85. 2度目の露天風呂(前)
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夕食を終えてログインしてきたユーリ達と合流し、シズ達は早速以前にも宿泊した高級な宿屋―――というより、高級な『旅館』へと移動する。
前回はユーリが部屋を予約してくれていたけれど、今回はいきなりの訪問なので部屋が埋まっていることも充分に有り得るだろう。
泊まれるかどうか不安半分だったわけだけれど。到着後に宿のフロントで訊ねてみたところ、幸い今夜はまだ2室が空いているらしかった。
もちろんシズは早速チェックインの手続きを行う。
ここの宿泊料金は、チェックアウトの際に精算されるようになっているけれど。これについてはフロントのスタッフにお願いして、先払いさせて貰う。
チェックアウトするタイミングが4人バラバラになりそうなので、予め支払いを済ませておいた方がトラブルにならないと思ったからだ。
「―――あなたは私達の『友』のようですね」
「へっ?」
宿の女性スタッフから、唐突に『友』だと告げられる。その意味が判らなくて、思わずシズはきょとんとしてしまう。
その反応が面白かったのか、女性スタッフはくすりと小さく笑ってみせた。
「我々『星白』には判るのですよ。『天擁』の中でも、特に私達に近しい場所で、寄り添ってくれる方のことが」
「あっ」
そこまで言われて、ようやくシズもピンときた。
たぶん彼女は、シズが先日手に入れた異能《星白の友好者》のことを言っているんだろう。
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《星白の友好者》
星白に対しても、分け隔てなく接する者の証。
星白を『フレンド』に登録できるようになる。
この異能の所持者であることが星白には伝わり、
彼らから好意が得やすくなり、交渉事も行いやすくなる。
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ミーロ村のクラミ商店に霊薬を納品した際に得られた、《星白の友好者》の説明文には、『この異能の所持者であることが星白には伝わる』とある。
だから宿の人はそれを察知して、急にシズを『友』と呼んだんだろう。
……友と言って貰えること、それ自体はもちろん嬉しいけれど。
正直もうちょっと戸惑わずに済む、話の切り出し方をしてほしかったとは思う。
「挨拶が遅くなりましたが―――。私はこの『憩いの月湯亭』の主を務めております、ミレイユと申します」
「や、宿の女主人でいらしたのですね」
「びっくりしました……」
宿のスタッフ―――ミレイユの言葉を受けて、プラムとイズミが大いに驚く。
もちろんその隣では、シズとユーリの2人も同じぐらい驚かされていた。言われてみれば……この女性は一介のスタッフというよりも、どこか敏腕経営者といった雰囲気があるように思える。
「よろしければ私を、皆様方のお友達に加えて下さいませんか?」
「お友達に……ですか?」
「はい。『フレンド』にして頂きたい、と申し上げた方が判りやすいでしょうか」
「あ、なるほど」
もちろん断る理由なんてある筈も無い。
目の前のミレイユから送られた『フレンドの登録申請』のウィンドウが視界内に開いたので、すぐにシズは意志操作で受諾した。
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▲ミレイユ(星白)と相互に『フレンド』になりました。
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「ありがとうございます。今後は宿の空室状況を調べたり予約を入れます際には、メールでもお問い合わせ頂けますので」
「あ、それはとても助かります」
フレンドに登録している相手には、いつでも『メール』を送ることができる。
だから今後は実際に宿まで足を運ばずとも、問い合わせや予約ができるわけで。これは普通に便利なことだと言えた。
「宿泊料も今回から8000gitaにさせて頂きますね」
「……随分な値下げですけど、良いんですか?」
確か、前回ここに泊まった時の料金は12000gitaだった筈。
いくら《星白の友好者》の恩恵があるとはいえ、いきなり金額が3分の2になるというのは、ちょっと値引きし過ぎじゃないだろうか。
「お客様方は食事を希望なさいませんでしたよね? 食事のご用意が要らない分、毎回お安くすることに致します。その代わり、また泊まりにきて下さいね?」
「それはもちろん」
そういうことなら、有難く値引きを受けさせて貰おうかな。
というわけで8000gitaを支払い、シズ達は前回と同じ『6号室』へ向かう。
部屋の中に入って―――広々とした空間を目の当たりにして、今回もシズは感動を覚えるわけだけれど。やっぱりユーリ達は特に思うところも無い様子だった。
お嬢様的には、やっぱりこの程度の広さの部屋は『普通』なんだろう。
窓から見える東屋の下には、濛々と湯気をたたえる露天風呂がある。
温泉ではなくても、露天風呂というだけで心躍るものを感じずにはいられない。
「シズお姉さま。すぐに入られますか?」
「ん、入りたいかも」
「では、そろそろ『配信』はオフにして下さいませ」
にっこりと満面の笑みを浮かべながら、そう告げるユーリ。
その笑みは明らかにシズではなく、すぐ近くに浮いている妖精に―――もとい、視聴者に大して向けられたものだった。
《バレましたわあああああ‼》
《ああああ! 喋らなければバレないと思ったのにいいい!》
《ユーリちゃんのガードが固いぃいい!》
《お風呂回を! どうか我々にお風呂回をお恵み下さい天使さま!》
《視聴者全員の心がひとつになって、すげえ静かにしてたのに!》
「何でこんなところで、協調性を発揮してるの……」
視聴者が見せた謎の連携の良さに、思わずシズは苦笑してしまう。
とはいえ実際、シズ本人は完全に配信を失念していたので、ユーリが教えてくれなければ危ないところだった。
「じゃあ、今日はここで配信はおしまいにするね。みんな視聴ありがとー!」
《ちくしょおおおお!》
《我々は諦めない! 次のお風呂回でこそ絶対に勝ってみせる!》
《今回は負けを認めよう! 首を洗って待っていたまえ!》
「いやまあ、首どころか身体中洗うけど……。みんな一体何と戦ってるんだ……」
視聴者のコメントに困惑しつつ、シズは意志操作で『配信』をオフにする。
妖精の姿が消滅するのをしっかり確認したので、これで大丈夫な筈だ。
「……ふふ。シズお姉さまの視聴者さん達は、皆様とても面白いですよね」
「それは私もその通りだと思う」
何を言っているのか、全く理解できないコメントがちょくちょくあるのだけは、未だに慣れないところだけれどね……。
2回目の宿泊なので、もう勝手は判っている。まず寝室の脇に置かれたチェストを開けて中に入っているタオル類を『インベントリ』に回収。
それからシズ達は、寝室の中で着ているものを順に脱いでいった。
屋外の東屋には露天風呂があるだけで、そこに脱衣所は設けられていない。
だから衣服は外に出る前に脱いで、裸になっておく必要があるのだ。
「シズ姉様のお身体って、本当に溜息が出るほどスタイルが完璧ですね」
「あ、あんまり、見ないで欲しいかな……」
服を脱いでいる最中に、イズミとユーリ、そしてプラムの3人からまじまじと見つめられて、思わずシズは顔が熱くなる。
女同士とはいえ、流石に至近距離で見られるのは恥ずかしい。
「そうですわね……。お姉さまは顔も大変に凛々しいですし、普通に業界の方から声のひとつやふたつぐらいは、掛かりそうなものですが」
「うちのグループには芸能部門もありますから。もしシズお姉さまが芸能活動に興味がありますようでしたら、いつでも推薦できますよ?」
「か、勘弁して……」
プラムとユーリの言葉に、困惑しながらシズはそう答える。
流石にそれは過大評価だと思う。みんなはこちらに好意を抱いてくれている分、評価が随分と甘くなってるんだろう。
「も、もうっ。とにかく入ろう?」
『インベントリ』から取り出したタオルで身体を隠しながら、シズは足早に東屋へと移動する。
芸能活動がどうとかには、些かも興味が無いけれど。好きな子達から褒めて貰えるのは、もちろんシズにとって大変に嬉しいことだった。
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