ⅰ〕と〔魔力回復Ⅰ〕の2つを注入。
ちなみに〔魔力回復Ⅰ〕の錬金特性は、素材のステギから抽出したものだ。
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▽『マカポーション』20個の霊薬調合が完了しました。
生産経験値:2700/スキルポイント:0
▽『マカポーション』20個の霊薬調合が完了しました。
生産経験値:2700/スキルポイント:0
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視聴者の人達と軽く雑談をしている間に、問題なく調合に成功した。
やはり絶対に失敗しない調合は気楽でいい。それでいて8分ちょっと毎の生産で経験値が2700×2ライン分も貰えるのだから、美味しいにも程がある。
出来上がった傍から霊薬をメンバーショップの在庫に追加していく。
マカポーションは現状だと調合できる〔錬金術師〕が少ないようなので、かなり購入需要が高い霊薬となっている。
なのでこの商品はメンバーショップへ大量に陳列しておいても、当面はコンスタントに売れてくれるだろう。
―――というわけで、4時間近く掛けて1120本のマカポーションを生産し、そのうち1000本をメンバーショップの販売在庫として補充した。
とりあえず1000本もあれば、しばらくは持つ筈だ。
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★逸品マカポーション/品質[62]
【カテゴリ】:霊薬
【注入特性】:〔生命回復Ⅰ〕〔魔力回復Ⅰ〕
【霊薬効果】:HP+40、MP+92
ブルースライムの体組織から調合した魔力回復の霊薬。
何故かブドウの味がするので、材料のことは考えずに飲もう。
服用後は『60秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+10%)
- この霊薬には特別な力がある!(★効果2倍+服用間隔短縮)
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ちなみに陳列しなかった120本は、全て『逸品』で完成したものだ。
熟達により完成品質が高められていることも相俟って、『逸品』のマカポーションはMPを100近く回復できる、非常に強力な霊薬となっている。
しかもマカポーションの逸品には『服用間隔短縮』という特別な効果が付加されるみたいで。霊薬の服用には通常『120秒』の間隔を空けなければならないところを、半分の『60秒』ごとに服用できるようになっている。
これは魔術や魔法を駆使する人達にとっては、なかなか嬉しい効果だろう。
逸品霊薬は例によって『調合レシピメモ』をギフトとして贈ってくれた人への、お礼の品として配ろうと思う。
未だに毎日4~6枚ぐらいのレシピメモが視聴者から届くから、返礼の品はなるべく豊富に用意しておきたい。
まあ、沢山のレシピメモを貰っても……必要な在庫を補充する目的で調合を行うばかりで、なかなか新しいレシピに手を出せていないのが現状だったりするんだけれどね……。
次は毒消しの霊薬、アンチドートの量産に取り掛かる。
使用素材の【蛇の牙】はメンバーショップで大量に買取ができているから、こちらも材料には苦労しない。
しかも能力値が増えたお陰でアンチドートの調合に要する時間を3分53秒まで短縮できたから、かなり効率よく量産を行うことができた。
生産時間が短くて済むのは有難いけれど―――ちょっとマカポーションの生産に時間を掛けすぎたこともあり、今日はもうあまり時間に余裕が無さそうだ。
とりあえず1時間ほど掛けて600本のアンチドートを調合して、そのうち逸品の60本を除いた540本をメンバーショップの在庫に追加しておいた。
アンチドートは用途が限られる霊薬なので、この量でも暫く持つだろう。
「ごめんね、とりあえずベリーポーションとメランポーションは、錬金特性無しのものを在庫に補充しておくから」
そろそろお昼になるので、一旦ログアウトして昼食を摂らなければならない。
とりあえずメンバーショップには昨日『ゴブリンの巣』の探索中に調合した、錬金特性なしの霊薬を在庫に補充しておくことにした。
《それでも充分助かります!》
《霊薬が普通に買えるだけでもすげーありがたい》
「そう? それなら良かった。じゃあまた午後に配信やるねー」
《おっつおっつ!》
《お疲れさま!》
配信を終えたシズは、錬金術師ギルド1階のカウンターで『工房』の使用終了の手続きだけ済ませてから、建物を出てすぐの場所でログアウトした。
合計5時間もの調合をしている間に視聴者の人達と話をして、例の『特殊職』についても色々と興味深い話を聞くことができた。
この辺のことは是非、あとでユーリ達にも話してあげたいところだ。
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お読み下さりありがとうございました。




