83. ご褒美が待っていれば
(ちょっと前までは、戦闘中に何もしなかったのになー)
先程の戦闘から然程の間も置かずやってきた、ゴブリン達に向けてクロスボウを撃ちながら、シズは内心でそんなことを思う。
シズ達のパーティが有する戦闘能力とは、少し前まで『イズミの単騎戦闘力』とプラムの『スケルトン達による集団戦闘力』の2本柱だった。
これにユーリの〈魔物感知〉スキルを加えることで、隙を無くした布陣にしていたわけだ。魔物から不意打ちを受けるリスクが無く、しかも戦闘開始前に魔物の数を先んじて知ることができる優位というのは、想像以上に大きい。
3人がそれぞれ大きくパーティの戦闘能力に寄与してくれているのとは裏腹に、一方でシズの貢献度はあまり高いものではなかった。
味方を回復させる、というその1点に能力が集約されているからだ。
もちろん仲間のMPを無尽蔵に回復できるというのは、それはそれで有意な貢献ではあるんだけれど。このゲームでは元々、飲食物を摂ることで手軽にMPの回復が行えるようにできている。
それを考えると、MPの回復ひとつしか出来ないだけでは、あんまりパーティに貢献できているとは言えないな、という自覚がシズにはあったのだ。
ところがどっこい―――現在では〈武器強化術〉のスキルでスケルトン達全員の戦闘力を強化すると共に、クロスボウの連射や『狂気に惑う三精霊の杖』を用いた遠距離攻撃でも活躍が期待できそうで。
今まで攻撃に参加してなかった人間が、いきなり高い戦闘力を発揮し始めたものだから。パーティ全体への影響は非常に大きいものがあった。
魔物の殲滅力が、大きく底上げされたからだ。
(……よし)
魔物集団の後方に控えて、矢を番えようとしていたゴブリン・アーチャーの額に2連続でボルトを突き立てて、シズは魔物を一瞬で光の粒子に変える。
更に、武器を杖に持ち替えてから【炎上弾】の精霊魔法を行使して、前衛のゴブリン・ファイター1体の身体を激しく炎上させた。
ゴブリンは火に弱い魔物であるらしく、身体が激しく炎上したゴブリンは激しく身体を振り乱すだけで何もできなくなり、即座に戦力外となる。
みるみるうちにHPも減少していき、十数秒後には光の粒子へと変わった。
「お見事です、シズお姉さま」
「ん、ありがとう」
隣のユーリから贈られた賞賛の言葉に、シズは笑顔で答える。
まだ魔物は2体残っているけれど。これはもうシズ達が何もしなくても、イズミとスケルトン達がすぐに討伐してくれることだろう。
「なんか、ちょっとでも戦闘で役に立てるようになれたのは嬉しいな」
杖を用いて【炎上弾】の魔法を行使すると、今のところ100%の確率で魔物に『炎上』の状態異常を与えることができている。
また一度燃え上がった炎が、魔物のHPを全て削り取る前に鎮火したこともないから、その致傷率も同じく100%。
十分な戦果を出しているので、これなら多少は胸を張ってもいい筈だ。
「えっ……? シズお姉さまは以前から、凄く役に立っておられましたが?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど。ユーリはホント、私に優しいよねえ」
「い、いえいえ。これは冗談では無くてですね?」
必死に否定しようとしてくれるユーリの優しさが、とても嬉しくて有難い。
何と言うか、本当に仲間に恵まれているな、とシズは思った。
「うおっ」
「わっ」
―――そんな話をしていると。
唐突に前後から眩い光が溢れたものだから。シズとユーリは、2人揃って小さく驚きの声を上げてしまった。
これは、レベルアップの演出だろう。
どうやら残る魔物2体を倒し終わったことで、プラムとイズミの戦闘職のレベルも『9』に成長したらしい。
「2人とも、おめでとう」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます、お姉さま、ユーリさん」
「これでまた追いつけましたね」
この『ゴブリンの巣』に登場するゴブリンは、レベルが高いぶん沢山の経験値をくれるのが嬉しい。
『魔軍侵攻』イベントが開始するまでには、ソレット村まで自力で行けるようにレベルを20以上へ成長させておきたいところだし。
当面はこの『迷宮地』に籠って、レベル上げに勤しむのが良さそうだ。
「―――シズ姉様」
「お、どうしたの? イズミ」
名前を呼ばれて、シズは彼女が居るほうへ近づく。
イズミが指差している洞窟の壁面には、明らかにここまでの道中のものとは異なる、ゴツゴツした岩肌が露出していた。
「もしかして、これが『採掘ポイント』なのでしょうか?」
「とりあえず試してみよっか」
早速シズは【鉱石採掘】の魔法を頭の中に思い浮かべる。
すると―――間違いなくこのポイントで『採掘』が行えるということが、感覚として理解できた。
「―――【鉱石採掘】」
シズが魔法を行使した瞬間、岩盤の一部が崩れ落ち、白い光になって消滅する。
同時に、結構な数の素材がシズの『インベントリ』に回収されたのが判った。
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▽【鉱石採掘】を行い、以下のアイテムを獲得しました。
砂鉄×54、銅鉱石×18、鉄鉱石×9、銀鉱石×3
硫黄×7、石英×9、粘土×22
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「おおー」
1回の【鉱石採掘】だけで、予想以上に沢山の素材が手に入りシズは驚く。
砂鉄とか粘土みたいに『鉱石』と呼んでいいのか怪しいものも少し混じっているみたいだけれど。これはこれで使い途がある素材なんだろう。
「あっ、さ、砂鉄……! ずっと欲しかったんです!」
イズミも【鉱石採掘】の魔法を行使したらしく、手に入った素材の一覧を見て、驚いている様子だった。
「そうなの?」
「はい! 刀を打つのに必要な『玉鋼』の材料なんです!」
イズミは予てより、自分で打った刀を使いたいという目標を持っていた。
だから今回その材料が手に入ったのが、よほど嬉しかったらしい。
「じゃあ私が手に入れた砂鉄は、全部イズミにあげるね」
「わあ……! ありがとうございます!」
イズミが喜んでくれるなら、この程度のことは何でも無い。
ひとつひとつアイテムの詳細を確認してみたところ、『硫黄』と『石英』、それから『粘土』の3つは錬金術でも使い途がありそうな感じだった。
というわけで、この3種を除いた全てをシズはイズミに譲渡する。
ちなみに砂鉄は1回の採掘で大量に手に入ったから、細かい素材なのかと思ったんだけれど。インベントリから取り出してみると、ひとつひとつが1~2kg程度の重さがある砂の塊で、予想以上に大きかった。
ただ、イズミの話によるとこれだけ沢山の砂鉄があっても、作成できる『玉鋼』の量はほんの僅かなものらしい。
もっと沢山欲しいようなので、この『ゴブリンの巣』を探索している間は、積極的に採掘ポイントを利用するのが良さそうだ。
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【○鉱石採掘】
MP消費:10 / 冷却時間:1800秒
採掘ポイントを利用して、素材を獲得することが出来る。
獲得素材の品質値が『3』増加する。
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現状だと1800秒に1回―――つまり30分に1回しか『採掘』を行えないのが、少し悩ましい。
これは多分、スキルのランクを成長させる毎に冷却時間が減少し、より高い頻度で採掘できるようになるんだろう。
「もっと採掘できたほうが良ければ、スキルランクを上げちゃうけど?」
「いえ、シズ姉様のお気持ちは嬉しいですが。どうせ採掘ポイントの近くに来た時しか使わないスキルなので、ランクは『1』のままで充分だと思います」
「そう?」
イズミの為になるなら、手持ちのスキルポイントを費やすぐらいは全然構わないんだけれど。イズミも当面【鉱石採掘】のスキルランクは『1』のまま伸ばすつもりが無いようだ。
……まあ、あまり頻繁に採掘できるようになると、採掘ポイントから離れて行動しづらくなりそうな気もするし。
ここへ来た主目的は『レベル上げ』なんだから。30分に1度の『採掘』だけで当面は充分かもしれない。
それからも何戦か、シズ達はゴブリンの集団と戦闘する。
新種として『ゴブリン・メイジ』という名前の、杖を持ったゴブリンも出るようになったのだけれど。だからといって、苦戦するようなことは全く無かった。
と言うのも、魔術師とい名前だけあってHPが低めらしく、シズが頭に1発撃ち込むとそれだけで即退場してしまうのだ。
魔術や魔法を使わせることなく簡単に倒せてしまえるものだから、今のところはシズ達にとって、カモ以外の何物でもなかった。
「道が分岐するようになってきましたね」
「そうだね。『マップ』の機能が無かったら、普通に迷っちゃいそう」
プレイヤーが利用できる『マップ』機能には、自分が一度通ったことのある場所が、全て自動的に記録される。
だから適当に進んでも、迷う心配がないのが本当に有難い。
……まあ、今のところ分岐は全て『左』を選んで進んでいるから、道に迷うことなんて絶対に無いわけだけれど。
「それにしても―――こうもゴブリンの顔ばかりを眺めていますと、正直ちょっと気が滅入るものがありますね」
「それは本当にそう」
ユーリがふと漏らしたつぶやきに、イズミが嘆息気味に同意する。
確かにその気持ちは、シズとしてもよく判るものがあった。
ここ『ゴブリンの巣』は、経験値的にはとても美味しいんだけれど。
同じような景色ばかりが続く地下の『迷宮地』は、どうしても森の中を散策して狩りをする時とは違い、地味にストレスが溜まるものがある。
それにゴブリンは……見た目があまりよろしくない魔物だから。
そんな魔物の相手ばかりしていると、徐々に気分が落ち込んでいくのを、意識せずにはいられないのだ。
「今日は狩りが終わったら、何か気晴らしがしたいですわね」
「それなら、またあの高級な宿に泊まる? 部屋代は私が出すけど」
気晴らしと聞いて、なんとなく最初に『お風呂』が思い浮かんだものだから。
シズがそう提案すると―――。
「よろしいのですか⁉」
「ありがとうございます、お姉さま!」
「ご褒美が待っていると判れば、やる気が出ますね!」
3人とも乗り気になってくれたことで、すぐに可決された。
実際イズミの言う通り、シズもまたこの後に楽しいものが待っていると思えば、我慢してゴブリン狩りに打ち込める気がする。
《それはもちろん『配信』して下さるんですよねェ!》
《女の子4人でくんずほぐれつの配信を期待してます!》
「ん、絶対に『配信』はしないから、安心していいよ」
《そんな~》
《横暴ですわー!》
《必要な分は見せた、ということだ……》
《続きを視聴するにはワッフルワッフルと書き込んで下さい》
妖精が抗議のコメントを読み上げるけれど、もちろんシズは取り合わない。
ユーリ達の入浴姿なんて、絶対他の誰にも見せたくないからね。
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お読み下さりありがとうございました。




