76. 錬金術師としての出向
「……あら? シズちゃんって、もしかして『アルカ鍍金』ができたりする?」
「あ、はい。よく判りましたね?」
不意にナディアからそう問われて、内心でシズは小さく驚く。
『プレアリス・オンライン』では『親しい友達』以上の関係に設定したフレンドでも無い限り、他人が何のスキルを有しているかは普通、判らないものだからだ。
……まあ『配信』をやっている時は、視聴者からはシズのステータスやスキルが丸見えになっているらしいけれど。
ナディアは『星白』だから、まさかシズの『配信』を視聴していることも無いだろう。
「シズちゃんが着ている鎧のことを視てみたら、『[敏捷]+3』の鍍金が付いてるのが判ったからね~」
「ああ―――なるほど」
そう言われて、シズもすぐに納得する。
確かに、鍍金が施された装備品を〔錬金術師〕が身に付けていたら、本人が付与したものと考えるのが自然だ。
「ちなみに〈アルカ鍍金〉のスキルランクって、いま幾つかしら?」
「まだ『1』ですねー。ポイントはあるので、伸ばそうと思えば伸ばせますけど」
「ふむふむ。成功率はどのぐらいかしらぁ?」
「今のところ『100%』ですね」
「―――あら! 凄いじゃない!」
ぽん、と両手を打ち鳴らして。ナディアが嬉しそうに賞賛してくれた。
綺麗なお姉さんから褒めて貰えるのは、シズとしても悪い気はしない。
「ねえ、シズちゃん。『鍍金』を商売にしてみる気は無いかしら?」
「商売……ですか?」
「ええ。流石に1日だとちょっと短すぎるけれど。そうね―――3日も付与効果が持つようなら、その鍍金には需要があると思わない?」
「それは『掃討者』の人達に、という意味ですか?」
「ええ、その通りよ」
シズが挙げた『掃討者』とは、魔物を狩ることを生業とする人達の事だ。
日常的に魔物相手に命の遣り取りをしている人達は、能力値が3点増える程度の付与であっても、その効果を決して軽視などしないだろう。
僅かな能力の差が、生死を分けることがあると知っているのだから。
「シズちゃんは掃討者ギルドには行ったことあるかしら?」
「あ、はい。既にギルドカードも持っていますよ」
シズが『インベントリ』から掃討者ギルドのカードを取り出してみせると。
それを見て、ナディアは嬉しそうに頬を緩めてみせた。
「うふふ、流石はシズちゃんね」
「そもそも私に以前、掃討者ギルドへ加入するよう勧めたのは、ナディアさんじゃないですか」
「あらぁ、そうだったかしら?」
シズの言葉を受けて、くすくすとナディアが可笑しそうに笑ってみせる。
忘れもしない。このゲームを開始した当初に、お金を稼ぐ方法として掃討者ギルドに加入して『討伐クエスト』を行うよう勧めてくれたのは、他でもない目の前の彼女だ。
「実は掃討者ギルドの施設内には、錬金術師用の『工房』が1部屋あるんだけど。シズちゃんはそのことを知っているかしら?」
「え、そうなんですか? 初耳です。全然知りませんでした」
「まあ、そうよねえ。もう何年も使っていないハズだし」
無理もないわね―――と小さく呟いてから、ナディアは言葉を続ける。
「数年ほど前まではね、掃討者ギルドに手が空いている錬金術師の職人が出向していることも、結構少なく無かったのよ」
「……もしかして、掃討者の装備に『鍍金』を施すために、ですか?」
「ええ、その通りよ。他にも掃討者の人から求められた霊薬を、その場で調合して売ってあげることもよくあったみたいね」
「なるほど……」
都市の中で錬金術が行えるのは、『工房』と『自宅』の中だけに限られる。
だから鍍金にせよ霊薬の調合にせよ、掃討者ギルドの中で注文に応じて仕事をするためには、現地に『工房』が必要となるわけだ。
「―――というわけで、はいコレ」
さらさらと、ナディアは慣れた手つきで何かの書面に記入した後、それをシズのほうへと手渡してきた。
見てみると、書面の一番上には『職人推薦状』と書かれている。
「その書面を掃討者ギルドの窓口に提出すれば、あっちに滞在して〔錬金術師〕の仕事ができると思うから。良かったら検討してみて貰えないかしら?」
「は、はあ」
それからシズは、ナディアの口から色々と詳しい話を聞かされる。
要はシズに、たまに『掃討者ギルド』へ出向して、現地の掃討者の要望に応じて武具に『鍍金』を施したり、霊薬の調合を行って欲しいらしい。
但し『出向』とは言っても、そこに制約は何も附随しない。シズはいつでも都合の良い時だけ『掃討者ギルド』で働いてくれれば構わないし、気分が乗らなければ殆ど行かなくても別に構わないそうだ。
現在『錬金術師ギルド』には、シズを除いて『鍍金』を行う職人が誰も居ない。
いや、正確には―――行うことができる職人自体は、10人ぐらい居るらしいのだけれど。いずれの職人も『100%』の成功率で行えるわけではないので、誰もやりたがらないそうだ。
シズ以外の『鍍金』が行える職人は、いずれも『星白』らしいから。失敗すれば90日を失うリスクがあるなら、それは当然の判断だろう。
「これ以上の詳しい話は、『掃討者ギルド』の職員にでも聞いてみてちょうだい。あちらからすれば、掃討者へ積極的に協力してくれる〔錬金術師〕なんて、喉から手が出るほど欲しい相手だもの。親切にされこそすれ、邪険に扱われることなんて絶対に無い筈だから」
「は、はあ……」
正直を言えば、いまいち得心がいかない部分もあるけれど。
とはいえ、普段からナディアにはとても世話になっているから。
彼女が『掃討者ギルド』への協力を望むなら、シズに否やは無かった。
―――というわけで。
受け取った書面を『インベントリ』に収納して、シズは早速『掃討者ギルド』を訪ねてみることにした。
こういう何だか面倒そうなことは、下手に後回しにはしたくない。
そんなことをすれば後で向き合うのが、余計に億劫になるだけだからね。
『錬金術師ギルド』と『掃討者ギルド』は、どちらも森都アクラスの中心近くにある。だから施設間の移動には、さして時間も掛からない。
とりあえずシズは、短い移動時間の間に〈アルカ鍍金〉のスキルランクを『3』まで成長させてみた。
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〈☆アルカ鍍金Ⅲ〉
錬金特性を消費して装備品に一時的な特殊効果を付与する。
装備品毎に錬金特性を1つだけ付与することができる。
付与した特殊効果は『72時間』経過後に自動的に効果を失う。
鍍金の成功率が『3%』向上する。
+----+
これで『鍍金』の持続時間が72時間、つまり3日まで延長された。
一度の付与で3日間持つなら、一定の需要はあるだろう。
到着した『掃討者ギルド』の中は、結構な人数で賑わいだった。
朝方は『討伐クエスト』を受領するために掃討者ギルドを訪れる人が多いので、この混雑はシズにも想定できていたことだ。
混雑していると言っても、『討伐クエスト』を受けるだけなら掲示板に貼り出されているクエストの依頼票を確認して、『受領する』意志を明確にすれば良いだけなので、窓口で手続きをする必要はない。
そのため、ホール内全体としては混雑していても、窓口カウンターのほうは閑散としており、職員の人達はどの人も暇そうにしていた。
その窓口のひとつに立ち、シズは職員の人に声を掛ける。
「すみません」
「あら―――あなたは確か、シズさんでしたね。討伐の報告ですか?」
名前はまだ知らないけれど、何度か会話したことがある職員の人だ。
どうやら相手はシズのことを、なんとなくだけれど覚えているらしい。
これなら話が早く済みそうだ。
「すみません『錬金術師ギルド』から、この書面を提示するように言われて来たのですが」
「ふむ、何でしょう。拝見させて頂きますね?」
シズが手渡した書面を、ギルド職員のお姉さんは暫く確認して。
それから―――随分と狼狽した様子で、ガタンと勢いよく席から立ち上がった。
「し、少々お待ち下さい! ―――マスター! ギルドマスター! 大変です! 錬金術師ギルドから、久しぶりに職人が派遣されて来ました!」
職員のお姉さんは大声でそう叫びながら、掃討者ギルドの奥に走って行った。
取り残されたシズは、予想外の反応にただ、ぽかんとするばかりだ。
数秒ほどの間があってから―――周囲の掃討者やギルド職員の人達から、何だか訝しいものを見るような、不躾な視線が一斉に投げかけられてくる。
針の筵、という単語がシズの頭の中をよぎった。
(帰ってもいいかなあ……?)
早くも『掃討者ギルド』へ来たことを、シズが後悔し始めていると―――。
カウンターの奥にある扉が、バンッ! と叩き付けられるように開かれて。
その奥から、筋骨隆々にして身長2mはあろうかという、むくつけき男性が姿を見せて、のっしのっしと闊歩しながらシズの傍まで近寄ってきた。
「……なあ、嬢ちゃん。アンタが『錬金術師ギルド』から派遣されて来てくれた、職人だってのは本当か?」
「そうですが、何か……?」
「……! 本当だな⁉ 信じていいんだな⁉」
そう問いかけながら、ずいっと、大柄な男性が厳めしい顔を近づけてくる。
ちょっと怖いので、できればやめて頂きたい。あとヒゲが濃すぎる。
「こんなことで嘘なんかつかないよ……」
「おい、てめェら! この〔錬金術師〕の嬢ちゃんは今日から『掃討者ギルド』の大事な客分だ! 今ここに居ないヤツらにも、しっかり周知しとけ! いいな!」
「………………えぇ?」
大柄な男性がそう宣言すると同時に、掃討者ギルドの中が俄に沸き立つ。
いまいち状況が理解できないシズは、やっぱりぽかんとしながら、ただその場に佇むことしかできなかった。
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お読み下さりありがとうございました。
 




