79. 王城探訪(前)
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午前中は森都アクラス北側の森でヒールベリーやトモロベリー、カムンハーブなどを採取しながら過ごした。
素材は幾らあっても嬉しいけれど。都市北部の森はレベル1~2の魔物しか出てこないから、経験値やスキルポイントの面ではあまり美味しくない。
もちろんスケルトン達が成長することもないので、午後からは別の所へ向かおうということになった。
一旦ゲームからログアウトして、雫は昼食の準備をする。
ゲームを遊んでいる最中は判らなかったけれど。今日は朝から引き続き、昼間も夏らしからぬ涼しさが続いているようだ。
こういう日は何だか、温かいものが恋しくなる。
(グラタンでも作ろっかな)
冷蔵庫に牛乳があるのを確認してから、雫はそう決めた。
オートミールをベースにすれば、グラタンひとつで充分な満腹感が得られるし、お腹にも良い。焼くのに10分ほど掛かるけれど、作るの自体は簡単だ。
牛乳と水を2対1で混ぜて、後はコンソメと塩で適当に調味する。
その中にオートミールと冷凍のカットタマネギを投入し、電子レンジに掛ける。
数分ほど待つと、充分に熱が通って全体的にとろみが強く仕上がる。これを耐熱のグラタン皿に均等に敷き詰めて、表面にチーズを散らす。
めんどくさいので予熱なんてしない。オーブントースターで適当に、7分ぐらい焼くことにする。それで足りなければ焼き足せば良いのだ。
(コーンスープな気分かなー)
電気ケトルにお湯を沸かして、インスタントのコーンスープを作る。
いつも通りサラダストックを取り分けて、先にスープとサラダだけをちびちびと食べていると、程なくしてグラタンが焼き上がった。
「……ん、良い感じ」
オートミールをベースに作ったグラタンは、通常のものとは風味が結構違うけれど。これはこれで、わりとアリだと思える味だ。
実は雫は、自宅に常備している割に、オートミール自体はあまり好きではない。
割とみんな、お湯で戻しただけで食べたりするらしいけれど……そういう食べ方だと、もう率直に『不味い』としか雫には思えいからだ。
それでも、グラタンにすれば美味しく食べられる。
グラタン1皿で100gも消費しないから、あまり減らないのが難点だけれど。オートミールは日持ちする食材なので消費を急ぐ必要はない。
「ごちそうさまでした」
後で楽に洗えるように、グラタン皿はぬるま湯に浸けておく。
食後の腹ごなしも兼ねて、10分ほどストレッチで軽く身体を解してから。雫は寝室でVRヘッドセットを装着してから横になり、『プレアリス・オンライン』の世界へと再び旅立った。
―――ログインした地点は、森都アクラスの北門の内側。
フレンド一覧を確認してみると、まだユーリ達は誰もログインしていなかった。
彼女達は家族と一緒に昼食を摂るだろうから、一人暮らしのシズと違い、すぐに済むようなものでもないだろう。
(そういえば、午前中は結局『配信』をしなかったね……)
今更そのことに気づき、慌ててシズは『配信』をオンにする。
どうにも、他にやることがあると忘れちゃうんだよね……。
《今日の配信きちゃー‼》
《もう12時半ですよ姐御!》
《ねぼすけさんか? ねぼすけさんなのか?》
《冷房のよく効いた部屋で二度寝したんだよね?》
「いやごめん、午前中は『配信』するのすっかり忘れてて」
《ですよね》
《いつも通りですね》
《知ってた》
《配信が無い時点で察してた》
《正直判ってて訊いたところある》
「わーお、私の信用ゼロだぁ……」
にべもない視聴者からのコメントを受けて、シズはがくりと項垂れる。
まあ、これだけ何度も『配信』を忘れていれば、そりゃ信用も落ちるよね……。
《今日は何をするん?》
「とりあえず、ユーリちゃん達がまだ昼食に行ってるからね。何するかはみんなが帰ってきてから考えるつもり」
《じゃあ生産タイムですか?》
《休日もお勤めご苦労様です!》
《暇があると会社に行かないと不安になるんですねわかります》
「社畜扱いやめて。うーん、たぶん生産するほどじゃないんだよねえ……」
視聴者と雑談しながら霊薬の生産をしていれば、何時間でも潰すことができるけれど。たぶんユーリ達はあと30分ぐらいでまたログインするだろう。
30分だけ生産するというのも駄目では無いけれど。細かい時間の使い途なら、もっと他に何かありそうだ。
《襲撃先の集落がどこかは、もう確認した?》
「あ、そういえばしてないや。神殿で確認できるんだっけ?」
そういえば『魔軍侵攻』イベントのことなんて、すっかり忘れていた。
襲撃予定先の集落付近に棲息する魔物は、強力な個体に入れ替わるらしいから。それがどこなのかは、ちゃんと把握しておいたほうが良いだろう。
《神殿か政庁で確認できるね》
《大都市なら王城でも確認できるよ》
「おー。お城は近づいたことさえないし、折角だし行ってみよっかな」
《軍需物資を募集してるから、何を必要としてるか確認するといいよ》
《納品で貢献度が稼げるよ。俺も武器納品ちょっとだけやった》
「そっか、納品ができるんだっけ」
国営施設の『錬金術師ギルド』は、普段からよく利用してるわけだし。この国に多少の恩返しぐらいはしておきたいところだ。
午前中は戦闘をイズミとスケルトン達に任せて、シズは採取しつつ霊薬の生産をひたすら行っていたから。手持ちの霊薬在庫はそれなりに補充できている。
一定量は手元に確保しておきたいけれど……。それとは別に200本ぐらいなら霊薬を納品に回しても問題無さそうだ。
森都アクラスは都市の中心部や西側が『森の都市』の雰囲気であるのに対し、海に面した都市東側は『港湾都市』らしい雰囲気の街並みとなっている。
そしてファトランド王国の城は、その2種類の街並みのちょうど中間地点あたりに聳え立つ。
都市内のどこからも見える建物だから、そこに城があることはもちろんシズも知っていたけれど。
残念ながら、都市の東側には全く用事が無いものだから。シズは城の近くに足を運んだことさえ、一度も無かった。
中央広場からのんびり5分ほど歩くと、すぐに王城の近くへと辿り着く。
王城の敷地は分厚く高い防壁で囲まれており、正面の門には20人ぐらいの衛兵の人達が歩哨に立ち、護りを固めていた。
流石は国の要人が居る場所だけあって、警護が手厚いようだ。
(こんな警備が厚いところに、入れるものなのかな……?)
いかにも『関係者以外立入禁止』な雰囲気を感じて、シズは内心でそう思う。
とはいえ、このまま突っ立っていても仕方がない。
意を決してシズは城門のすぐ近くまで向かい、衛兵の人に話しかけてみた。
「―――あの、すみません。魔物の襲撃と霊薬の納品について聞きたくて、お城を訪ねてきたのですが」
「身分証は何かお持ちですか?」
「身分証……『錬金術師ギルド』のギルドカードで構いませんか?」
「はい、構いません。確認させて頂きますね」
衛兵の人は、10秒ほど掛けてしっかりギルドカードを確認したあと。
「シズさんですね、確認致しました。どうぞお通り下さい。詳しい話は王城敷地内にいる文官を捕まえて、訊ねてみると良いでしょう」
―――拍子抜けするほど、あっさり通して貰うことができた。
こんなので、お城のセキュリティは大丈夫なんだろうか。
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