78. 赤い骸骨兵
[3]
「すみませんシズお姉さま。私達の武具にまで『鍍金』をして下さるなんて」
「私がやりたくて、やってるだけだから」
―――場所は変わって、現在地は森都アクラスの北門を出た先。
沢山のピティ達が草を食みながらのんびり過ごしている平原に、シズ達は居た。
ピティを狩る人達は普通、都市の南門か西門を出た先で狩るらしいから。北門を出た先のこの場所には、シズ達を除いて他に誰も居ない。
また都市から続く交易路も、北門を出てすぐ西側に折れてしまうから。城門から充分な距離を取れば、この平原で『錬金術』をやっていても、誰からも文句を言われることはないのだ。
「はい、弓の鍍金はこれでオッケー」
「ありがとうございます、シズお姉さま」
〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を付与してから、弓をユーリに返却する。
[敏捷]の能力値が増えると攻撃をより正確かつ素速く行えるようになり、回避能力や移動速度まで高めることができる。
攻防共に役立つ能力値だから、装備品に『[敏捷]+3』の効果を付けておくことは、どんな場合でも有効だ。
〈アルカ鍍金〉のスキルランクを『3』に上げたことで、現在は鍍金の効果が3日間持続するようになっているから。いま付与をしておけば、3連休の間はずっと効果が続いてくれるだろう。
というわけで、シズは続けてユーリのチョーカーを預り、そちらにも鍍金を施していく。
「あの、シズ姉様」
「うん? どうしたの、イズミ」
「こういうものを作ってみたのですが、みんなで付けませんか?」
そう言ってイズミが『インベントリ』から取り出したのは、僅かにくすんだ金色をした『金属製の輪っか』だった。
シズの頭をすっぽり通りそうなぐらい、大きな輪っかだけれど。この世界の防具は『大は小を兼ねる』ものだから、基本的にかなり大きめに作られる。
だから、これはおそらく―――。
「腕輪?」
「はい、青銅で作ったバングルです」
シズが問いかけた言葉に、イズミがすぐに頷いてくれた。
バングルはブレスレットの一種で、留め金が無いものを指す。
イズミが自作したバングルは、いずれも完全な環状の形をしていた。
留め金が無いぶんサイズ調整が利かないので、特にこういった環状のバングルは一般的に、あまり装着感が良いものでは無いのだけれど―――。
この世界ではサイズ調整の生産魔法を掛けて造れば、後から『寸法調整』で着用者に最も適したサイズに変えることができる。
だから現実世界よりもずっと、装着感に優れたアクセサリだと言えるだろう。
「皆でお揃いの腕輪を身に付けるというのは、なかなか素敵ですわね」
「ちなみにスケさん達の分もあります」
イズミの言葉に、周囲にいる4体のスケルトン達が嬉しそうに手を挙げた。
ちなみに現在スケルトン達は、シズから『貸与』されたクロスボウを使用して、周囲のピティを狩りまくってくれている。
〈武器強化術〉と〈機械操作〉の両方のスキルが、スケルトン達が持つ武器にも適用されるため、クロスボウから放たれるボルトの威力は非常に高い。
周囲に沢山いるピティを効率よく狩猟してくれるので、ここに居るだけでピティの素材がシズ達のインベントリにどんどん回収され、増えていく。
もちろんシズは錬金特性も吸収出来るから、二重の意味で美味しい。
1回ごとに〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を『5つ』も消費する鍍金作業を、何度も繰り返しやっている最中だというのに。シズが持つ〔敏捷増強Ⅰ〕の特性個数は、減るどころか増えていくばかりだった。
「最近は特性の消費が多かったから助かる……。スケさん達、ありがとうー」
シズがそうお礼を告げると、スケルトン達が再び手を挙げて応えてくれた。
嬉しそうに反応を返してくれるのが、とても人間くさく思えて。(やっぱりプレイヤーが操作しているのでは?)と、シズは例によって疑念を深めたりする。
「……あれ? なんだか数が多くない?」
順々に鍍金を施していたシズは、9個目のバングルを手に取った瞬間に、ふと気付いて疑問を口にする。
バングルの数は、ここに居る全員―――シズ達4人とスケルトン4体、合わせて8個あれば足りるはずなのだ。
なのにバングルはあと4個も用意されていて、流石に数が多すぎると思えた。
「プラムからあと4体スケさんを増やすと聞いたので、多めに作ったんです」
「あ、なるほど。そういうことなんだね」
それならバングルが全部で12個あることにも、納得がいく。
以前にプラムから、スケルトンは〈骸骨兵生成〉というスキルのランクと同じ数だけ生成できると聞いたことがある。
だからスケルトンを4体から一気に倍の8体まで増やせるというのは、プラムがスキルランクを一気に『8』まで成長させたことを意味する。
随分思い切ったスキル振りをするものだ、とシズは内心で感嘆した。
「では、早速生成してしまいましょう。すみませんが、お姉さま―――」
「判ってる。MPの回復は任せてね」
「ありがとうございます」
〔死霊術師〕が作り出すアンデッドは一度生成してしまえば維持にはMPを全く消費しないんだけれど。代わりに生成時には大量のMPを消費する。
だから新しく4体も生成するなら、途中でMPの補充は必須と言っていい。
というわけで、プラムが〈骸骨兵生成〉を行う度にイチゴジャムクッキーを数枚食べて、シズはすぐに彼女のMPを回復させる。
「流石に8体も並ぶと壮観ですね……」
4体の生成が完了し、全部で8体並んだスケルトン達を前にして。ユーリが静かにそう感想を口にした。
スケルトンの一般的な大人と同じぐらいの体躯があるから、シズ達よりはずっと大きい。それが8体も並んでいると、ちょっとした迫力さえ感じられる。
「お姉さま。よろしければ新しく生成したスケルトン達は、お姉さまにお預けしたいと考えているのですが、いかがでしょう?」
「……預ける?」
プラムの言葉の意味が判らず、シズは首を傾げてしまう。
「私の手元にでは無く、常にお姉さまの傍に置いておきたいと思いまして」
「……そんなこと、できるの?」
「わたくしも最近〔死霊術師〕の職業掲示板を見て知ったのですが、吸血種が生成したアンデッドなら、その『主』の影にも入れるのだとか」
プラムの言う主とは、つまりシズのことだ。
『血の盟約』を交わしたことで、彼女とは既に主従関係が成立している。
プラムは普段、生成したスケルトン達を自分の影の中に格納しているわけだけれど。同じことがプラムの主であるシズにもできるらしい。
「お姉さまが1人で採取に行かれることもあるでしょうし。そういう時に、いつでも呼び出せる護衛のスケさん達が居たら、便利だと思いませんか?」
「それは、確かに……」
シズも〔操具師〕の能力を活かせば、単身でも戦えないわけではないけれど。
とはいえ、魔物と遭遇する度にいちいち相手をしていては、あまり採取のほうに専念できないという事情もある。
確かに―――プラムの言う通り、スケルトン達が護衛に付いてくれるなら、それはシズにとって非常に有難いことだった。
「今回に限らず、わたくしが生成するアンデッドの半数は、お姉さまに預けさせて頂きたいと思うのですがいかがでしょう?」
「私としてはメリットしかない話だから、有難いけれど……。別にそこまで献身的に尽くしてくれなくてもいいんだよ?」
「―――あ、いえ。もちろんお姉さまにも利益がある話だとは思っておりますが。正直を申しまして、わたくしひとりの資金でスケさん達の装備を全て賄うのは、辛いというのもありまして……」
「な、なるほど」
つまりプラムは、生成したアンデッドの半数をシズに預ける代わりに、その装備についてはシズが負担して欲しいと考えているらしい。
「別にそんなことしなくても、プラムにおねだりされれば、私はお金なんて幾らでも出しちゃうのに」
プラムに限った話でも無く。ユーリやイズミにおねだりされた場合でも同様に、シズは資金の足りる限り幾らでも出すだろう。
その程度のことに躊躇いを覚えない程度には、シズだって彼女達のことを、違いなく愛しているのだから。
「ふふ♥ お姉さまがそう言って下さるのは嬉しいのですが。やっぱりお姉さまのお役に立ちたいという気持ちも、私の中で大きいものですので」
「……そう言われたら、拒めないなあ」
そんな嬉しいことをプラムに言われれば、断れる筈もない。
有難くシズは、プラムの手によって新しく生成された4体のスケルトン達を、預からせて貰うことにした。
試しにシズが、自分の『影に入る』ようにお願いしてみると。
スケルトン達は即座にシズの影の中へ飛び込み、その姿が全く見えなくなった。
どうやら本当に、シズの影の中へも彼らは出入りできるらしい。
「スケさんが8体も生成できるということは、プラムちゃんは【骸骨兵生成】のスキルランクを『8』まで上げたということですよね?」
「ええ、ユーリさんの想像通りですわ」
「そこまでランクを上げたなら、スキルポイントがまだ余っているようでしたら、もうランクを最大の『10』まで上げてしまった方が良いかもしれません。
最大まで上げると『スキルマスター』になって、そのスキルに追加の効果が発現するみたいですので」
「あ、それは確かにそうかも」
ユーリの言葉に、シズも頷く。
最大ランクまで上げた際に得られる追加の効果は、結構強力なものであることが多い気がするし。それに初めてランク『10』のスキルを作った時には、確か実績が手に入って、その報酬でスキルポイントが『100』貰えた筈だ。
そのことをシズが伝えると、「それならすぐにランクを上げますわ!」とプラムは嬉しそうに答えてみせた。
どうやらランク『10』まで上げる分のスキルポイント自体は、既に持っていたらしい。
「すみませんが、お姉さま」
「ん、判ってる」
「ありがとうございます♥」
シズからMPの補給を受けつつ、プラムは追加で2体のスケルトンを生成する。
生成されたスケルトン達は、なんとその骨が赤かった。
白い骸骨兵から赤い骸骨兵へと、姿が大きく変貌していたのだ。
―――というか、気付けばプラムの傍に居るスケルトン達もまた、いつの間にか身体の骨が『赤い』ものへと変わっている。
試しにシズの影に格納していたスケルトン達を出してみると、彼らの身体もまた同様に『赤い』骨に変わっていた。
「ず、随分と、イメチェンされたのですね……」
ユーリの口から漏れ出たその言葉に、思わずシズは軽く吹き出してしまう。
身体を真っ赤に染めるなんて、随分大胆なイメチェンもあったものだ。
「ゲームだと、赤いスケルトンは白いスケルトンより強いことが多いですね」
「そうなんだ?」
「はい。RPGとかだと、そういうことが多い気がします」
「なるほどねー」
イズミが教えてくれた言葉を聞いて、シズは納得する。
スケルトン達が『赤く』なったのは、おそらくプラムがスキルランクを『10』に上げたことで、何かしらの強化が適用されたからなのだろう。
このゲームでは、関係が『親しい友達』以上に設定されているフレンドのスキルなら、いつでも閲覧することができる。
もちろん『恋人』であるプラムのスキルも見ることができるので、早速シズはその詳細を確認させて貰うことにした。
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〈☆骸骨兵生成Ⅹ〉
MP50と生体エッセンス10を消費して、スケルトンを生成する。
生成されたスケルトンは術者に等しいレベルを持つ。
同時に生成しておけるスケルトンは最大で『10』体まで。
スケルトンは殆どの武器を扱うことができ、一定の知能もある。
スケルトンはHPが0以下になると頭蓋骨を残して消滅する。
頭蓋骨を影の中へ収納すれば、5分後に自動復活する。
スケルトンは自身のレベルの半分より強い魔物を討伐すると
相手の最も高い能力値を『1』点だけ自分のものに吸収できる。
最大で主のレベルと同じ数値まで各能力値を高められるが、
この蓄積はスケルトンが倒されると50%失われる。
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スケルトンが倒されても影の中に頭蓋骨を入れておけば勝手に復活することは、既にプラムから聞いてシズも知っていた。
なのでランクを『10』に上げたことで追加された効果は、そちらではなく。末尾に書かれている3行分のほうだと見て間違いないだろう。
身体が『赤く』なったスケルトン達は、魔物を倒すことで自身の能力値を強化することができるようになったらしい。
魔物から倒されることがあれば、一気に半分を失うようだけれど。逆に言えば、倒されない限りは堅実に『1』点ずつ、どこまでも能力値を高めていくことができるようだ。
これは、結構大きな効果なんじゃないだろうか。
スケルトンは簡単に復活できるから、本来は使い捨て感覚で運用するものかもしれないけれど。実は[強靭]が高くて結構タフなので、小まめに回復してあげればそうそう倒されるものではない。
シズが菓子を食べればスケルトン達も一緒に回復できるから、このパーティとは相性の良い能力のように思えた。
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お読み下さりありがとうございました。




