75. 『魔軍侵攻』イベントの予告
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翌日、雫はいつもどおり午前6時半頃に目を覚ました。
休日だからアラームはセットしていないのだけれど、平日と同じで大体この時間には自然と目が覚めてしまうことが多い。
(ちょっと肌寒いな……)
雫は睡眠中にも軽めに冷房を掛けていることが多いのだけれど。どうやら今朝は7月も半ばの割に外気温が低いらしく、冷房も相俟って自室が軽く肌寒い。
もちろん冷房はすぐに切るけれど、それで身体の冷えが取れるわけではない。
こういう時は、まず身体に熱を充分に行き渡らせるのが良さそうだ。
そう思った雫は、洗面台で顔を洗った後に洗口液で口の中を濯ぎ、軽くだけ髪の状態も整えて、それから学校のジャージに着替えて家の外へと出た。
それから近所を軽くジョギングして身体を温める。
夏場でもこの時間は涼しいことが多いし、特に今日は普段よりも気温が低いようだから。走る上での不快感は全くない。
適度に汗が出てきた辺りで自宅へと戻り、温めのシャワーで汗を流した。
身体がほどほどに冷めたところで、朝食を作り始める。
と言っても運動後なので、あまり手のこんだものは作りたくない。
ちょうど昨日スーパーで購入したレモンがあったので、これを使うことにした。
トーストにバターを薄く塗り、その上にはちみつを塗る。
その上にカットした輪切りのレモンを並べてから、トースターで焼く。
要は『はちみつレモン』をトーストの上に乗せただけのものだ。
これなら手軽に作れるし、運動後のエネルギー回復にも寄与するだろう。
いつも通りサラダストックとスープの準備を済ませて、焼き上がったトーストと一緒に美味しく頂く。
少し行儀が悪い行為だとは自覚しつつも、食事を摂りながらスマホを操作して、雫は『プレアリス・オンライン』の公式サイトをチェックする。
すると、今週もゲームにアップデートが加えられたことが告知されていた。
オンラインゲームのアップデートというのは、妙に頻度が高くて忙しない。
精力的に運営されていることが判るという意味では、嬉しくもあるけれどね。
今回も『詳しいアップデート内容はコチラ』とリンクが貼られていたので、雫は早速それをクリックして、ページを表示させてみた。
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【2046年7月14日のアップデート内容】
・天擁神殿で『簡易転移門』の販売が開始されました。
自宅の庭など、占有許可がある屋外の土地にのみ設置できます。
簡易転移門は設置者自身、または設置者と『親しい友人』以上の
関係にあるプレイヤーだけが利用可能です。
・掃討者ギルドで『結界石』の販売が開始されました。
使用すると魔物が侵入できない狭いエリアを作り出すことができ、
都市や村落の外でも安全に休憩やログアウトが行えます。
但し『迷宮地』の中では使用できません。
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・7月16日は『海の日』です!
全てのプレイヤーのインベントリに水着が配布されます。
また当日中は近海や沿岸部に魔物が一切出現しなくなります。
・当日は海で泳ぐことで自動的に〈水泳〉スキルを修得でき、
またスキルランクも徐々に成長していきます。
その際にスキルポイントは一切消費されません。
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・各月最後の週末の2日間に『魔軍侵攻』イベントが行われます。
(今月は28日(土)と29日(日)に行われます)
各国の都市または村落のいずれかが魔物軍勢から侵攻を受けますが
プレイヤーはそれを様々な方法で助けることができます。
襲撃される場所がどこかは、天擁神殿や王城で確認できます。
・襲撃予定地の近隣に出現する魔物全てが、
一時的に『20~26』レベルの別の魔物に変化します。
近隣に『迷宮地』が存在する場合、その中の魔物も変化します。
・侵攻前日までに当該地域の魔物を討伐すると、その討伐数に応じて
当日に侵攻してくる魔物の数を減少させることができます。
・魔物の襲撃に対抗すべく、各国が軍需物資を集めています。
武器や防具、霊薬や薬品など、様々な物品を納品することで
プレイヤーはこれを援助することができます。
納品は『大都市』の王城、または『小都市』の政庁で行えます。
・〈木工職人〉〈鍛冶職人〉〈造形技師〉の生産職を有していると
侵攻予定の現地で防壁の建造や補強を手伝うことができます。
・もちろん襲撃当日の2日間は防衛戦にも直接参加できます。
迎撃戦力として活躍するのも、回復役として裏から助けるのも、
全てはプレイヤーの自由です。
・どのような形でも、魔物襲撃への備えや防衛に協力すると
程度に応じてプレイヤーに貢献度が付与されます。
何か良いことがあるかもしれません。
・防衛に成功した都市や村落は発展し、規模が拡大します。
これにより『村落』が『小都市』に昇格する場合があります。
・防衛に失敗した都市や村落は壊滅し、都市住人が全滅します。
NPCは死亡状態から復活するまでに90日を要します。
このため壊滅した都市や村落からは90日間住人が消滅し、
あらゆる施設や商店などが利用できなくなります。
プレイヤーはNPCの復活後に復興を手伝うことができます。
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「いやだから、内容が多いってば……」
毎週この量のアップデートをするようだと……開発スタッフの人達が過労死してしまうんじゃないだろうかって、ちょっと心配にもなる。
開発に関わっているらしいラギに、今度『リリシア・サロン』で会った時には、無理をしてないかどうか訊ねてみた方が良いかもしれない。
今週は3連休で、最終日の月曜が『海の日』。
ゲーム内で泳ぐと、スキルポイントを消費せず〈水泳〉のスキルが覚えられるらしいけれど。〈水泳〉って、そもそも必要なスキルなのかな?
修得しても、あまり使い途が無さそうな気も……。
(でも単純に、みんなと遊ぶのは楽しそうかな)
魔物が一切出現しないとのことだから、気兼ねなく安全に遊べそうだし。
スキル云々とは関係無く、1日ぐらいは狩りや生産のことを忘れて、ゲーム内でユーリ達と一緒に海遊びに没頭してみるのも面白そうだ。
アップデート内容の後半は、概ね『魔軍侵攻』イベントに関する内容ばかりが記載されているようだ。
月の最後の土日に、各国の都市・村落のどこかに侵攻してくる魔物の軍勢に立ち向かうNPCの人達を、支援するイベントらしい。
物資の提供や防壁の建造などでNPCの補助に回っても良いし、あるいは侵攻の当日に迎撃戦力として参加して、直接防衛を手伝っても良いようだ。
あるいは逆に『全く参加しない』というのも許されるんだろう。
(当日参加するかどうかは、ユーリ達次第かな)
魔物の大軍を相手に戦うというイベント内容自体は、なかなか面白そう。
ユーリ達が乗り気なら、侵攻当日の防衛戦に参加してみようかな。
もちろん雫は〔錬金術師〕の生産職を選んでいるのだから、霊薬を納品する方でも積極的に支援を行うつもりだ。
具体的な報酬は明示されておらず『何か良いことがあるかもしれません』とだけ書かれているけれど―――。
報酬の多寡に関係無く、錬金術師ギルドを始めとしたファトランド王国の各施設を普段から便利に利用させて貰っているんだから。ある程度の手伝いをするぐらいは、恩返しとして当然のことだろう。
「それにしても……。まさか『星白』の人達が、死亡してしまうと90日も復活できないなんて―――」
今回アップデート内容に記載されていた情報の中で、雫が最も驚かされたのが、その事実だった。
多分これはアップデートに関係無く以前から―――『プレアリス・オンライン』の正式サービスが始まった当初から、そうだったのだろう。
(道理で〔錬金術師〕として活動する職人が少ないわけだ……)
調合に失敗して『爆発』を引き起こせば、まず職人本人の命はない。
それを思うと、90日という貴重にして膨大な時間を喪失するのを嫌う人がいるのは、あまりに当然のこと。
これではプレイヤーの数が少ないファトランド王国では、市場に霊薬が不足する筈だ―――と、雫は改めて思った。
*
朝食を終えて、早速ゲームにログインする。
シズがログインした地点は、いつも通り『錬金術師ギルド』の正面。
途中で一度、錬金に失敗して『爆死』を初体験したりもしたけれど。何だかんだでその後も、深夜2時過ぎぐらいまでは霊薬の生産を続けていたのだ。
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シズ
白耀族の聖翼種/能力倍率合計【196%】
〔操具師〕- Lv.8 【90%】
〔錬金術師〕- Lv.11 【106%】
HP: 35 / 35
MP: 73 / 73
[筋力] 9 (5)
[強靱] 13 (7)
[敏捷] 64 (33)
[知恵] 62 (32)
[魅力] 11 (6)
[加護] 62 (32)
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◆異能
《操具術》《特性吸収》《落下制御》《呪詛無効》《天使の輪》
《天翔る翼》《調合の妙》《盟約の主Ⅰ》《星白の友好者》
◇スキル - 862 pts. / 得意化:残り1回
〈☆操具収納Ⅱ〉〈☆武器強化術Ⅲ〉〈☆機械操作Ⅰ〉
〈☆効能伝播Ⅰ〉〈○服薬術Ⅱ〉〈○食養術Ⅱ〉
〈☆アルカ鍍金Ⅰ〉〈☆特性注入術Ⅰ〉〈☆錬金素材感知Ⅰ〉
〈○初級霊薬調合Ⅹ〉〈○植物採取Ⅰ〉〈○素材収納Ⅰ〉
〈○生産品収納Ⅰ〉【○伐採Ⅰ】
〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅹ〉
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『マカポーション』の調合で得られる経験値がかなり多かったこともあり、昨晩のうちに〔錬金術師〕のレベルは『11』へと成長した。
また、その際に生産職の能力倍率は【100%】から【106%】へと増えている。
どうやらレベル11からは、レベル毎に6%ずつ能力値が増えるようだ。
微々たる差ではあるけれど、成長幅が大きくなるというのは嬉しい。
スキルも色々と伸ばしたいし、レベル上げは今後も精力的に行いたいところだ。
―――というわけで、いつも通り『工房』を一室借りようと、錬金術師ギルドのカウンターで手続きを行おうとしたところ。
「シズちゃん、ちょっといーい?」
「あ、はい。何でしょう?」
シズが『工房』の利用を申し出るよりも先に、カウンターに立っていたギルド職員のお姉さん―――ナディアから、そう話を切り出された。
「聞いたわよー? 今朝派手にやったらしいじゃない?」
「あー……。お恥ずかしいです」
「別に恥ずかしがることじゃないわよ。むしろシズちゃんの場合は、今まで1回も爆発を起こしてないのが異常なぐらいだもの。
ところで、爆発を起こした後に『原状回復費用』とかで、1500gitaもギルドに寄付してくれたって聞いたけれど、本当?」
「あ、はい。それは本当です」
『工房』の中は狭いけれど、どの部屋にも机と椅子、水甕が置かれている。
人が即死するレベルの爆発が起これば、それらの品も一緒に壊れることは想像に難くない。だからシズはギルドに当初、その賠償として10000gitaを支払おうとした。
ところが、深夜や早朝の時間帯によく見かけるギルド職員の男性は、シズが差し出したそのお金を「そんなに沢山受け取れません」と固辞するばかりで。
折衝した結果、なんとか受け取って貰えた金額が1500gitaだったのだ。
「今まで爆発の補償金を払ってくれる職人なんて、誰も居なかったからね。ここのギルドマスターが随分と驚いていたわよ? 今時のご時世に、随分と折り目正しい職人が居たものだ―――ってね」
「ええ……?」
ギルドマスターというのは、ギルドで一番偉い人のこと。
つまりこの『錬金術師ギルド』という施設運営を担う、トップのことだ。
「ついでに私が『背中に天使の羽を生やした超可愛らしい女の子なんですよ』って補足したら、ギルドマスターが目を剥かんばかりに驚いていたわね」
「や、やめてくださいよ、そういうの……」
ナディアの言葉を受けて、シズは盛大に表情を顰めた。
それって絶対―――実際の本人を見たら大して可愛いとも思えなくて、落胆させることになるパターンだろう、と思ったからだ。
期待されていたら嫌だし……。できればギルドマスターの人とは今後も会いたく無いなあと、シズは心の中で密かに思った。
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お読み下さりありがとうございました。




