77. サラさんは有能可愛い
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シズを『大事な客分』だと宣言した大柄な男性はゴーリキという人で、この掃討者ギルドの長らしい。
その人はシズに挨拶と短い会話だけをしたあと、会合があるとかですぐに居なくなってしまったけれど。詳しい話は代わりに、副ギルドマスターのサラという女性が丁寧に説明してくれた。
「えっと―――つまり、私は掃討者ギルドの片隅を借りて、好きに商売をやらせて貰えば良いわけですね?」
「はい。最低限、武器や防具などへの『鍍金』は受け付けて頂きますが、それ以外にも商いたい商品などがありましたら、ここに滞在している間は掃討者を相手に、何でも自由に販売して頂いて構いません」
サラは眼鏡を掛けた、いかにも理知的な雰囲気を漂わせた女性で、とても判りやすく説明してくれるのでシズとしては有難かった。
年齢はシズと同じぐらいに見えるけれど……。ユーリと同じく、頭部の左右から尖った耳が飛び出ていることから察するに、サラは『森林種』なのだろう。
森林種は非常に長命な種族で、そのぶん非常に成長が遅く、また老いにくいらしいから。多分シズよりもずっと年上の人なのだと思う。
「霊薬の販売をして良いというのは、とても嬉しいです。売上からどのぐらいを、掃討者ギルドに支払えば良いんでしょうか?」
「ああ、いえ―――いわゆる場所代のようなものを納めて頂く必要は、一切ありません。『鍍金』の売上も商品の売上も、そのまま全てお持ち下さい」
「……それは条件が良過ぎませんか?」
サラの言葉に、シズは驚きながら問い返した。
霊薬を『錬金術師ギルド』の販売店に預ければ、その売り上げから3割が手数料としてギルドに徴収されることになる。
こちらでは商品を自分の手で売る必要があるだろうから、そのぶん徴収額が3割よりも幾らか安ければ嬉しいなとは、シズも期待していたけれど―――。
「それだけ、我々としても腕の良い〔錬金術師〕の方に滞在して頂けると、利益があるということですね。『鍍金』は多くの掃討者にとって、決して小さくない助けになるものですから」
「腕が良いかどうかは自信が無いのですが……」
「ご謙遜を。ナディアが推薦する職人に、間違いなんてありませんよ」
そう告げて、サラは僅かに目を細めてみせた。
どうやら彼女は『錬金術師ギルド』のナディアと既に面識があり、しかも随分と信頼を置いているらしい。
「この『掃討者ギルド』で職人として商売をなさる時には、窓口で一声掛けるか、もしくは適当なギルド職員を捕まえてその旨をお伝え下さい。
シズさんがここに滞在なさっている間はギルド職員を1名補助に付けますので、販売する商品がありましたら、その者に売り子をさせると良いと思います」
「い、いやいや、悪いですよ。そこは自分の手で売りますから」
「いえ。シズさんは『鍍金』の仕事を受注される度に『工房』へ籠ることになると思いますから。販売は別の者に任せた方が賢明かと存じます」
「う……。それは、そうかも……」
霊薬は小物の割に、まあまあ単価が高めの商品だ。
『掃討者ギルド』の施設内で悪事を働こうと思う人なんて、そうそう居ないだろうけれど。それでもシズが『工房』に籠って店番がおらず、その場に広げた商品が置きっぱなしになっていたら、盗もうと思う人も出るかもしれない。
かといって『工房』に籠るたびに、商品を全て『インベントリ』に回収するのも手間だし……。確かにサラの言う通り、販売を手伝ってくれる人が1人居てくれると、非常に有難いのは間違いなかった。
「せめて、その職員の人には謝礼金を払っても良いですか?」
「絶対に駄目とは申しませんが……。シズさんの手伝いをしている間も、職員にはギルドから普通に給料が出ますので、無用かと」
「まあ、そうですよね……」
「とりあえず、本日は私がシズさんのサポートに付かせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
「え。副ギルドマスターのサラさんに手伝って貰うのは、流石に悪いですよ……」
「いえ。正直を申し上げて〔錬金術師〕の方の仕事に興味がありまして。シズさんが作られた霊薬などを、販売する傍らに近くで見てみたいのです」
「そ、そうですか……」
実際に好奇心が浮かんだ目を向けながら、そう言われては拒めない。
サラが『工房』の個室がある近くに、そこそこ大きめのテーブルを1つ用意してくれたので。有難くシズは手持ちの霊薬を商品として陳列させてもらう。
何も特性を注入していない『ベリーポーション』と『メランポーション』、『アンチドート』と『マカポーション』の4つを正面側に並べ、奥側に特性を注入した霊薬類も並べていく。
サラが紙片を用意してくれたので、それで作った値札も併せて設置した。
「これは、驚きました。まさか『マカポーション』まであるとは……。シズさんは本当に腕利きの〔錬金術師〕なのですね」
「ど、どうでしょう……」
微かに頬が熱くなり、シズはそっとサラから視線を逸らす。
初対面の人から真っ直ぐに褒められるのは、嬉しいけれど照れくさい。
ましてそれが綺麗な女性からなら、シズにとっては猶更だ。
(愛想はあんまりないけれど、サラさん超美形なんだよなあ……)
顔立ちの端整さがハンパ無いし、しかも声が超可愛らしいのだ。
まん丸眼鏡が、彼女の印象をだいぶ理知的な方向に寄せてしまっているけれど。たぶん眼鏡を掛けていなかったら、尋常でなくモテると思う。
「……あ、あの。あんまり見つめられると、恥ずかしいのですが」
ほんの僅かに顔を赤らめて、そう告げるサラ。
ちょっと照れた様子もまた大変に可愛らしくて、心がときめいた。
それからシズはサラと相談して、霊薬を販売する値段を決める。
概ね『錬金術師ギルド』の販売店で売られる価格より、気持ち高めに設定した。
「すまない、もう『鍍金』は受け付けているのかな?」
サラと会話していると、赤毛の男性がそう話しかけて来た。
とても立派な体躯をしていて、背中に巨大な剣を担いでいる。いかにもベテランの掃討者らしい風格がある男性だった。
「あ、はい。持続時間は3日間ですが、構いませんか?」
「それだけ持つなら十分だ。かなり重い剣なんだが持てるか?」
背中から下ろした巨大な剣を、男性がシズの側へと差し出してくる。
数十kgはありそうなそれをシズが軽々と受け取ると。こちらを見ていた人達が結構居たのか、ホールの中から驚きの声が上がった。
「お、おお……。そんなに簡単に持ち上げてみせるとは」
「私は〔操具師〕なので、武具の重さを殆ど感じないんです」
「ああ―――なるほど。そういうことか」
シズの回答を聞いて、赤毛の男性が得心したように頷く。
そうでもなければ、シズの[筋力]ではまず持ち上がらなかっただろう。
「君はどういった特性を付与できるのかな?」
この男性は『鍍金』について、既にある程度は知悉しているようだ。
説明するまでもなく特性を訊ねてきてくれるので、対応がとても楽だ。
「能力値を増やすものは[筋力]と[強靱]、[敏捷]と[加護]がいけますね。他には〔生命回復〕と〔移動速度向上〕、〔物理耐性〕と〔毒属性〕も可能です」
「〔物理耐性〕ができるなら、それを是非頼みたいな。お代は幾らだい?」
「……幾らぐらいが相場なんでしょう?」
そういえば霊薬のほうはともかく、『鍍金』の値段については何も考えていなかった。
シズの側から逆に問い返されたことに、赤毛の男性は一瞬驚いたあと、愉快そうに笑ってみせて。一般的な相場について教えてくれた。
『ランクⅠ』特性の鍍金だと、持続日数×300gitaが最低相場らしい。
とはいえ、これは様々な条件で上下するから、あまり参考にはならないようだ。
有用性が高く充分に需要が見込める特性や、入手性に難がある特性などは、それこそ2倍以上の金額になってもおかしくはない。
また5日以上持続するような鍍金なども、その価値を評価されて、金額が大きく跳ね上がるようだ。
とりあえず今日のところは初日価格と言うことで、概ね『500gita』で受け付けることにした。
但し〔生命回復〕の特性は霊薬用にある程度確保しておきたいので、これだけは2倍の『1000gita』に設定する。
「じゃあ一旦、剣を預かりますね」
「頼むよ」
巨大な剣を携えて、シズは『工房』の室内へと入る。
『工房』は錬金術師ギルドのものより倍ぐらい広かった。また、室内に備え付けてある机も、部屋の広さに合わせて倍ぐらいの大きさがある。
おそらくこれは、この工房が主に『鍍金』を行うための場所だからだろう。
いまシズが持っている巨大な剣もそうだけど。大型の武器を持ち込むためには、『工房』にそれなりの広さが求められるからだ。
(長い間使ってなかった、という話だけれど……)
『工房』の中はとても清潔で、埃っぽさなどは全く感じられない。
普段からこの部屋も、ギルド職員の人達がしっかり清掃しているんだろう。
机の上に巨大な剣を置いてから、シズは早速〈アルカ鍍金〉に取り掛かる。
作業として難しいことは何も無い。鍍金は対象物が大きくても小さくても、難易度や手間が殆ど変わらないからだ。
巨大な剣の表面を『魔力の膜』で被覆する。
それから魔力の中に錬金特性を注入して、全体に浸透させていく。
(……あれ?)
以前は1回の〈アルカ鍍金〉で消費する錬金特性は『3個』だった筈だ。
ところが―――今回は〔物理耐性Ⅰ〕の錬金特性を『5個』も消費した。
〈アルカ鍍金〉のスキルランクが成長すると、持続日数が伸びるけれど。その代わりに錬金特性の消費個数が増えるってことなんだろうか。
とはいえ、特性を3個消費して1日だけ持続するより、5個消費して3日間持続する方が、効率面で優れるのは言うまでもない。
鍍金を施す作業には4分ぐらいを要した。
以前は5分掛かっていたから1分短縮できたことになる。[敏捷]と[知恵]が成長した効果が出ているようだ。
『工房』から出ると、その場に沢山の人が集まっていてとても驚かされた。
爆破にも耐えられる造りの『工房』は防音性が高い。だから中に居ると気付かなかったんだけれど……。どうやら霊薬を買い求めて沢山の人がテーブル付近に集まって来ているようだ。
「わ、ごめんサラさん。対応をお任せしちゃって」
「いえ、この程度は何の問題もありません」
テーブルの周りには、ざっと見ただけでも20人ぐらいの人達が群がっている。
これだけの人数を相手にしても、サラは問題無く接客を行い、それぞれの会計を手早く済ませているようだ。
流石は副ギルドマスターを務めるだけあって、手際の良さが凄い。
これなら確かに、彼女ひとりでも何の問題も無さそうだ。
「確認して貰えますか」
「もう出来たのか、早いな……」
接客はサラに任せて、シズは赤毛の男性に武器を返却する。
男性は暫く巨大な剣をまじまじと見つめた後、満足げに頷いてみせた。
「うん、申し分ない出来だ。また次回も是非、君にお願いしたいね」
「タイミングが合えば大歓迎です」
満足して貰えたようで、シズはほっと胸を撫で下ろす。
初めてのお客さんだから、それなりに緊張はしていたのだ。
それからも販売はサラに任せて、シズは『鍍金』の注文を引き受けていく。
5件ほど鍍金をこなす間に、霊薬はもうあらかた売り切れて。10件を数えない内に、テーブルの上から全ての霊薬が消滅した。
どうやら高騰している市場価格に較べ、かなり安めの値段で霊薬を販売したことが、掃討者の購買意欲を大いに焚きつけたようだ。
もちろん完売にまで至れたのは、客を高速で捌いてくれるサラが居てくれたことも大きい。
霊薬の在庫はまだまだインベントリなどに沢山入っているけれど……。とりあえず今日のところは、これだけ売れれば十分だろう。
あんまりサラを店番として酷使するのも、ちょっと申し訳ないしね。
「ありがとうございます、シズさん。お陰で霊薬価格の高騰にも、多少の歯止めが掛かると思います」
「こちらこそ店番をありがとうございました。価格高騰の歯止めですか……こんなことで影響ありますかね?」
「ありますよ。霊薬を一番必要とする掃討者に、直接販売しているのですから」
サラが言うには―――市場価格の是正には、間に商人を介さず必要な人の手まで届けることが、何より効果的らしい。
商人は売れる範囲内で、最も高く商品を売り抜けようとするから。彼らに霊薬を渡しても、却って価格高騰を加速させることさえあるんだとか。
「商人は『掃討者ギルド』へ霊薬を買い付けに来たりはしませんからね。シズさんが今後もここで、掃討者へ直接霊薬を商って下されば、市場価格は少しずつ妥当なものへと修正されていくでしょう」
「えっと……とりあえず、また沢山作っておきます」
「是非ともよろしくお願い致します」
ちなみに、掃討者に最も人気があったのは、錬金特性を注入していない『ベリーポーション』だった。
普段『配信』視聴者の反応を見ている限りだと、プレイヤーの人達は錬金特性が注入された、追加効果がある霊薬のほうが良いと感じるようだけれど。
一方で『星白』の人達にとっては、霊薬を安価で購入できることのほうが、ずっと重要性が高いようだ。
どうして需要傾向が異なるのかは判らないけれど……。錬金特性を消費しないでいいなら、霊薬を沢山調合するのはさして手間でもない。
やろうと思えば、戦闘中に霊薬の量産を行うことだって可能だしね。
―――それからもシズは、1時間ほど『鍍金』の受注を続けた。
何年も出向する〔錬金術師〕が居なかったせいか、そもそも『鍍金』について何も知らない掃討者の人達も多いようだけれど。
いかにもベテランといった風格のある人達は、昔を知っているからなのか、積極的にシズへ注文を出してくれることが多かった。
このぐらい注文が貰えるなら、〈アルカ鍍金〉のスキルランクを更に伸ばして、より長い日数効果を持続させるのもいいかもしれない。
あと……『鎧』への鍍金は、次回からはもう受けないことにしようと思う。
これに関しては、どうしても耐えられないので許して欲しい。男性の汗の臭いが染みついた鎧と一緒に『工房』に4分間籠るのは、結構辛いものがあった……。
あ、女性の鎧ならわりと歓迎です。
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お読み下さりありがとうございました。




