71. 操具師とクロスボウ(前)
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シズがユーリ達と一緒にミーロ村を訪ねてから、5日が経過した。
本日は7月13日の金曜日。20時過ぎにシズが『プレアリス・オンライン』のゲームを起動して、もはや定位置となっている『錬金術師ギルド』の建物前にログインすると。
もうその時点で、フレンドリストに『恋人』として登録されているユーリとプラム、イズミの3人は『ログイン中』の表示になっていた。
流石に―――今週ばかりは、シズが最も遅くログインすることが多い。
来週にはもう『期末テスト』が迫っているので、そのための勉強時間を確保する必要があるからだ。
雫が通っている高校では、1学期の期末テストの主要科目で平均点以下を取った場合、その科目の『夏期講習を受講しなければならない』決まりになっている。
強制では無いらしいけれど。科目の先生から講習に参加するよう、強く推奨する電話が掛かってくるので、そうそう断れないらしい。
夏休みには『プレアリス・オンライン』をもっと重点的に遊びたいと思っているし、またユーリ達とも色々と交流を持ちたいと思っているシズからすると。夏期講習に参加するよう言われる事態は、絶対に避けたいところだ。
雫はもともと勉強が不得手な方ではないので、普段通りの実力が発揮できれば、まず平均点以下を取ることなんて無いけれど。
とはいえ―――万全を期すためにも、対策勉強は怠れない。
そうした事情から、今週は学校帰りにまず図書館に立ち寄り、自習室で試験対策の勉強を毎日2時間ほど行うようにしていた。
どうにも自宅だと、あまり勉強に集中できない性分だからだ。それよりは学校の図書室にある自習スペースか、もしくは最寄り駅近くにある図書館を利用して勉強するほうがずっと捗る。
自習後にスーパーで買い物をして、帰宅後に夕食と簡単な家事も済ませると。どうしてもゲームにログインするのは20時頃になってしまうことだけが、ちょっと残念だけれどね。
『こんばんは、シズお姉さま。今日もお疲れさまです』
『お疲れさまですわ、お姉さま。でも無理はなさらないで下さいましね』
『お疲れさまです、シズ姉様。勉強は大変ですよね……』
事情は話してあるので、シズがログインしたことを察知した3人から、すぐ挨拶と共に労りの言葉が掛けられた。
『ありがとね、みんな。根を詰めたりはしていないから、大丈夫』
ちなみに、平日に毎日頑張って勉強していたのは、今週末の連休中に気兼ねなく遊んで過ごせるように、という側面も強い。
来週の月曜日が『海の日』なこともあって、明日からは3連休なのだ。
ちなみに来週の火~木が期末テストで、翌日の金曜が終業式。
その更に翌日には、もちろん『夏休み』に突入する。
『シズお姉さま、本日はどこに行きましょうか?』
『近場ならどこでもいいので、お任せするよ』
ユーリとプラム、イズミの3人は、いずれも22時頃にはログアウトする。
彼女たちは3人共まだ幼いので、親の目があると夜更かしを許して貰えないからだ。
なので彼女達と一緒に遊べる時間は、もう2時間も無い。
そうした事情から、行ける場所はどうしても『森都アクラス』の近郊だけに限られてしまう。
『では鉱石がもっと欲しいので、南の河川を超えたところで狩りがしたいです』
『ん、了解。じゃあ天擁神殿の前で一度落ち合おっか』
『承知致しましたわ、お姉さま』
というわけで、早速シズは3人と合流するために天擁神殿へと向かう。
もちろん、その道中では『配信』をオンにすることも忘れない。
あれからも結構な人数が『メンバーシップ』というのに加入してくれたらしく、現在ではその参加者数が、なんと『5000人』を超えていた。
これほどの規模ともなると―――その人数に『単価270円』を掛けた額の収入があるという事実が怖くて、頭の中で計算することもできない。
そこまでして貰っていては、流石に視聴者を粗雑には扱えない。だからログインして間を置かない内になるべく『配信』を開始するよう、最近は気をつけるようにしていた。
……まあ、気をつけていても忘れることは普通にあるんだけどね。
《今晩の配信きちゃー!》
《試験勉強お疲れさまです!》
《配信オツ!》
《おっつおっつ! 天使ちゃん眺めながら晩酌するお!》
《あんまり根を詰め過ぎないで下さいませ》
《体調を崩しては元も子もありませんからな》
《勉学少女天使ちゃん。……推せる!》
《伊達メガネとか掛けてみませんか!》
《おいおい、これ以上天使ちゃんに魅力的な要素を増やすなよ》
《そうだぞ。俺が無事では済まない》
《妄想だけで既に無事じゃないんですが?》
《ハハッ、お前ヤワだなあ。俺は無事に致命傷で済んだぞ?》
「こんばんはー。うん、気をつけるよ。みんなありがとー」
視聴者にも期末テスト前だという事情は話してあるので、通常の挨拶に混じって労ったり気遣ったりするコメントも多数寄せられてくる。
そうした彼らの好意が、シズにはとても嬉しく感じられた。
……いつも通り、一部の意味が判らないコメントはスルーで。
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▲ユーリから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!
:本日の愛のお裾分けです♡
▲プラムから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!
:忠実なる眷属より愛を籠めて♥
▲イズミから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!
:本日分の私の飼育料です
+----+
「―――ひっ⁉ やめて⁉」
《今日も貢がれてるwww》
《これを見ると、今日も配信始まったなって感じがするわ》
最近の『配信』では、ちょっと困ったことが起きている。
開始すると同時に、ユーリ達3人から一斉に投げ銭が贈られてくるのだ。
視聴者達が賑わうのとは対照的に、シズはがっくりと肩を落とした。
なぜ私は遙かに年下の子達に、毎日お金を貢がれているんだろう―――と、正直シズは毎回、とても複雑な気分になるのだ。
「もー、やめてよね……」
「うふふ♡」
神殿の前で合流した後に、シズが苦情を口にしても。ユーリ達はただ微笑んでみせるだけで、取り合ってはくれない。
いやまあ……本物の『お嬢様』である彼女達にとっては、大した額じゃ無いってことなんだろうけれど……。
とりあえず時間を無駄にするのが惜しいので、シズ達は4人で手を繋ぎ合ってその場で浮遊し、南門まで一気に移動する。
頭上にある天使の輪が常に光っているシズの存在は、夜間は非常に目立つ。特に空を浮遊している間は、翼までもが強い輝きを放つので猶更だ。
できればあまり目立ちたくは無いんだけれど―――平日はユーリ達と一緒に過ごせる時間も限られるから、もう衆目を集めるのは仕方がないと割り切っていた。
南門へ到着したら、ギルドカードを提示して勝手口を通行し、再び浮遊する。
ここから南にあるミーロ村までの道のりは約10km。
イズミが言っていた『南の河川』は、その半分、つまり5kmの距離にある。
徒歩移動だと片道1時間以上は掛かる距離なので、往復すればそれだけでユーリ達がログアウトする時間が来てしまうけれど。
浮遊能力を活用すれば、片道10分強ぐらいで河川まで到着できる。
「立派な馬車を何台も追い抜くのは、なかなか爽快ですわね」
河川のすぐ手前で着地したあとに、プラムがそう言って笑ってみせた。
シズ達が浮遊する速度は、馬車よりもずっと速い。なので交易路上を浮遊していると、途中で何台もの馬車を追い抜くことになる。
馬車を運転する御者の人達には、当然驚かれることになるのだけれど。どうやらプラムには、その体験がお気に召したらしい。
ちなみにイズミが河川の先で狩りをしたいと言ってきたのは、この河川を越えると魔物の生息数が一気に増加するからだ。
移動時間を考慮しても、魔物と遭遇しやすい場所まで移動して狩りをするほうが、結果的に鉱石素材などを沢山集めることができる。
「あの、シズ姉様」
「ん? どうしたの、イズミ」
何かを『インベントリ』から取り出して、シズのほうへと差し出すイズミ。
それが何なのか、シズには見ただけでは判らなかったのだけれど。
差し出された物品を受け取った瞬間に―――それが『どのように扱う物なのか』を、シズは一瞬で理解することができてしまった。
おそらく、これは〔操具師〕特有の能力なんだろう。
以前にもシズは武具店で、店員の人から大弓を受け取った際に、全く同じことを経験しているからだ。
「ああ―――これが『クロスボウ』なんだね。本物は初めて見るや」
「お判りになりますか。流石です」
「うん、撃ち方も装填方法も判るよ」
クロスボウの先端に付いている輪を、足に引っかけて地面に固定し、その状態でレバーを引くことで、梃子の原理を利用して弦を引く―――。
通常の弓に較べると随分と難解なその装填方法が、説明を受ける必要さえ無く、一瞬で理解できるというのは地味に凄い。
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ゴーツフット・クロスボウ/品質[72]
物理攻撃値:64
装備に必要な[筋力]:35
片足で固定して梃子の原理を利用して弦を引くクロスボウ。
非常に高い武器攻撃力を誇るが、代わりに武器操作者の能力値が
ダメージに一切影響しないという重大な欠点がある。
『インベントリ』に収納するとボルトの装填状態が解除される。
- 鍛冶職人〔イズミ〕が製作した。
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「うわ、攻撃力凄っ……」
受け取ったクロスボウの詳細情報を確認して、シズは大きく驚かされた。
武器の物理攻撃値が、なんと『64』もあるのだ。
これは非常に高い数値だ。以前にシズが使用していた大弓の攻撃値が『22』、両手槍が『40』、両手斧が『46』だったと言えば数値の高さが判るだろうか。
遠距離武器なのに、両手を使う近接武器を余裕で凌ぐ攻撃力を有しているというのは、尋常では無い。
「でも、どうしてクロスボウを? イズミはこういうの使わないと思うけど」
イズミは〔侍〕なので、どう考えても遠距離射撃を得意とする戦闘職ではない。
それに彼女は[筋力]を伸ばしている筈だから。能力値がダメージに一切影響しないと説明文に書かれているこの武器よりも、普通の弓を使ったほうが高い威力を出すことができそうに思える。
「その武器は、シズ姉様に差し上げるために作ってみたんです」
「へ? 私に?」
「はい。先日、とある『掲示板』でこんな情報を見まして―――」
そう前置きしてから、イズミは『掲示板』を見て知った〔操具師〕とクロスボウとの相性の良さについて、シズに説明してくれた。
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