68. ミーロ村散策(後)
農業ギルドを出た後は、その隣にある『林業ギルド』の建物にも入ってみる。
イズミが販売店の陳列品を見てみたいと言ってきたからだ。
「何か買いたいものがあるの?」
「木炭が安ければ補充しておこうと思いまして」
シズが訊ねると、イズミはそう教えてくれた。
「木炭? 『鍛冶』の燃料に使うのかな?」
「はい。村内に炭焼き小屋らしき建物がありましたから。現地生産されているなら安く販売も行っているのではないかと」
「なるほどねえ」
イズミの言う通り、林業ギルドの販売店の隅では『木炭』が販売されていた。
ただ残念ながら、期待したほど安くは無かったようだけれど。それでもイズミは大袋で2つ分ほどの木炭を購入していた。
森都アクラスで買うよりは、まだ幾らか安く済むからだろう。
林業ギルドの後は、同じく村の中心近くにある商店の建物にも入ってみる。
『クラミ商店』という名前のこの店は、村落にしては随分大きい店舗だけれど。その代わりミーロ村には、商店がこの1軒だけしか無いそうだ。
店内では村民に向けた生活用品や雑貨、食料品などが売られており、また他にも掃討者や旅人の客へ向けた商品も扱われていた。
(……随分と高いなあ)
商店の棚に並んでいる霊薬の類を見て、シズはまずそう思う。
この店では霊薬が、森都アクラスの『錬金術師ギルド』で実際に販売されている価格に較べると、ほぼ倍近い額で売られているようだ。
とはいえ―――これは仕方がないことなのかもしれない。
何しろ霊薬は森都アクラスの都市内でさえ、やや不足気味なのだ。
おそらく、このミーロ村までは、なかなか品も回ってこないのだろう。
常に需要がある商品の供給量が少なければ、当然取引価格は高くなる。
ましてこの村落内には、『錬金術師ギルド』のように市場価格を調整する施設も無いだろうから。価格相場なんて簡単に跳ね上がってしまうだろう。
「あの、すみません」
「いらっしゃい、なにかご入用かい?」
シズが掛けた言葉に、丸眼鏡を掛けた初老の男性が穏やかな声で応える。
表情こそ、やや無愛想だけれど。穏和さが感じられるその声色から、この男性が何となく『いい人』であることが、すぐにシズには理解できた。
「霊薬の値段が随分高くなっているみたいですが……」
「ああ……アクラスから商品が入ってこなくてね。在庫もそこに置いてある分だけで全部なんだ。数が少ないから高くなってしまうのはしょうがないんだよ」
「私は〔錬金術師〕なのですが。良ければ手持ちを少しお分けしましょうか?」
「―――おお、本当かね。こちらとしては有難いが」
シズが提案した言葉に、男性が微かに表情を緩める。
たぶん単純な利益だけを考えるなら『配信』の視聴者にメールで霊薬を販売した方が儲かるとは思うのだけれど。
とはいえ―――霊薬を必要としている土地を看過するのは、〔錬金術師〕として許されないことのように思う。
「むぅ……」
そう思い、シズが〈生産品収納〉スキルで収納していたベリーポーションとメランポーションを10本ずつ取り出すと。
店主の男性は、少し困ったような表情をしてみせた。
「小さい割に君が腕の良い錬金術師なのは判るが……。だからこそ、困ったね」
「……? えっと、それはどういう意味でしょうか?」
「君が出した霊薬には、全て2つの錬金特性が付加されているね。折角の申し出を拒否するようで申し訳無いんだが―――こんなに上等な霊薬をこの店で扱っても、この村の住人にはちょっと高価で買いづらいんだよ。錬金特性を1つも付加していない霊薬の持ち合わせは無いかね?」
「うっ」
店主の言葉に、今度はシズの側が困惑した表情になった。
シズは生産する霊薬に、毎回必ず錬金特性を注入しているからだ。
これは霊薬を作り始めた当初からずっとそうで、〈特性注入術〉のスキルを覚える以前には1つ、覚えて以降は2つの錬金特性を毎回注入して生産している。
だから『錬金特性を付加していない霊薬』を求められると、その希望に沿える品が、シズの手持ちには全然無いのだった。
「すみません、特性無しのものは1つも持っていなくて……」
「……ふむ。もし霊薬の材料があるようなら、作ってきては貰えないかね?」
「材料はあります。この村に『錬金術師ギルド』があるなら、作りますが」
「いや、この村に錬金術師のギルドは無いなあ」
錬金術師はギルドで職人としての登録手続きを行う際に、職員の人から『工房』か『自宅』以外では絶対に生産を行わないよう、厳重に指導される。
錬金術には失敗すると『爆発』する危険があり、職人本人はもちろん、その付近にいる人にまで危害が及ぶ可能性があるからだ。
―――だから、ギルドが無いのなら、霊薬を生産することはできない。
シズがそのことを告げると。店主の男性は「はぁ?」と口にした後に、判りやすく首を傾げてみせた。
「お前さんは、錬金術の腕前は優秀そうなのに、変なところで素人だなあ……」
「……? どういうことですか?」
「それは『都市内で霊薬を生産する時の決まり』だと、錬金術師ギルドで教わっているだろう? 都市の外であれば、別にどこで生産しようと文句は言われないよ」
「………………えっ?」
そういえば―――確かに、錬金術師ギルドで最初に様々なことを説明してくれた職員のお姉さんも、『都市内では原則』と言っていた気がする。
あれは『都市外でなら別に気にしなくて良い』という意味だったのか……。
「ああ……とは言っても門の近くや街道沿いで生産するのは駄目だぞ。万が一にも他の旅客に危険を及ぼしてはいけないからね」
「それは当然ですね。……では私は、村の外で霊薬を作ってくれば良いですか?」
「面倒だとは思うが、頼めるかね?」
「生産するのはベリーポーションとメランポーション、どちらが良いですか?」
「できれば両方20本ずつ欲しいな。それと、アンチドートは作れるかい?」
「作れます」
シズ達が道中で遭遇したゴブリン・アーチャーは、ここミーロ村の付近でも出没するのだろう。
あの魔物の矢には毒が塗られているから、この村落ではHPを回復させる霊薬と同じぐらい、毒を治す霊薬にも需要があるわけだ。
店主からは他の霊薬と同じく、アンチドートも20本作るように求められた。
「みんな、勝手に話を引き受けちゃってごめんね」
店を出た後に、シズはまず皆に向かって謝罪する。
霊薬の生産には少なからず時間が掛かる。だから、それを納品する仕事を勝手に引き受けたことは、一時的に足止めを食うことに等しい。
折角4人で一緒に行動しているのに、シズの独断でパーティの行動を制約してしまうのだから、責められても当然のことだろう。
「いえ、とんでもありません。これも必要なことでしょう」
「そうですね。困っている方がいるのでしたら、見過ごせません」
「シズ姉様の判断は正しいと思います」
―――だというのに。
3人がそれぞれに、ただ肯定の言葉だけを投げかけてくれるのが嬉しかった。
「ですが、まさか霊薬に錬金特性を加えていることが、デメリットになるとは思いませんでしたね」
「それは本当にそう」
ユーリの言葉に、シズは思わず苦笑する。
けれど―――それは考えてみれば、きっと当たり前のことなんだろう。
プレイヤー相手に商売するだけなら、HPを回復するついでに能力値も向上する霊薬というのは、ほぼ確実にプラスの要素になるんだろうけれど。
村落などに住む普通の星白にとっては、そんな追加効果など、有っても無くても良い程度のものでしかない。
むしろ、必要のない効果が付加されていることで価格が上がるようなら、それはデメリットにしかならないというわけだ。
「でもお姉さま、代わりにひとつ良い話が聞けましたわね。まさか、街の外でならどこでも自由に霊薬を生産できるなんて」
「考えてみると、霊薬を作るには機材も道具も特にいらないんだよね……」
だから、やろうと思えばどこでも生産が行えてしまうわけだ。
最初の頃は『工房』に置かれた甕に入っている、井戸水を使用していたけれど。それも採取してきた河川の水を使うようになってからは、必要が無くなったし。
「お姉さまでしたらそれこそ魔物を狩りながらでも、霊薬を問題無く作れてしまうのではないですか?」
「……できなくは、ないかも?」
霊薬を作る際に錬金特性を注入する場合は、その際に水球内の魔力状態が乱れてしまわないように配慮する必要があるので、少し神経を使うけれど。
錬金特性を注入せず、ただ霊薬を作るだけならば。水球を作って材料を投入し、魔力を注入して粉砕したら、後は出来上がるのを待つだけだ。
プラムの言う通り、そのぐらいなら戦闘中にも平気で出来そうな気がする。
……そもそも、現時点でシズが戦闘中に引き受けている役割というのは、必要に応じて飲食物を口にすることだけだ。
剣を振るって戦うわけでも、盾を構えて魔物を惹きつけるわけでも、杖を翳して魔法を放つわけでもないのだから。いざという時に飲食や霊薬の服用さえ出来るように心懸けていれば、別に生産していても構わないのかもしれない。
「あー……。でも私だけ生産やってたら、サボってるみたいで嫌じゃない?」
「私は全く構いませんが」
「わたくしも特に気にしませんわね」
「戦闘は私とスケさん達にお任せ下さい」
どうやら3人は全く気にしないらしい。
ここは有難く、3人の厚意に甘えさせて貰うことにしよう。
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お読み下さりありがとうございました。