86. 2度目の露天風呂(中)
「はあーっ……」
「あぁ……」
「気持ちいいですね……」
「お風呂は、大変に良いものですわね……」
手早く掛け湯だけ済ませてから、露天風呂の中に身を浸すと。
熱いお湯に包まれて一瞬でポカポカになり、4人の口から溜息が零れ出た。
室内風呂と違って露天風呂だと熱気が籠もらないから。身体が凄い勢いで温まるのとは対照的に、湯から出している頭部や肩が涼しく感じられるのが心地良い。
東屋の屋根で覆われていない斜め上方を見上げれば、見事な満天の星空を望むことができる。
日本で見るものより遙かに鮮明に見える星空の眺望は、思わず言葉を失いそうになるほど綺麗だった。
「湯美人というのは、シズお姉さまを指す言葉ですよね……」
「全くその通りですわね。美の化身、と申し上げてよろしいかと」
「いや、だから……あんまりまじまじと見ないで欲しいんだけど……」
シズが星空に見とれている一方で。すぐ隣に腰掛けているユーリとプラムの2人は、一切空を見上げることなくシズのほうを見つめていて。
そのあからさまな視線に気付き、慌ててシズは身体を両手で覆い隠す。
本当は『インベントリ』からタオルを取り出して、身体を隠したいところだけれど……。湯の中にタオルを浸すのは、こちらの世界でもマナー違反なんだろうか。
「んーっ……」
お湯の中で、両脚をピンと伸ばす。
今日は長時間探索したこともあって、脚に疲労が溜まっている感じがあった。
こういう感覚までもが、現実と遜色なく再現されていると―――たまに今自分が居る場所が、本当に仮想世界なのか疑わしく思える瞬間がある。
「わわっ」
不意に背中に柔らかなものが乗り上げてきて、シズは驚く。
見ればイズミが、シズの上体に背中を預けるように乗っかってきていた。
彼女の身体が小柄だからなのか、それともお湯の浮力のせいなのか、重さは殆ど感じられないけれど―――。
感じられるイズミの肌の柔らかさが、あまりにリアルなものだから。シズは心の中で思わずどきりとしたものを覚えた。
「両隣は2人に取られてしまったので、私は特等席を貰いますね?」
「ああっ……! イズミちゃんずるいです!」
「イズミさん、後で私達にも交代して下さいまし」
そんな風に背中を預けてきているイズミの側を振り返り、シズは彼女の体を優しく抱き寄せる。
イズミの口から「ふぁっ」と、甘い声が零れ出た。
「私を誘惑するなら―――判ってるんだよね?」
警告するように、シズがイズミの耳元でそっと囁くと。
耳元に息が掛かったのがくすぐったかったのか、イズミは「ふあぁあ……!」と更に甘く艶めかしい声を上げて見せた。
えっちな声を聞かされると、余計に興奮しそうになるからやめて欲しい。
「その覚悟でしたら、とうの昔に出来ておりましてよ?」
「むしろ、今夜は初めからそちらも期待しておりましたから」
「か、覚悟は、していますが……耳元で、話さないで、ください……敏感で……」
シズの言葉に対し、3人がそれぞれにそう即答してみせた。
もっとも―――イズミだけは、随分と顔が赤くなっているし、声まで震えている様子だけれど。
「……そっか。じゃあ、今日はあんまり長風呂し過ぎないようにしないとだね」
「はい。またシズお姉さまが、お湯にのぼせては残念ですので」
軽く微笑みながら告げたシズの言葉に、ユーリも同意する。
本当は―――今すぐにでも3人にキスをしたい気持ちで一杯だけれど。
お湯の中で欲望を表に出すことを少しでも許してしまえば、すぐに前回のようにのぼせてしまうことが目に見えているので、流石に自重した。
3人に『手を出す』のは、お湯から上がった後のお楽しみだ。
「あー……。ちょっと話題変えてもいいかな? この話題を続けると、それはそれで少しのぼせて来ちゃいそうだし」
「あら♥ もちろんお姉さまの好きになさって下さいまし」
「えっと―――3連休だから、まだあと2日もお休みがあるわけだけれど。明日と明後日は何をして過ごそっか?」
「せ、折角ですから、明後日は泳ぎを楽しんでみたいです」
まだ顔を若干赤らめたまま、イズミがそう希望を告げる。
そういえば『海の日』だとかで、泳ぎが推奨されているんだったっけ。
「そうですね。私もシズお姉さまの水着姿が見たいので、泳ぎに行きたいです」
「わたくしも全く同じ意見ですわ」
「ん、判った。私も3人の水着が見たいから、そうしよっか」
すぐに全員が賛同して、明後日の予定が決定する。
シズ達は元々誰か1人が希望を告げた時点で、その通りに行動することが多い。
「じゃあ、明日はどうする?」
「……我慢して、明日も『ゴブリンの巣』でレベル上げでしょうか」
「そうですわね……。経験値的には、とても美味しい場所ですし」
「私は鉱石が沢山手に入るので大歓迎です!」
やや悄然とした表情で告げるユーリとプラムの2人とは対照的に、平静を取り戻したイズミだけが、ひとり嬉しそうにそう告げる。
なんとなく、その心をまた乱してあげたい気持ちになって―――。
背中側から回した手で、シズがイズミの腹部を優しく撫でると。
うひゃあ⁉ と、甲高くも可愛らしい声がイズミの口から零れ出た。
「ふふ……♡ シズお姉さまもなかなかのSですわね」
「だって、こんな触り心地の良いお腹が近くにあるんだから、仕方ないじゃない」
「あっ、待って……! くすぐったい、くすぐったいです、からぁ……!」
お腹を撫でる度に、イズミが激しく身体を振り乱すけれど。
それでもシズから体を離そうとはしないあたり、彼女もこの状況を楽しんでいるんだろう。
イズミの[筋力]でなら、シズの拘束なんて簡単に振りほどける筈だしね。
「―――そういえば、シズお姉さまに2つほどご相談したいことがありまして」
「お、真面目な話かな?」
「そうですね、ちょっとだけ真面目な話です」
そう言われて、シズはイズミのお腹をくすぐる手を止める。
流石にすぐ近くで女の子が乱れていては、こちらも冷静さを保てないから。真面目な話をするには、あまり好ましくないだろう。
「ん、聞かせて?」
「はい。シズお姉さまは何か、夏休みにご予定はもう入っておられますか?」
「ううん? 今のところ、予定は何も入って無いかなあ」
一応両親からは、滞在中のフィンランドまで遊びに来ないかと、誘われたりしているけれど。これは電話で話を切り出された、その場で断っている。
今年の夏はなるべくユーリ達と一緒に過ごしたいと思ったからだ。
海外に行くと、多分10日から20日ぐらいは滞在することになるだろうから、結構な日数が潰れてしまいかねない。
「ああ―――それは、良かったです」
シズの回答に、ユーリがほっと胸を撫で下ろす。
見ればプラムとイズミの2人もまた、どこか安堵した表情を浮かべていた。
ということは、何か3人で既に夏休みの計画を立てているんだろうか。
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