74. マカポーションの調合
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「というわけで、今日も生産を頑張ってこー!」
《おー!》
《配信待ってた!》
《社畜!》
《錬金社畜!》
《深夜までサビ残!》
「待って、なんだか謂れなき中傷を受けている気がする」
その日の夜10時を過ぎた頃から、いつも通りシズは錬金術師ギルドで『工房』の個室を借り、そこで霊薬の生産を始める。
まあ霊薬の生産自体は、魔物の狩猟中にも実はやっていたのだけれど。今回からクロスボウを用いて戦闘にそこそこ積極参加していたこともあり、流石に戦闘中に作る霊薬については『錬金特性』の注入までは手が回らなかったのだ。
特に今は、水球を2つ生成して霊薬を20個×2ラインずつ生産できたり、それぞれの霊薬に錬金特性を2つまで注入できるようになったこともあって、真面目に霊薬の調合を行うとそれなりに手間と集中力が必要になる。
やはり並行して色々やろうとせず、調合だけに専念する時間も必要だろう。
《メンバーショップのアンチドートが売り切れてるから、補充して欲しいな》
「お、了解。毒消しって結構、需要があるんだねえ」
視聴者からの指摘を受けて、早速シズはアンチドートを20個×2ライン体制で生産し始める。
毒消しは需要があるかどうか判らなかったから、50個ぐらいしか在庫を置いていなかったのだけれど。どうやらそれが裏目に出たようだ。
ちなみに視聴者が言っているメンバーショップというのは、正確には『メンバーシップ限定売買ショップ』のことを指す。
これは文字通り『天使ちゃん親衛隊』のメンバーシップに加入している人だけが自由に利用できる限定ショップのことだ。
……うん。メンバーシップの名称が凄く恥ずかしいことに関しては、あまり考えたくない。
メンバーシップは毎月300円掛かるものなので、流石に加入してくれている人に何の特典も用意しないのは申し訳なくて。シズは数日前からメンバーショップで霊薬の販売を開始していた。
このショップはメンバーシップ加入者しか利用できない代わりに、世界中のどこからでも自由に商品を売買でき、しかも取引時に手数料が一切掛からない。
そのお陰で、送料を代金に上乗せしなければならないメール販売よりも安く霊薬を販売できるので、メンバーシップに加入している視聴者にはわりと好評だ。
《採取したヒールベリーを100個ほど売っておいたよー》
《わたくしも土蛇の牙を50個だけですが売却しましたわ!》
「おー、ありがとう! 助かるよー」
また『メンバーシップ限定売買ショップ』では商品を『販売する』だけでなく、任意のアイテムを『買い取る』こともできる。
霊薬の販売と並行して、生産素材の買取が行えるわけだから、これもまた非常に便利な機能だと言えた。
こちらも販売と同様、手数料が掛からないのも嬉しいところだ。
もちろんヒールベリーなどを売って貰えるのも嬉しいけれど。特にシズが自力で集めようと思うとなかなか大変な、魔物の素材を買い取れるのが有難い。
例えば毒消しの霊薬であるアンチドートは、生産素材に【蛇の牙】を1個必要とするけれど。これは『蛇』系の魔物の牙なら何でも構わないので、ショップで買取を行うとすぐに大量に集めることができる。
きっと蛇系の魔物なんて、世界中のどこにでもいるんだろう。
「―――よし、完成っと」
視聴者と会話しているうちに、アンチドートが40個完成する。
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アンチドート/品質[78]
【カテゴリ】:霊薬
【注入特性】:〔生命回復Ⅰ〕〔毒属性Ⅰ〕
【霊薬効果】:毒を15回復、HP+20、毒耐性+20%(10分)
蛇の牙を主材料に調合した霊薬。
薬品よりも素速く体内の毒を弱めたり、消し去ることができる。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+10%)
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錬金特性は〔生命回復Ⅰ〕と〔毒属性Ⅰ〕の2つを注入。
毒を治すと共に、その毒で減少してしまった分のHPを回復させ、更に毒耐性を一時的に高めることで再び毒に冒されないようにするわけだ。
ちなみに〔毒属性Ⅰ〕は特性を注入する際に、発現する効果を『毒性』にするか『毒耐性』にするかを選択することができる。
前者を選ぶと触れた相手を『毒』状態にする毒薬ができ、後者を選ぶと服用した者に一時的に『毒耐性』を与える予防薬ができるようだ。
すぐにシズは、2回目のアンチドートの生産に取り掛かる。
とりあえず生産3セット分―――120個ぐらいをショップに追加しておけば、当面は売り切れることも無いだろう。
《シズっち、ブルーグミ欲しがってたからいっぱい売っといたよ!》
《俺も売っておいたぜ! 帝国周辺はブルースライム大量にいるからなあ》
《私も売りましたの! なので是非マカポーションを作って下さいまし!》
「あ、了解です。―――って、本当に大量に売ってくれてる! ありがとう!」
メンバーショップを確認してみると、素材の買取により『ブルーグミ』が全部で300個ぐらい集まっていた。
《がんばったよ!》
《べ、別にマカポーションが欲しかっただけで、天使ちゃんの為にやったわけでは無いのですからね! そこのとこ、勘違いしないで下さいまし!》
《ツンデレ乙》
《これは由緒正しいツンデレ》
『ブルーグミ』は『マカポーション』という霊薬を作るための素材だ。
落とす魔物はブルースライム……なのだけれど、シズはこの魔物とまだ遭遇したことが一度も無い。
もしかすると森都アクラスの近くには棲息していないのだろうか。
そうした自力入手が困難な魔物の素材でも、メンバーショップの買取機能を利用すれば、容易に集めることができてしまう。
マカポーションは飲むことで『MP』を回復する霊薬になる。なので魔術や魔法の行使を主に行う、後衛の人達には高い需要がある霊薬らしい。
ブルースライムは『火属性』の魔術や魔法で攻撃すれば、とても簡単に倒せるらしいから。どうやらマカポーションを欲する人達が沢山狩って、シズのショップに素材を売ってくれているようだ。
「ちょっと待ってね、アンチドートをもう少し補充したら作るから。
……私にマカポーションが作れるのかどうかが、正直心配だけれど」
昨晩、霊薬を生産している最中に視聴者から聞いた話によると、マカポーションは『錬金術師ギルド』に職人登録した時点でレシピが手に入る割に、生産難易度が尋常では無く高い霊薬らしい。
[敏捷]と[知恵]が非常に高い水準で要求されるらしく、半端にしか能力値を成長させていない〔錬金術師〕だと、生産の成功率が『0%』ということも珍しくないのだとか。
流石にそれほど調合が難しい霊薬だと、シズも作れるかは全く自信が無かった。
とりあえず追加で作ったアンチドート80個をショップの在庫に補充してから、シズはショップで買い取ったブルーグミを『インベントリ』に移す。
それから早速いつも通り水球を作成して、その中にブルーグミをまずは1つだけ投入してみた。
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【現在投入中の素材】
・ブルーグミ×1
-
【調合レシピ/マカポーションの調合×1】
基本成功率:100%
[敏捷]不足:-30%
[知恵]不足:-30%
スキル補正:+10%
- - - -
最終成功率: 50%
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材料を投入したあとに、水球の状態を確認してみると。
こんな感じで、実行する調合レシピの名前や生産の成功率が事前に判る。
「う……。調合の成功率は『50%』みたい」
《シズっちでも半々かあ》
《一応、今までに聞いた中では最も成功率高いな》
《↑これで一番高い例なのか……》
《鬼畜レシピすぎだろ》
霊薬調合は、作ろうとする生産物のレシピに応じて[敏捷]と[知恵]の要求ラインが決まっていて。その要求ラインよりも能力値が1不足している毎に、生産の成功率が『2%』ずつ下がっていく。
つまり[敏捷]と[知恵]の両方が足りず、どちらでも『30%』ずつ成功率が下がっているということは。それぞれの能力値が要求ラインより『15』ずつ不足しているということだ。
現在、シズの[敏捷]と[知恵]は共に『60』。
なのでマカポーションの調合では、[敏捷]と[知恵]がどちらも『75』ずつ要求されているわけだ。
「……ん? ちょっと待って、何とかなるかも」
《マジで⁉》
《おねがいします作って下さい何でもしますから!》
《↑ん?》
試しにシズは『インベントリ』からコーヒーとブリュッセルワッフルを取りだして、その場で飲み食いしてみる。
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△『ブリュッセルワッフル』を食べました。
シズのHPが『21』、MPが『28』回復しました。
シズの[敏捷]が6時間に渡って『12』増加します。
シズの満腹度が『14』になりました。
△『アイスコーヒー』を飲みました。
シズの[知恵]が3時間に渡って『11』増加します。
シズの満腹度は『14』のままです。
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これで一時的にシズの[敏捷]は『60+12』に、[知恵]は『60+11』まで強化された。
この状態で改めてもう1度、シズは水球の状態を確認してみる。
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【現在投入中の素材】
・ブルーグミ×1
-
【調合レシピ/マカポーションの調合×1】
基本成功率:100%
[敏捷]不足: -6%
[知恵]不足: -8%
スキル補正:+10%
- - - -
最終成功率: 96%
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すると、成功率が一気に『96%』まで高まっていた。
別に4%ぐらいの失敗率なら、受け容れられなくも無いけれど。折角なので、ここはしっかり『100%』を目指してみることにしよう。
というわけでシズは大量に保有している霊薬のうち、〔敏捷増強Ⅰ〕の特性が注入されたベリーポーションを1本飲んでみる。
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△『ベリーポーション』を服用しました。
シズの[敏捷]が10分間に渡って『15』増加します。
シズのHPが『48』回復しました。
中毒を避けるため、以後100秒間は霊薬を服用しないで下さい。
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更に[敏捷]を増やしたことで『[敏捷]不足』の項目が丸ごと消えて、無事に調合の成功率が『100%』になる。
これなら絶対に失敗することはない。早速シズは水球をもう1つ作りだし、それぞれ20個ずつになるようにブルーグミを投入していく。
付与する錬金特性には〔生命回復Ⅰ〕と〔魔力回復Ⅰ〕を選択した。
ちなみに〔魔力回復Ⅰ〕の特性は、都市南部の森で採取した根菜『ステギ』から抽出して得たものだ。
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マカポーション/品質[56]
【カテゴリ】:霊薬
【注入特性】:〔生命回復Ⅰ〕〔魔力回復Ⅰ〕
【霊薬効果】:HP+20、MP+43
ブルースライムの体組織から調合した魔力回復の霊薬。
何故かブドウの味がするので、材料のことは考えずに飲もう。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。
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「できたー!」
無事に40個のマカポーションが出来上がった。
マカポーションは青く透き通った小瓶に入った状態で生成され、飲むといかにもMPが回復しそうな雰囲気がある。
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▽『マカポーション』20個の霊薬調合が完了しました。
生産経験値:2700/スキルポイント:20
▽『マカポーション』20個の霊薬調合が完了しました。
生産経験値:2700/スキルポイント:20
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難易度が高い霊薬だけあって、調合で手に入る生産経験値が凄まじい。
また新しいレシピでの生産なので、通算100個目までは一緒にスキルポイントも手に入るのが嬉しいところだ。
《うおおおおおおおおおお!》
《流石ですお姉さま!》
《さすおね!》
《これでマカポーションが買えるぅううう!》
《ショップに! 早くショップに追加して下さいまし! ハリー!》
「り、了解」
視聴者の熱意に押され、シズは早速メンバーショップの設定画面を開く。
マカポーションを『300gita』の単価で40個配置、1人当たり10個までの購入制限も掛けた上で販売開始―――すると、1秒と掛からずに売り切れた。
《買えなかったああああ‼》
《300gitaとか安すぎでしょう‼ 馬鹿じゃありませんの⁉》
《負けたああああ‼ ちくせう!》
《もっと! もっと暴利を取って!》
《10個買えたあああ! ありがとうシズっち!》
《先生! 値段は倍にしても良いと思います!》
《下手すると3倍とかでも売れそう》
「ええ……? マカポーションの材料って『ブルーグミ』1個だけなんだよ?」
シズはメンバーショップで、ブルーグミを『60gita』で買い取っている。
だから材料の5倍の価格で売るというのは、錬金特性を2つ付与していることを加味しても、それなりに強気な価格だと自認していたのだけれど―――。
《シズっち、殆どの錬金術師はマカポーション作れないからね?》
《寡占商品なのですから、めいっぱい暴利を貪りなさいまし!》
《悪い事言わないから、せめて600gitaにしよう?》
《たぶんそれでも飛ぶように売れるから》
「わ、判った。次からそうする」
それ以降はマカポーションを作る度に『600gita』で販売したけれど。視聴者の言う通り、これも毎回10秒と掛からずに完売した。
ショップの売上が凄い勢いで増えていくのを眺めながら。シズは内心で(こんなに荒稼ぎしてしまって良いものだろうか)と、少し不安を覚える。
―――ちなみにこの後、6セット目の『マカポーション』を調合している際に、シズは初めて調合失敗による爆死を経験した。
ベリーポーションの飲用で得た[敏捷]の増加効果が、10分間しか持続しないのをすっかり失念していたせいだ。
それでも調合成功率はまだ『96%』あった筈なんだけれど。どうやらシズは、あっさり残りの『4%』のほうを引き当ててしまったらしい。
調合をやっていると10分程度はすぐ経ってしまうから、短時間しか持続しない強化に頼ると、こういう事故を招く原因になる。
結果として、そのことを身をもって学ぶことになってしまった。
次からは霊薬で能力値を補強するより、装備品にアルカ鍍金を施して[敏捷]を上げる方が賢明かもしれない。
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○実績『初めての爆死』を獲得しました!
報酬として〔スキルポイント:20〕を獲得しました。
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……まあ、スキルポイントが貰えたのはちょっと嬉しかったけどさ。
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お読み下さりありがとうございました。




