67. ミーロ村散策(前)
『配信』に関することはともかくとして。
4人全員が合流したので、シズ達は早速『ミーロ村』の中を散策を始めた。
シズ達が拠点にしている大都市の『森都アクラス』は、南・東・北東の3方向に交易路が延びており、いずれも村落へと接続している。
現在地のミーロ村は、森都アクラスから南方へ伸びる交易路にある村落だ。
村落と言うと狭いコミュニティを想像するかもしれないけれど、この世界の村落は意外に広くて大きい。
ここミーロ村だと、大体1200人ぐらいの人が住んでいるそうだ。
面積も森都アクラスの5分の1ぐらいはあるみたいだし。村落とは言いつつも、なかなかの規模がある集落になる。
土地が広いのは、この村の主要産業が農業と林業だからだ。
当たり前だけれど、農業をするためには十分な広さの土地が必要。
林業もまた伐採した木材を長期保管して乾燥させたり、加工作業を行うために広めの土地が必要になる。
村内の大半は農地か、もしくは林業に関連で利用されている土地なので、広さのわりに家屋の数は少ない。
もちろん商店や公共施設もまた少なく、それぞれ村内に1つずつしかない。
そのぶん主だった商店や施設が、村の中央部にコンパクトに集まっているから。買い物などを短時間で済ませることができ、旅客が滞在するには良さそうだ。
「こういう場所は良いですね。気分が落ち着きます」
「そうだね、居心地が良くて私も好きかも」
イズミがつぶやいた言葉に、シズも心から同意する。
牧歌的で鄙びた農村の景色は、どこか心に穏やかなものを与えてくれる。
都市は都市で良い場所だけれど、それとは全く別種の充足感を、この村落の中に居ると得られる気がした。
畑を耕していた農夫の人達が、シズ達の姿を認めて手を振ってくる。
シズは金属鎧を着用しており、イズミは腰に刀を差している。明らかに武装した装いなので、シズ達4人が他の場所から来訪した『掃討者』であることが、農夫の人達にもすぐに判ったんだろう。
手を振って貰えることが、来訪を歓迎してくれているようで嬉しく感じられたから。シズ達もまた、すぐに彼らに手を振ることで応えた。
「そういえば―――シズお姉さま、村落では農地を借りられるそうですよ」
「農地を? 野菜とかを育てるってことかな?」
もしかすると〈耕作〉とか〈野菜栽培〉みたいなスキルを修得して、作物を育てることができるんだろうか。
それはそれで、ちょっと楽しそう……だけれど。でも現実問題として、そういう方面に回せるほどスキルポイントの余裕は無さそうだ。
「もちろん野菜のような普通の作物の栽培も可能ですが。例えば、シズお姉さまが錬金術の素材としてよく用いられている薬草などを、借りた畑で栽培して数を増やすこともできるみたいです」
「おお、なるほどねえ」
錬金素材を畑で栽培するなんて、考えたことも無かったけれど。
確かに、村落の中に借りた畑で数を増やすことができれば、わざわざ外の土地を探索して採取して回らなくて済むから、手間を大きく減らせそうだ。
「……うーん。でも採取の手間より、栽培の手間のほうが大きそうじゃない?」
畑で何かを育てるのは、素人にとって簡単じゃない気がする。
そう思い、シズがユーリに疑問をぶつけると。どうやらその疑問は想定できていたようで、ユーリはすぐに解決法を提示してくれた。
「そこは畑とセットで『農師』か『栽培師』の方を雇うと良いみたいです」
詳しく話を聞いてみたところ、『農師』や『栽培師』の人達は栽培関連のスキルを修得した専門家で、ほぼ確実に良い結果を出してくれるらしい。
だから素人が安易に手を出すより、お金を払って専門家を雇用した方が、結果的には良い利益を望みやすいそうだ。
畑を任せる専門家は、通常の農作物を栽培する場合には『農師』を、それ以外の植物を栽培する場合には『栽培師』を雇うことになる。
シズの場合は薬草目的なので、後者になるんだろう。
もちろん雇用する相手はNPC―――つまり『星白』の人達になる。
プレイヤーが借地料を払って村落に畑を借り、また給料を払って星白の専門家を雇用してしまえば。手間を一切掛けることなく、栽培の成果をそのまま自分の物にできるわけだ。
もちろん手間を掛ける必要がない代わりに、借地料と雇用費とで結構な額のお金が掛かるけれどね。
「なるほど……興味はあるかも。ヒールベリーとか、育てられるなら育てたいし」
「シズお姉さまにとっては主要素材ですものね」
ヒールベリーはそれ1つだけで『ベリーポーション』が2個も生産できるため、シズにとっては重要な植物素材だ。
主に平日などに、積極的に採取は行っているけれど。それでも生産で日々大量に消費している現状を思えば、幾らあっても多すぎるということはない。
「農地を借りる場合は、どこで手続きをすることになるのでしょう?」
「『農業ギルド』で手続きをするみたいですね。農業をやっている村落にはギルドも必ずあるそうですから、ここミーロ村にもあると思います」
プラムが訊ねた言葉に、ユーリがすぐに回答する。
薬草は〔薬師〕のユーリにとっても大切な素材だ。
なのでその栽培には彼女も興味があるんだろう。どうやら既にネット上で情報を集めるなどして、ある程度の下調べをユーリは済ませているようだった。
「じゃあ、実際に農地を借りるかどうかはともかく、ちょっと農業ギルドの職員に話だけでも聞きに行ってみるのはどうかな?
借地料や専門家の雇用費の具体的な金額だけでも聞ければ、それで利益が見込めるかどうかの目安にはなりそうだし」
「そうですね、是非そうしましょう」
「プラムとイズミの2人は、付き合わせてしまって申し訳ないけれどね」
「あら、わたくしも植物素材は扱いますから、興味はありますわ?」
「私はシズ姉様と一緒に居られるなら、どこへでもお供します」
3人全員が同意してくれたので、早速シズ達は村の中央へと向かい、そこにある『農業ギルド』を訪ねた。
建物の中に入ってみると。シズ達が普段利用している生産職のギルドと同様に、この農業ギルドも1階は販売店になっているらしく、様々な農作物が所狭しと陳列されている。
販売品は小麦と芋類が圧倒的に多く、次いで多いのが根菜類と豆類。葉物野菜もあるけれど、こちらはあまり取扱数が多くないようだ。
なお、花や果物の類は全く販売されていなかった。
食料として寄与しない花はともかくとしても、果物が一切置かれていないのは、正直を言ってちょっと意外だ。
果樹の栽培はここではなく、別の村落が注力しているんだろうか。
農作物の価格は―――ざっと見た感じだと、森都アクラスよりは安い。
これは単純に、都市までの運送費用が上乗せされていない値段だからだろう。
とはいえ、それほど大きな金額差ではないから。ここで農作物を購入して『インベントリ』に詰めて森都アクラスまで運んでも、大して利益は出なさそうだ。
とりあえずサツマイモが売られていたので、何も考えずに1箱購入した。
飲食物は〈操具収納〉スキルで保存すれば、品質の劣化を気にしないで良いからとても買いやすい。そのうち焚き火でもしながら、焼き芋を作るのも良さそうだ。
「すみません、ちょっとお訊ねしたいんですが」
「はい、何でしょうか?」
販売店のカウンターでサツマイモを購入した後に、そのままギルド職員の女性に農地のレンタルや専門家の雇用に関して訊ねてみる。
他に客もおらず暇していたこともあってか、職員の女性は嬉々として詳しい話をシズ達に聞かせてくれた。
畑は『25㎡』の広さを基準として、任意の枚数だけ借りられるそうだ。
5m×5mのサイズなので、1枚だけなら大した広さではない。家庭菜園レベルと言っても良いぐらいの、手頃な広さと言えそうだ。
借地料は畑1枚あたり月に15000gita。またこれとは別に専門家の雇用費が月に30000gitaぐらいは掛かるらしい。
専門家を雇うわけだから人件費が高いのは判るけれど、借地料の方は土地が狭いわりに随分と高額なように思えた。
なにしろ畑4枚分、たった1aの土地を借りるだけで月に60000gitaも掛かるのだ。
詳しく訊いてみたところ、これは天擁の人達向けの―――つまりプレイヤー向けの価格設定らしく、星白の人達が借りる場合よりもかなり割高になっているそうだ。
但し借地料と雇用費が高く付く代わりに、天擁が栽培した作物や売買で得た利益などには、一切税が掛からないんだとか。
ちなみに前述の雇用費で『農師』の人なら最低でも畑を20枚以上、『栽培師』なら畑を4枚以上は一度に管理して貰えるそうだ。
『農師』は一般的な普通の作物しか栽培できないぶん、一度に管理できる面積がとても広い。逆に『栽培師』は管理できる面積が狭い代わりに、植物なら基本的にどんなものでも安定して栽培できるんだとか。
それこそ、本来なら夏にしか育たない植物を真冬に育てたり、塩害が酷い土地でも問題なく作物を育てたりできるらしい。凄いな『栽培師』……!
「ここだけの話ですが―――移動が苦でないようでしたら、ここ『ミーロ村』より更に西にある『ソレット村』で農地を運営されるほうが良いかもしれません」
「……それは、どうしてですか?」
「単純に借地料や雇用費が、ここよりもずっと安く済むからですね」
この世界では『都市』の中に農地が作られることは殆どない。だから都市に住む沢山の人達の食料は、付近にある村落の農地が支えている。
つまりこのミーロ村は、すぐ隣にある大都市『森都アクラス』の住人達のための食料生産が求められるため、既に村落内の土地の大半が利用されているし、現状で余っている土地も借地料が高くなっているそうだ。
もちろん村落内の土地の多くが有効利用されているということは、それだけ多くの働き手が既に従事しているということでもある。なので農地を管理する専門家もまた売り手市場下にあり、雇用費が高く付いてしまうわけだ。
一方で、ここから西に15kmほど移動した先にあるソレット村は、周囲に交易路が接続している先がミーロ村しか無く、森都アクラスまで作物を運搬するのにも時間が掛かるため、土地がかなり余っているんだとか。
閑静な村でのんびり暮らす村民が多く、自分が食べる分と納税に必要な分だけの畑を管理していることが多いため、暇と体力を持て余している若者は安価で雇用できるそうだ。
また山間から続く清流が村内を通っており、水も豊富に利用できるらしい。
(……ヒールベリーを育てるのには、ちょうど良いのかも)
その話を聞いて、まずシズはそう思った。
ヒールベリーは水気が多い場所でのみ発見できる素材だ。
なので栽培する畑も、水資源が豊富な村落に用意する方が適するだろう。
森都アクラスから現在地のミーロ村までは、南方に約10km。
そこからソレット村まで、更に西方へ約15km。
なのでシズ達が拠点にしている森都アクラスからソレット村までは、交易路上を進むなら合計『25km』の道程になる。
畑の様子を見に行く度に、この距離を移動するのは大変だろうけど―――。
シズの場合は『空を飛ぶ』という手段が取れるので、やろうと思えば森の上空を突っ切って移動することも可能。
これなら直線距離での移動になるから、大体18kmぐらいの移動で済む。
MPも使用すると、1回の浮遊で最大4分間ほど移動できる。
浮遊中の時速が原付と同じぐらいだとすると、移動時速は30km。
分速だと0.5kmなので、4分間で2km移動できる計算になる。
9回浮遊すれば18km移動できるわけだから、シズにとってはさして苦労する距離でも無いかもしれない。
「ちなみにソレット村には、温泉がありますよ」
「「「「―――温泉!」」」」
シズ達4人の言葉が、綺麗にハモる。
その反応を見て、ギルド職員の女性は一瞬驚いた顔をしてみせた後に。1秒程の間があってから、くすくすと可笑しそうに笑ってみせた。
「ふふ、皆様温泉が大好きなのですね。では是非一度、ソレット村へ行ってみると良いかもしれません。あまり旅人が訪れる村ではないので宿はありませんが、村長さんに言えば有料で温泉付きの空き家屋を、1泊単位で借りることができますよ」
「わあ、是非行ってみたいです!」
「そうだね、私も行ってみたいかも」
期待に顔を綻ばせるイズミに、シズもまた同意する。
先日の高級宿には、露天風呂はあったけど温泉ではなかった。
あれはあれで良かったけれど―――やっぱり温泉というものには、何だか惹きつけられる特別なものを覚えるから。近くにあるなら、是非とも行ってみたい。
……また、お湯にのぼせる羽目になりそうな気もするけれどね。
《イヤッッホォォォオオォオウ!》
《温泉回! 温泉回!》
《幾らでも払うので配信して下さい! お願いします! お願いします!》
《やはり温泉回か……。いつ入湯する? 私も録画する》
《なんでいつも視聴院が湧くんだここ》
視聴者が騒いでるけれど、もちろん絶対に『配信』はしない。
絶対にだ。ユーリ達の裸に近い姿を、断じて皆に見せてなるものか。
「あっ―――ソレット村の付近にいる魔物には、獰猛な個体も少なくありません。皆様は掃討者みたいですから、徒歩で行かれる場合は充分に気をつけて下さいね」
「と言うと、レベル幾つぐらいの魔物が出るんでしょう?」
「大体10から16ぐらいの魔物だと聞いております」
「それは……厳しいですね……」
どうやら今のシズ達が向かうには、まだ実力不足らしい。
イズミが居てくれれば何とかなりそうな気もするけれど―――もし仮に倒せたとしても、レベルが格上の魔物を倒すのはスキルポイント的にあまり美味しくない。
残念だけどソレット村を訪ねるのは、少し先の話になりそうだ。
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お読み下さりありがとうございました。