73. 〈武器強化術〉の真価
―――それからも何戦か森の中で戦闘を繰り返して、シズは幾つかのことを経験から学んだ。
まず、これは既にある程度判っていたことだけれど。攻撃は魔物のどこに命中するかによって、ダメージが大きく変わってくるということだ。
ゴブリンが相手の場合は『頭部』に上手くボルトを命中させると、胴体に当てた時の2倍ぐらいのダメージが出る。
逆に腕や脚のような『四肢』に命中させた場合は、胴体に当てた場合の半分程度のダメージしか出ないようだ。
つまりクロスボウを撃つ際に、頭部を狙うのはアリだ。
じゃあ四肢を狙うのはナシかと言うと―――これが、一概にそうとも言えない。
四肢にボルトを命中させると、その瞬間から魔物の行動が明らかに精彩を欠いたものへと変わるからだ。
例えばゴブリンの腕にボルトが突き刺さると、その時点からゴブリンはボルトが刺さった側の腕が使えなくなるようなのだ。
特にゴブリン・ファイターのうち両手武器を持つ個体や、ゴブリン・アーチャーなどが判りやすい。彼らは武器を扱うために両腕を必要とするから、左右どちらかの腕にボルトが突き刺さると、その時点から何もできなくなってしまう。
また、左右の脚のどちらかにボルトが突き刺さると、その瞬間にゴブリンは膝から崩れ落ちて、立っていることさえできなくなる。
ほぼ移動が不可能になるわけだから、こうなれば当然ただの的でしかない。
基本的にはダメージを稼ぐなら『頭部』を狙い、魔物が持っている武器を封じたり、あるいは移動を封じたいなら『四肢』を狙うのも悪くない。
もちろんゴブリン・アーチャーのように、そもそも『頭部』にボルトを命中させれば一撃で倒せるという場合には、何も考えず頭を狙ってしまうのが良さそうだ。
それと、シズがクロスボウを魔物目掛けて発射すると、稀に撃ち出されたボルトが強く光り輝くことがあった。
どうやらこれが『クリティカル』らしい。また光り輝いたボルトは、必ずゴブリンの頭部のど真ん中に命中しているように見えた。
もしかすると、クリティカル射撃には『魔物の弱点に誘導する』効果があるのではないか、とシズは考えている。
またゴブリン・ファイターにクリティカルが発生した場合は、一撃で相手を倒すことができるようだ。
なので多分クリティカルには、与ダメージが大幅に増える効果もあるのだろう。
それと―――他にも判ったことがあって。
シズはプラムのすぐ傍に居る、4体のスケルトン達が携行している鎚矛のひとつを見つめて、その詳細情報を確認する。
+----+
初心者用メイス
物理攻撃値:32(25)
装備に必要な[筋力]:16
武器チケットと引き換えに交換可能な、初心者向けの鈍器。
武具店に持ち込めば、再び武器チケットに戻すこともできる。
打撃武器なので初心者にも扱いやすく、手入れも簡単。
特に生きている魔物の頭部に打ち込むと効果的。
+----+
この通り、スケルトン達が持っている鎚矛の攻撃力が『25』から『32』に、いつの間にか増えていたのだ。
遭遇したスライム達を、スケルトン達が普段より早く殲滅していくものだから、何となく違和感は覚えていたんだけれど。これは、彼らが装備している鎚矛の攻撃力が、以前よりも増していたことが原因らしい。
但し、攻撃力が増えているのは4体のスケルトン達が持つ鎚矛のうち、2本分だけ。
残る2本は、通常通り『25』の攻撃値のままとなっている。
『32(25)』という数値表記の仕方には見覚えがあったから、武器の攻撃値が増えている原因はすぐに察しが付いた。
シズが修得している〈武器強化術〉と〈機械操作〉の2つのスキルだ。
鎚矛が『機械構造を持つアイテム』では無いことは明らかなので、今回は前者のスキルの影響ということになる。
+----+
〈☆武器強化術Ⅲ〉
所有する武器の性能を『30%』強化する。
このスキルは[知恵]が高いと効果が更に向上する。
+----+
スキルの説明文を見ても判る通り、〈武器強化術〉のスキルは『シズが所有する武器の性能を上げる』というものだ。
少し紛らわしいが、シズが『装備』している武器の性能を上げるわけではない。
所有さえしているなら、誰がその鎚矛を装備していても構わないわけだ。
この時点で概ね察して貰えるかもしれないけれど。武器の攻撃値が上がっている鎚矛は、いずれもシズがスケルトンに『貸与』しているものだった。
+----+
《盟約の主Ⅰ》
『血の盟約』を交わし、吸血種の主となった証。
この異能は眷属に血を与えた回数に応じてランクが成長する。
Ⅰ:あなたが所有するアイテムを、所有権を変更しないまま
眷属本人や眷属が支配する存在に貸与できる。
+----+
シズは眷属であるプラムや、そのプラムが支配する存在に対して、所有権を変更しないままアイテムを『貸与』することができる。
そのため、スケルトン達が持つ武器のうち2本、シズが『貸与』しているものに関しては所有者がシズのままになっている。
だから、その2本の武器には〈武器強化術〉スキルの効果が適用され、攻撃力が本来の値よりも引き上げられていたわけだ。
なんだかちょっとシステムの穴を突いているように思えて、ズルい気がしないでもないけれど……。
ユーリが言うには「このぐらいの運用方法は運営チームも当然想定している筈」とのことらしい。
今後これがバグの一種と発表されることがあれば別だけれど。そうならない限りは仕様と考え、むしろ積極的に利用するぐらいでも問題ないそうだ。
というわけで―――スケルトン達が持つ武器のうち、攻撃値が増えていなかった2本の鎚矛についても、所有権をプラムから譲って貰った上で改めてスケルトン達に『貸与』する。
全てのスケルトンの達の武器攻撃力を、一律『3割増し』にするわけだ。
これにより、スライムの駆除が更に捗るようになったのは言うまでもない。
「……ということは、お姉さまから『貸与』して頂けましたら、直接の眷属であるわたくしが持つ武器も、同じように攻撃力が上がるわけですね?」
「多分そうなるだろうね。試しにプラムもクロスボウを使ってみる?」
「興味はありますわね、ちょっと使ってみたいです」
試しにシズはクロスボウの1つを、プラムに『貸与』してみる。
+----+
〈☆機械操作Ⅰ〉
機械構造を持つアイテムを巧みに操ることができる。
所有する該当アイテムの性能が『20%』強化される。
また損耗や故障状態が徐々に、ごく僅かずつ回復するようになる。
この効果は収納中のアイテムにも適用される。
+----+
〈機械操作〉のスキルもまた〈武器強化術〉と同じく『シズが所有する』ことが条件となっている。
なので、プラムに『貸与』する分には問題無く効果を発揮するだろう。
もちろんプラムに〈操具収納〉のスキルは無いから、クロスボウを連射するような真似はできないだろうけれど。それでも攻撃力が5割近く増えるなら、連射などできなくとも充分戦力になる筈だ。
―――と、そう思ったんだけれど。
「す、すみませんお姉さま。この武器は……わたくしにはちょっと重すぎまして、扱うことができないみたいです」
「あー、そっちの問題があったかあ……」
クロスボウは台座だけが木製で、他のパーツは全て金属で出来ている。そのためサイズの割にはかなり重い武器だ。
当然、扱うためには高めの[筋力]が求められる。〔操具師〕のシズは武器の装備条件を無視できるため、問題なく扱えるわけだけれど。後衛職のプラムには難しいようだ。
「シズお姉さまのスキルって、物理攻撃値以外も全て強化されますよね?」
「スキルの説明文を見る限りだと、多分そうかな?」
ユーリから問いかけられた言葉に、ちょっと迷いながらもシズは頷く。
〈武器強化術Ⅲ〉の説明文には『武器の性能を30%強化』とある。なので別に物理攻撃の性能だけが上がる、というものでも無いだろう。
「では、プラムちゃんは今後、杖などを買ってみると良いのでは無いでしょうか? プラムちゃんもやろうと思えば、攻撃魔法や補助魔法などが使えますよね?」
「スキルを修得すれば可能ではありますわね」
プラムの戦闘職は〔死霊術師〕。
名前からも判る通り、これはアンデッドの使役がメインの職業だけれど。他にも『骨』を操作して魔物を攻撃したり、呪詛により魔物を弱体化させたりするような魔法なども行使できるらしい。
「杖には魔術や魔法の威力を上げる効果がありますから。その効果もシズお姉さまのスキルで増幅されるようでしたら、一考の余地はありますかと」
「なるほど……。アリですわね」
ユーリの提案を受け、プラムが何度も頷いてみせる。
戦闘中のプラムはアンデッドに行動の指示を出すだけで、他にやることが無いみたいだから。杖を装備して攻撃や補助の魔法の使い手になるというのは、確かに悪く無さそうだ。
プラムはアンデッドの生成時にこそMPを大きく消費するけれど、維持するだけならMPを追加で消費することはない。
どうせシズはいつも戦闘後に、イズミやユーリのMPを回復させるために菓子を食べるわけで。その際にプラムのMPも一緒に補充されるのだから、彼女がMPを余らせているのは、ちょっと勿体ないかもしれないしね。
「プラム。好きな杖をプレゼントしてあげるから、後で一緒に買い物に行こう?」
「……えっ。お姉さま、よろしいのですか?」
「そりゃもちろん。だって私はプラムに『貸す』だけだし」
『貸与』で済ませる必要がある以上、杖の所有権はシズのものになる。
だったらプラムの装備品は最初からシズが購入するぐらいでも、構わないと思うのだ。
「私はプラムのご主人様だからね。眷属の武器は用意してあげないと」
「あら♥ そう言われては、断れませんわね♥」
嬉しそうに表情を緩めながら、プラムがそう口にする。
うん。こう言えば素直に受け取ってくれるだろうと、内心で思っていたから。プラムのその反応は、正にシズの期待通りのものだった。
「それにしても。お姉さまが居て下さると、夜間でも戦いやすくて楽ですわね」
「灯り要らずだからねえ……」
シズの頭上に浮いている『天使の輪』は、実は光量をある程度調整できる。
と言っても光を『弱める』側には限度があり、常に一定以上の光量は放ち続けてしまうのだけれど。逆に光量を『強く』する分には、結構自由に調整が利くのだ。
なので森の中を探索している間、シズは『天使の輪』が放つ光量をちょっとした街灯並みの明るさにまで強めていた。
お陰で接近してきた魔物には、こちらの存在がすぐにバレていたわけだけれど。明るければ当然、それだけシズ達の側もまた戦いやすくなる。
少なくとも、ランタンなどの照明具を持つことで片手が塞がったりしないという点では、確実に『天使の輪』の存在はメリットとなっていた。
《なんと天使ちゃんを購入すると、もれなく蛍光灯が付いてくるんだ!》
《凄いわマイケル! しかも電気代が掛からないって本当なの⁉》
《HAHAHA、本当だとも! 天使ちゃんはとっても家計に優しいんだ》
《しかも今お買上げ頂くと、天使ちゃんがもう1人セットで付いてくるぞ!》
《凄いわマイケル! これで天使ちゃん同士のカップリングも可能ね!》
「まあ♡ それは素敵ですわね♡」
「なんで通販風なの……。あと流石に自分相手はちょっと……」
女性でさえあれば、大抵は誰のことでも好きになれてしまうシズだけれど。
自分自身とのカップリングなんてものは、想像したこともないし……。
……というか、軽く想像するだけでも、ちょっと嫌な気分になれた。
そんな風に、取り留めのない会話を交わしつつ、シズ達は21時半頃まで森の中で狩りを続ける。
時間が来た後は交易路がある方へと素速く移動し、全員で手を繋ぎ合って浮遊した上で、10分ちょっとの時間を掛けて森都アクラスまで一気に帰還した。
ユーリとプラム、イズミの3人はいつも22時前にログアウトするから。彼女達をあまり遅くまで付き合わせるわけにはいかないのだ。
-
お読み下さりありがとうございました。




