81. 迷宮地へ
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「『迷宮地』、ですか?」
―――お昼の1時を少し回った頃。
昼食を終えて再びログインしたユーリ達と合流したあと、シズは森都アクラスの中央広場で、3人に『次のレベル上げの場所』の候補としてそう提案した。
「ですがミーロ村の近くでレベルを10まで上げてからソレット村へ向かうのを、今後の方針にするというお話ではありませんでした?」
「うん、それはユーリの言う通りなんだけど。どうもソレット村が『魔軍侵攻』イベントの襲撃対象になっちゃったらしくてね……」
シズ達は以前にミーロ村の農業ギルドに勤める女性職員から、ソレット村の近辺に棲息する魔物のレベルが大体10から16程度だという話を聞いている。
だからみんなのレベルが10まで成長したらソレット村へ移動し、レベル上げの場所をその付近に移そうかという話を、ちょうど今朝した所だったのだ。
「それは―――困りましたね。襲撃対象に選ばれた場所は、付近に出没する魔物がかなり強いものに変更されるらしいですし」
「運営のアナウンスでは、レベルが20から26の魔物に変わるというお話でしたわね」
「流石にそのレベルの魔物には、まだ手が出ませんね……」
ユーリ達3人が、一様に困惑した表情を浮かべてみせた。
スケルトン達が居ることによる数の優位や、イズミの卓絶した戦闘センスを活かせば、もしかするとレベル20の魔物にも勝てたりするかもしれないけれど。
残念ながらこのゲームは、自身より格上の魔物を狩猟しても特にメリットがあるわけではないし。スキルポイントのことも考えると、むしろデメリットのほうが大きいぐらいだ。
最も好ましいのは自分達と全く同じか、もしくは少し下のレベルの魔物を狩猟すること。
更に言うなら、スケルトンの成長のこともあるので、可能な限り『自分達のレベルの半分よりは上』の魔物が望ましい。
現在シズ達の戦闘職のレベルは全員が8。
但しシズとユーリは、もう次のレベルアップ寸前のところまで経験値が貯まっており、またプラムとイズミの2人も既に5割以上は貯まっている。
ミーロ村の付近に棲息する魔物は3種類のゴブリンとグリーンスライム。魔物のレベルはゴブリンが4から6で、スライムが5。
つまり、シズ達がレベル9に成長した時点で、ミーロ村の付近に出現する魔物の半数は『自分達のレベルの半分』未満の敵となり、好ましい相手では無くなってしまう。
なので今のうちに次の狩場を考えておくのは、わりと大事なことだ。
「実は王城で話した人から、ミーロ村の南西方向に『迷宮地』があるって話を聞いたんだ。距離も近くて、村から歩いて5分ぐらいらしいよ」
ユーリ達が昼食に行っている間に、王城へ霊薬を納品に行ったことについては、既に3人に話してある。
「それで先程の『迷宮地』の話に繋がるわけですか」
「ミーロ村の南西でしたら、距離的にもまあまあ手頃ですわね」
森都アクラスからミーロ村までの道程は10km程度。
徒歩で移動すれば片道2時間以上掛かる距離だけど。手を繋いで全員で『浮遊』すれば、20分強で移動できる距離でもある。
ミーロ村から『迷宮地』まで移動する5分を加えても、森都アクラスから1時間で往復が可能だろう。
「その『迷宮地』には、どのような魔物が棲んでいるのでしょう?」
「種類としてはゴブリンが出る―――というか、ゴブリンしか出ないみたいだね。なのでそのまま『ゴブリンの巣』って名前で呼ばれてるとか」
ちなみに『迷宮地』についての話は、王城で案内してくれたあのダンディな男性から聞いたものだ。
霊薬を納品した後に少し雑談したんだけれど。その時にレベル上げに良さそうな場所を試しに訊ねてみたところ、この『ゴブリンの巣』を教えて貰えた。
「ゴブリンなら今私達が狩っている魔物ですし、丁度良いかもしれませんね」
「鉱石をよく落としてくれるので、私としてもゴブリン狩りは望むところです」
ユーリの言葉に、イズミが力強く頷きながらそう告げた。
確かにイズミの言う通り、なぜかゴブリン系の魔物は鉱石素材を頻繁にドロップするようだから。〔鍛冶職人〕の彼女からすると、都合の良い魔物だろう。
「『ゴブリンの巣』の中には鉱石を採掘できる場所もあるらしいよ」
「……‼ 是非、そこへ行きたいです! 行きましょう!」
イズミが乗り気になったことで、シズ達の行動方針が即座に決定した。
シズ達のパーティは、良くも悪くも全員が自己主張に乏しいところがあるから。誰かが「○○をしよう!」と言えば、大体それだけで行動が決まるのだ。
というわけで早速都市の南門へと向かい、身分証を提示して門を通行する。
それから4人手を繋いで『浮遊』し、森の中の交易路上を南へと飛んだ。
途中でゴブリンやスライムと2度遭遇したけれど、今回は無視する。
『浮遊』の移動速度は結構速いから、どうせ魔物に追い付かれる心配はない。
4分間『浮遊』したら一旦着地し、20秒間歩きながら焼き菓子を食べてMPの回復に努め、それから再び飛ぶ。
―――それを5セット繰り返すだけで、ミーロ村まであっさり到着した。
気心の知れた相手と会話していれば、20分経つのなんてあっという間だ。
「……なんだか物々しい雰囲気ですね?」
「そうだね……」
先週訪ねた時には、ミーロ村は牧歌的でのんびりした場所だったんだけれど。
今は村の中に武装した兵士が沢山いるせいで、ユーリの言う通りどこか物々しい雰囲気が漂っていた。
村内に居る兵士の人達は、たぶん西のソレット村に出現した強力な魔物を警戒するために、森都アクラスから派遣されて来たのかな。
侵攻予定先の付近に出現した魔物が、隣の集落まで足を伸ばしてくることがあるのかどうかは知らないけれど。
万が一、そういう事態が生じれば大惨事になる可能性も充分にあるわけだから。ソレット村の隣のミーロ村へも派兵されるのは、大いに理解できる話だ。
村が穏やかな雰囲気でなくなったのは、少し残念だけれど。
これだけ沢山の兵士の人達が居てくれるなら、住人の安全は守られるだろう。
農業ギルドの女性職員やクラミ商店の初老の店主など、この村にも少しだけ面識のある人ができたことだし。シズとしても彼らに危険が及ばないで済むなら、そのほうがずっといい。
「行きましょうか」
「そうだね」
ミーロ村を通り抜けて、シズ達は南門から外に出る。
そこから南西に針路を取り、再び森の中へと入った。
ここからは徒歩で移動しながら、話に聞いたダンジョンを探すことにしよう。
「踏み分けられた小道がありますね」
「たぶん、これが『迷宮地』まで続く道なんだろうね」
この『ゴブリンの巣』は訓練目的で、たまに王城から兵士の一隊を派遣することがあると、そのようにダンディな男性からは教わっている。
おそらくこれは、そんな兵士の人達の往来によって、自然にできあがった道なんだろう。
この小道に沿って進めば、迷わず『ゴブリンの巣』まで行けそうだ。
「シズお姉さま、ファイターが2体とアーチャーが2体です」
「ん、了解」
シズとプラムの影から、それぞれ5体ずつの赤いスケルトンが飛び出す。
前者の5体はクロスボウを携行しており、後者の5体は鎚矛と盾で武装している。
武装したスケルトンが10体も並ぶと、もう負ける気がしない。
「お任せしていいですか?」
イズミがそう問いかけた言葉に、10体のスケルトンが揃って頷く。
彼女は抜刀や納刀をするだけでMPを消費してしまう。だからスケルトンだけで問題なさそうな戦闘には参加せず、MPの消費を抑えるつもりなんだろう。
別にMPの回復にはクッキー2~3枚程度しか消費しないので、MPの節約なんて考えなくても良いのだけれど……。
少し経って4体のゴブリン達がやってくると、まず5体のスケルトン達が一斉にクロスボウを撃ち放つ。全てのボルトが正確に突き刺さったことで、2体のゴブリン・アーチャーのHPは瞬く間に吹き飛ばされ、両者とも光の粒子へと変わった。
1射目の矢を弓に番えることさえできず、あっさり倒されてしまうアーチャーの姿は、何だかちょっと可哀想にさえ思える。
残ったゴブリン・ファイター2体は、鎚矛を持った5体のスケルトン達が取り囲み、ボコボコにする。
こちらもこちらで見ていてかなり可哀想だ。倍以上の相手に囲まれれば、抵抗らしい抵抗など何も出来ないという現実がよく見て取れる。
うーん、数の暴力……。
スケルトン達の私刑により、2体のゴブリン・ファイターも光の粒子に変わった時点で、シズとユーリの身体が同時にまばゆく光って輝いた。
いつものレベルアップの演出だ。もちろんシズ達の頭の中では、ファンファーレ調の効果音も大きく鳴り響く。
「おめでとうございます!」
「おめでとう」
《流石ですわお姉さま! ユーリ様!》
《おめ!》
《社畜レベルがアップ!》
「みんなありがとー。……まあ、何もしてないんだけどね」
「そうですねえ……」
ユーリと2人で顔を見合わせて、思わず苦笑してしまう。
シズ達はただ、スケルトン達が戦う様子をのんびり眺めていただけだ。
とりあえずシズは、レベルアップで得たスキルポイントを使い、【鉱石採掘】のスキルを新たに修得する。
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【○鉱石採掘】
MP消費:10 / 冷却時間:1800秒
採掘ポイントを利用して、素材を獲得することが出来る。
獲得素材の品質値が『3』増加する。
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『ゴブリンの巣』の中には鉱石を採掘できる場所があるらしいから。このスキルを予め修得しておけば、それを見つけた時に有効活用できる筈だ。
いつも植物素材を採取する時、イズミには手伝って貰っているわけだし。今日は鉱石の採掘作業で手伝い返すことで、彼女に報いておきたい。
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お読み下さりありがとうございました。




