87. 2度目の露天風呂(後)
「シズお姉さま。もしよろしければ夏休みの期間、私やプラムちゃんの家の別荘に滞在なされませんか?」
「別荘?」
「はい、当家では全国各地に幾つかの別荘を所有しているのですが。親族の皆様は長野を始めとした、避暑に向いた場所のものしかどなたも使用しないようなので、友達と一緒に過ごすためにと東京近郊の別荘を借り受けたんです」
「わたくしもお爺様におねだりして、同様に1軒をお借りしましたの」
ユーリとプラムの2人が、にこりと微笑みながらそう告げる。
全国の各地に別荘を所有している―――という時点で、もう自分とは住む世界が違い過ぎる話だなあと、シズは苦笑するしか無かった。
「シズお姉さまのご都合さえ宜しいようでしたら、私達と一緒に夏休み中ずっと、別荘にご滞在頂けないものかと思いまして」
「それは……とても嬉しい提案だけれど。夏休みの間ずっとっていうのは、流石に迷惑にならない?」
数日程度なら、泊まらせて貰うのも良いとは思うけれど。夏休みの期間中ずっとだと、合計で40日近くお世話になることになる。
それほど長期に渡って厄介になると、負担も掛けてしまいそうだが。
「迷惑だなんて、そのようなことは全く。別荘は使っていない間にもメンテナンスが必要になりますので、管理の手間的にはさほど変わらないのです」
「そういうものなんだ?」
「はい」
そういうことなら―――お邪魔してしまっても、構わないだろうか。
シズとしても夏休み中ずっとユーリ達と一緒にいられるようなら、それが何より嬉しいことなのは間違いない。
「お姉さまと一緒に過ごしたいんですの。どうかご承諾頂けませんか?」
「シズ姉様、是非お願いします」
プラムとイズミの2人から、そう求められてしまえば。
もちろん、シズに否やなどあろう筈も無かった。
「……ん、判った。じゃあ夏休みは、お世話になっちゃうね」
「ありがとうございます!」
両手をぽんと打ち鳴らして、嬉しそうに表情を緩めてみせるユーリ。
彼女がそんなに喜んでくれるなら、元よりシズは何でもするつもりだ。
「それで、もう1つの相談事っていうのは?」
「あ、はい。そちらも真面目な話―――というより、主にそちらの相談内容のほうが、ずっと真面目な話なのですが」
コホン、とユーリはわざとらしく小さな咳払いを1つしてみせてから。
「お姉さまの恋人の人数を、少し増やしても構いませんでしょうか?」
唐突に―――彼女はそんなことを口にしてみせて。
シズはたっぷり数秒間ぐらい、何も言葉を口にすることが出来なかった。
「………………へっ?」
「まあ、そういう反応をなさいますわよね」
思わずぽかんとしたシズを見て、プラムが堪えきれずに笑いを零す。
ユーリとイズミの2人もまた、同じように苦笑している様子だった。
「それは……何か理由がある、のかな?」
「はい。簡単に申し上げますと―――私達がシズお姉さまと、将来的に『結婚』をして、一緒になるために必要なんです」
結婚、という単語をユーリの口から聞かされて、シズは内心で驚かされる。
もうそこまで考えているんだ、という驚きもあるし。高校生の自分よりも小学生のユーリのほうが、よほど真面目に将来のことを考えてくれている事実にもまた、シズは喫驚するばかりだ。
2046年の現在では、日本でも同性婚が合法化されて久しい。
それどころか数年前からはポリアモリーの人達へ向けての配慮から、男女を問わず複数の人と同時に結婚関係を結ぶことさえ可能になっている。
だからユーリ達がいつか年齢の条件さえ満たせば、実際に『結婚』する上での障害は、無いといえるわけだけれど―――。
「私もプラムちゃんも、結構大きいグループを経営する一族の娘ですから。結婚の相手に求めるレベルというのは、実はかなり高いものがありまして……」
「まあ、それはそうだろうねえ」
ユーリの言葉を受けて、シズは静かに頷く。
これまでの経緯から、ユーリ達が大変にお金持ちな一家の『お嬢様』であることは、シズにもよく理解できている。
それを思えば―――シズみたいな庶民との結婚など、まず許されないだろう。
残念だけれど、こればかりは努力でどうにかなる問題では無いような気がする。
「ですが、全く手が無いわけじゃないんです」
「……そうなの?」
「はい。実は―――私とプラムちゃんはとても仲良しなわけですが、当家が経営するグループ企業と、プラムちゃんのお家が経営するグループ企業とでは、実はもう100年以上に渡って険悪な仲が続いていたりするんです」
「わたくしも詳しくは知らないのですが。昔色々と軋轢があったとかで……」
「へえ……」
というか―――2人の家は、グループ企業を経営しているのか。
そりゃあ『お嬢様』な筈だよねと、シズは内心で感嘆するばかりだ。
「ですがあまり景気も良くないご時世ですから。いつまでも過去に拘り、企業間に険悪な関係が続いているのは良いことではありません。和解を試みたいとは、随分前から双方共に思っていることなのです」
「ふむふむ……」
昨今は、これまでずっと同じ土俵で争い合っていた企業などが、経営統合するというニュースを耳にする機会も多い。
敵対して市場を奪い合うよりも、経営統合などを行い安定的に市場を寡占するほうが、企業としては危なげが無くて好ましいという判断なんだろう。
けれど―――グループ企業間が険悪になり過ぎていれば、合併の相談なんてどちら側からも持ちかけられる筈が無い。
もちろん合併とまで行かずとも、グループ間の仲が良好なら様々な形で協力体制を取り、市場に働き掛けることなども可能となるわけだ。
だからこそ、双方共に関係改善したい気持ち自体はあるんだろう。
「私達はここにチャンスがあると考えました。シズお姉さまという1人の相手に、私とプラムちゃんが一緒に嫁ぐことが、グループ間の関係を一気に改善する契機になる。そのことを示せば、父母も結婚を許すかもしれないと考えたからです」
「グループにとって私達の結婚が有益であると判断されましたなら、家族や親族の理解も得やすくなりますから」
「な、なるほど……」
何だか話が大事になってきたなあ、とシズは内心でちょっと焦る。
好きな子と結婚できるなら、もちろんそれが一番だとは思うけれど。それがまさか、こんな大きな話になってくるとは、思ってもいなかった。
「ただ、お母様に相談したところ、これだけではちょっと弱いと言われまして」
「……え。お母さんに相談、したんだ?」
「はい。結婚したい人が居るので、知恵を貸して下さいとお願いしました」
シズが何も努力しない間に、ユーリ達が母に相談までして、将来のための努力を充分にしてくれている。
その現実を思い知らされて、何だかシズはとても恥ずかしく、そして申し訳無い気持ちになった。
何か私からも、もっと将来の為の努力をすべきなのかもしれない―――。
「お母様が言うには、もう1人巻き込んでしまうのが良いと」
「もう1人?」
「はい。そこでシズお姉さまに、お願いしたいことがあるのですが……」
「何でも言って。私もちゃんと協力するから」
ユーリに対し、シズは明確にそう言葉を告げる。
そうすることが、自分にできる最良の努力だと思ったからだ。
「うふふ。ありがとうございます、シズお姉さま。
それでは―――近い内にもう1人、このゲームにお友達を勧誘してきますので。シズお姉さまにはその人を、是非とも籠絡して頂きたいのです」
「ろ、籠絡?」
「はい。私やプラムちゃん、イズミちゃんと同じように、その人のこともシズお姉さま無しでは生きていけない身体にしてあげて欲しいんです」
月明かりの下で、にっこりと満面の笑みを浮かべながら、そう告げるユーリ。
話の流れについて行けず、一方のシズはただ呆然とするばかりだった。
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