69. 商店への霊薬納品
―――というわけで、シズ達は再びミーロ村の外へと出る。
ミーロ村は村内を西から東へ、河川が貫いている。その関係なのか、村から出る門は北側と南側の2方向にだけしか無いようだ。
森都アクラスからやってきたシズ達は、北門から村内に入ったわけだ。折角なので村内を縦断して、試しに逆側の南門から外に出てみることにした。
ちなみにミーロ村は『村落』という割に、全体が立派な石壁で守られている。
流石に森都アクラスが誇る、堅牢にして高く聳える都市壁ほどではないけれど。それでも石壁は3mぐらいの高さがあり、厚みもそれなりにあって。ちょっとした軍隊となら戦えそうな程度には十分なものだ。
この辺りには危険な毒矢を撃ってくるゴブリン・アーチャーが出没するから、村民を護るためにはこの大きさの防壁が必要なんだろう。
村の南門では、全部で4名の衛兵が周囲を警戒していたけれど。彼らは門を通行する人に、特に身分証の提示を求めたりはしないようだ。
彼らは有事の際にいつでも門を閉められるように、その備えとして歩哨に立っているんだろう。
そんな衛兵の人達に軽く手を振りながら、シズ達は南門を通過する。
気さくな人達なのだろう。すぐに先方側からも、笑顔で手を振り返してくれた。
南門を出ると、すぐに街道が2手に分かれていた。
まっすぐ南方へ続く道と、右折して西方へと続く道だ。
『農業ギルド』の職員が話していたソレット村へ向かう場合は、ここで右折して西へ向かうのがいいんだろう。
「とりあえず、ちょっと門と街道から離れたいかな」
「では南東側へ向かいましょうか」
ミーロ村は主要産業のひとつが林業なだけあって、村から周囲400mぐらいの距離までにある木々は、概ね伐採し尽くされている。
だから門を出てすぐの辺りは視界が開けているわけだけれど。逆に言えば、どの方向へでも400mほど進めば、森の中へ入ることが出来そうだ。
とりあえずシズ達は浮遊しながら南東へ進み、森の少し手前で地上へと降りて、そこからは徒歩で森の中へ入った。
ここまで来れば『錬金』をしても全く問題無いだろう。
「―――南側から敵が来ています。グリーンスライムとゴブリン・アーチャーが、それぞれ2体ずつですね」
「プラム、スライムは任せていい?」
「ええ、もちろんですわ」
プラムの言葉に呼応するように、彼女の影から4体のスケルトン達が飛び出す。
スライム相手だとイズミの刀より、スケルトン達が持つ鈍器のほうが有効だ。
「魔物の姿が確認でき次第、弓手は私が2体とも始末します。シズ姉様、敵の矢が当たらないように気をつけて下さいね」
「ん、ありがとうイズミ」
もう森の中に入っているから、遮蔽物には事欠かない。
スライムとゴブリンが相手なら、シズの出る幕はない。というわけで樹木の陰に身を潜めて、シズは早速霊薬の生産を開始する。
遮蔽さえ取っていれば、そうそうゴブリンが放つ矢に当たることも無いだろう。
シズはその場で2つの水球を作り出して片方はに水蛇の牙を投入、もう片方にはグリーングミとカムンハーブを投入する。
前者がアンチドートの材料で、後者がメランポーションの材料だ。
どちらもベリーポーションより、生産には少し長めの時間が掛かる。
(……錬金特性を注入しないと、生産ってやること少ないなあ)
材料を投入して魔力を注入し、素材を粉砕したら―――後は完成を待つだけ。
他にすることがないので、本当にただ待つだけだ。
樹木の陰からちょっとだけ顔を出して、シズは戦闘の状況を観察する。
早くも大勢は決したようで、魔物は1体だけになっていた。
残ったグリーンスライムも、4体のスケルトン達に囲まれては風前の灯火。
―――と考えている内に、最後のスライムが光の粒子へと姿を変えた。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:1
獲得アイテム:銅鉱石×2、毒薬
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:1
獲得アイテム:鉄鉱石×2、銅鉱石
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:175/スキルポイント:0
獲得アイテム:グリーングミ×2
《特性吸収》により錬金特性〔物理耐性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:175/スキルポイント:0
獲得アイテム:グリーングミ×2、スライムの核
《特性吸収》により錬金特性〔物理耐性Ⅰ〕を吸収しました。
+----+
いま生産で消費している材料のグリーングミが、この場で補充できることが地味に嬉しく、そして有難い。
グリーンスライムはグミを沢山落としてくれるし、ゴブリン・アーチャーは鉱石素材を沢山落としてくれる。この辺りは本当に、シズとイズミにとって都合が良い狩場だと言えそうだ。
「お疲れさま」
「ありがとうございます、シズ姉様」
戻ってきたイズミに労いの言葉を掛けてから、シズはジャムが塗られたクッキーを何枚か食べて、すぐに彼女のMPを回復させる。
シズの役目なので、これだけは毎回欠かさずやっておかないといけない。
ついでにアンセルジュースとコーヒーも飲んでおく。
この2つを飲むことで得られる[筋力]と[知恵]の増強効果は3時間しか持続しない。なので午前中に飲んだ分の効果は、多分もう切れているだろう。
一方で、ブリュッセルワッフルから得られる[敏捷]の増強効果は6時間も持続するから、こちらはまだ食べ直さなくても暫くは持つ筈だ。
それから3戦ほど皆に戦闘を任せているうちに、クラミ商店の店主から注文を受けた霊薬は問題なく完成した。
まあ、どちらの霊薬も調合成功率は『100%』なので、材料さえ揃っていれば問題なんて起こりようもないんだけどね。
「一旦戻りましょうか、シズお姉さま」
「そうしても良い?」
シズが問いかけた言葉に、3人とも頷いてくれたから。森を出るまでは徒歩で移動し、出た後は浮遊することで素速くミーロ村の南門まで戻って来た。
門の通行時に身分証の提示がいらないこの村でなら、上空から壁を乗り越えても怒られない気もするけれど。念のために門を通行する際はちゃんと地上に降りて、村の中に入ってからまた浮遊することで商店まで移動する。
「作って来ました」
「お、おお……もうかい? 随分と早いね」
再び店を訪れて完成したことを告げると、店主の男性は随分と驚きを露わにしてみせた。
霊薬を合計で60本も注文したから、早くても完成するのは数時間後、遅ければ翌日以降になるだろうと思っていたらしい。
まさかシズが1時間と掛けず戻ってくるとは、予想もしていなかったそうだ。
「……うん、仕事が早いのに良い腕をしているな。これなら何の問題も無い」
「ありがとうございます」
「ただ君は注文を引き受ける前に報酬の話をするべきだね。完成した霊薬を、もし私が買い叩こうとしてきたら、どうするつもりだったんだい?」
「ああ―――私は別に、それでも構いませんでしたので」
苦笑しながら問いかけてきた店主の言葉に、シズは笑顔でそう答える。
そもそも別に利益が欲しくて、霊薬の提供を持ちかけたわけでは無いのだ。
流石に無料で譲れと、横柄なことを言われたら断ったかも知れないけれど。相場より安い額で買い叩かれるぐらいなら、全然構わないと思っていた。
「お前さんは、随分と人が善いのだなあ……。高くは買えないが、せめて相場通りの金額で全て買い取らせて貰うよ」
そう告げて、店主の男性はベリーポーションを120gita、メランポーションを180gita、アンチドートを240gitaの単価でそれぞれ買い取ってくれた。
それぞれ20本ずつなので、締めて10800gita也。
材料に用いた素材は全て採取品や魔物のドロップ品なので、ほぼ純利益そのままだと考えると、何の不満も無い額だ。
最近消費が激しい錬金特性を、1つも使わずにこの利益なら十分に有難い。
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○実績『隣人との交わり』を獲得しました!
報酬として異能《星白の友好者》を獲得しました。
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「―――おっ」
「あら」
「まあ」
「わ」
取引を終えて、商店の建物から出たところで。
唐突に、そんなメッセージがログウィンドウに表示されて、シズは驚く。
ユーリ達3人もまた、同時に驚きの声を上げていたから。おそらくシズだけでなく、彼女達にもこのメッセージは表示されたんだろう。
『隣人との交わり』という実績名はよく判らないけれど、報酬として手に入った異能が《星白の友好者》という名前であることから察するに、星白の人と仲良くすることで手に入るものなのだろうか。
もしかしたらシズの側から霊薬の提供を申し出て、かつ実際に提供したことが、『実績』という形で評価されたのかもしれない。
別に見返りを求めてやった行為ではないんだけれど―――。
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《星白の友好者》
星白に対しても、分け隔てなく接する者の証。
星白を『フレンド』に登録できるようになる。
この異能の所持者であることが星白には伝わり、
彼らから好意が得やすくなり、交渉事も行いやすくなる。
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詳細を確認してみたところ、この異能があると星白を『フレンド』として登録できたり、彼らとの交渉が行いやすくなるなどの利点があるらしい。
もしこの先、ミーロ村やソレット村に『畑』を借りることにした場合には、その管理に関して星白の人を頼ることになるだろうから。彼らと懇意になりやすくなる異能が貰えたのは、素直に嬉しいことだ。
「これはどう考えても、お姉さまのお陰ですわね」
「そうですね。シズお姉さまの優しさによるものでしょう」
「流石です、シズ姉様」
「た、たまたまだから……」
賞賛してくれる3人の言葉に、なんとなくシズはきまりが悪くて目を逸らす。
別に人助けをしようとか、そういう気高い考えがあったわけではないのだ。
何となく手伝った結果が、たまたま『実績』という形で評価されただけだから。それを褒められても、ちょっと困ってしまう。
(……まあ、喜んで貰えたのなら、何よりかな)
『実績』が得られたということは、多少は店主の助けになれたんだろう。
錬金術師ギルドのお姉さんと色々会話を交わす内に、シズはすっかりこの世界に元々住まう『星白』の人達が、NPCと呼ばれる機械的な存在だとは到底思えなくなっているから。
彼らと仲良くなる為の切っ掛けが貰えたのは、率直に嬉しいことだと思えた。
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