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66. 天使ちゃん親衛隊

 


     *



 昼食を終えて軽くストレッチをしてから、再び『プレアリス・オンライン』へとログインする。

 すぐに視界がひなびた農村の景色へと切り替わる。シズ達はちょうど森都アクラスから見て南にある、最寄りの村落『ミーロ村』へ来たところだ。


「お帰りなさい、シズ姉様」


 ログインしたシズを、黒髪の稚い少女が出迎えてくれた。

 イズミだ。もっとも―――彼女は身体こそ幼く小柄でも、シズよりずっと勇敢で高い戦闘力を有している〈侍〉なわけだけれど。


「もうイズミはログインしてるんだ。早いね」

「うちは家族全員が早食いという特徴がありまして」

「そ、そうなんだ……?」


 家族揃って早食いって、一体どういう特徴なんだろう。

 なんとなく食べ物を家族同士で取り合っている姿が、脳内にイメージされた。


 どうやらイズミはログアウトした地点で、シズやユーリ、プラムがログインしてくるのを、わざわざ待っていてくれたらしい。

 パーティチャットで会話を取り合うことができるのだから、別にこの場に留まらず、村落の中を先に見て回っていても良いと思うんだけれど。


「……皆で一緒に、村の中を見て回りたかったので」


 そのことをシズが問うと。イズミは少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら、そう答えてみせた。

 ログアウト前は慌ただしくて、村の中を見て回る余裕なんて全然無かったから。一緒に散策するのを楽しみにしていたらしい。


 そういうことなら、シズだけが先にこの場を離れるわけにはいかない。

 イズミと会話を交わしながら、ユーリとプラムがログインしてくるまで、この場で時間を潰すことにした。


「そういえば、ユーリから聞いたのですが。シズ姉様は料理が得意だとか」

「料理って言うほどのものじゃないけれど、自炊はするね」


 イズミが問いかけてきた言葉に、少し躊躇いながらもシズは頷く。

 シズは作るのは自分ひとりのお腹を満たすためだけの食事でしかない。

 飾り気がちっとも無いし、栄養面も全く考慮されていない。だから『自炊』はしているけれど、それは『料理』と呼べるほどちゃんとしたものではないのだ。


「……シズ姉様は凄いです。私も見習って、なんとか料理の1つや2つぐらいは、自力で作れるようになりたいものです」

「私からすると、刀を巧みに操れるイズミのほうが余程凄いんだけど……。

 そういうことなら今度、何か簡単なものでも一緒に作ってみる?」

「一緒に作る、ですか?」

「うん。お互い、会おうと思えばいつでも会える距離に住んでるわけだしね。週末の休みでも、あるいは夏休みに入ってからでも。これから一緒に調理をする時間ぐらいなら、幾らでも都合できるじゃない?」

「わあ……。是非ともご教授を、お願いしたいです」

「いや、『ご教授』なんていうほど、大したものじゃないけどね」


 手の込んだ料理なんかはシズも全然作れないけれど。

 初心者への多少の手解きぐらいなら、できなくもないだろう。


「何か好きな食べ物とか、逆に嫌いな食べ物とかはある?」

「嫌いなものは特にありませんね。好きなのは……どちらかといえば和食のほうが好きかもしれません。洋食も決して嫌いではないのですが」

「ふむふむ、なるほど」

「あと手軽に準備できて、ご飯が沢山食べられるものとかがあれば、そういうのを優先的に教えて頂けると嬉しいです」

「ん、了解。幾つか候補を考えておくね」


 ご飯が沢山食べられるものといえば、手軽なのはやはり『丼』だろうか。

 とりあえずは、卵とじにして丼を作る方法なんかを教えておけば、色々と応用が効くから便利かもしれない。

 冷凍のネギとかタマネギがあれば、それだけで立派に玉子丼として成立するし。刻んだ油揚げなどがあれば油の味も加わって美味しく仕上がる。

 胸でも腿でもささみでも何でも良いので、鶏肉があれば親子丼にできるし。

 もちろん鶏肉でなくても。豚肉でも牛肉でも、卵でとじれば大抵のお肉は何でも美味しい。

 お総菜の豚カツやメンチカツ、コロッケなどが余っていれば、これも卵でとじるだけで、ちょっと豪華な食事の出来上がりだ。

 あるいは豆腐があれば、丼ではなく単品料理として仕上げることもできる。


 後は―――『照り焼き』の方法なども、覚えておくと便利だろうか。

 お肉でも、あるいは海産物でも。照り焼きにして美味しくならない食材なんて、殆ど無いんじゃないかと思えるぐらいだしね。


「シズ姉様と料理……。楽しみです、とても」

「人に教えた経験なんて無いから、上手く教えられなかったらごめんね」

「一度や二度の指導では覚えられなくても、それはそれで何度でも繰り返しシズ姉様にご教授をお願いする、丁度良い理由になりますから」


 そう告げてイズミは、はにかむように笑ってみせた。

 食べものに関することを中心に、イズミと他愛もない話をしていると。程なく、ユーリとプラムの2人もゲームにログインしてきた。


「あら、随分とイズミさんの機嫌がよろしいようですわね。何かありまして?」

「はい。シズ姉様と逢引きのお約束などを、ちょっと」

「まあ♥ イズミさんも流石ですわね」

「待って」


 間違っても『逢引き』の約束なんてした覚えは無いのだけれど。

 手軽で簡単な調理法を、幾つか教えるだけだよね?


「あ、シズ姉様。忘れない内に『配信』を開始されたほうが」

「おっと、そうだね。ありがとう、イズミ」

「いえ」


 シズは意識して『配信』を再開する。

 するとシズの目の前にいつもの妖精が出現すると共に、視界内のログウィンドウにメッセージが表示された。




+----+

▲配信時間や視聴者数に応じて得られる経験値が溜まったため、

 配信妖精のレベルが『3』にアップしました。

 今回の配信から、以下の機能が利用可能です。

 - 配信の『メンバーシップ』制度の利用

 - メンバーシップ限定配信の設定

 - メンバーシップ限定売買ショップの開設


▲平均視聴者数が一定数より多いため、以下の設定が解禁されました。

 この設定は平均視聴者数が少ないと利用できなくなる場合があります。

 - 動画配信の『収益化』設定

+----+




《配信再開きちゃー!》

《ちょうど新しい村落に着いたところだっけ》

《今日も天使ちゃんの小ぶりなお尻を眺める仕事が始まるお》

《↑通報した》


 すぐに妖精がコメントを読み上げ始めるけれど、シズの耳には入らない。

 それよりも目の前に表示されている文章がよく判らなくて、首を傾げてしまう。


「……めんばーしっぷ?」

「あら、シズお姉さま。何かありましたか?」


 ユーリに問われて、シズが自身のログウィンドウに表示されている文章の内容をそのまま伝えると。ユーリは「あらまあ♪」と嬉しそうに笑ってみせた。


「うふふ。メンバーシップに収益化、ですか」

「とりあえずは放置でいいよね?」

「いえ、それは駄目です、シズお姉さま。すぐにでもメンバーシップ制度の作成を致しましょう? メンバーシップの名前は『天使ちゃん親衛隊』で」

「ええ……?」


《何それ絶対参加するわ》

《加入不可避》

《名前がズルい。俺も今日から親衛隊メンバーの一員になります!》

《これは参加戦争が起きますよ……》

《幾ら払えばよろしいんですの⁉ 幾らでも出しましてよ!》


 名前にどん引きするシズとは対照的に、視聴者からは大好評だ。

 それに何より―――目の前のユーリが満面の笑みを浮かべている。

 それだけでもう何を言っても無駄だということが、理解できてしまった……。


「シズお姉さま。メンバーシップの料金は幾らから設定できますか?」

「え、『メンバーシップ』って有料なの?」

「はい。それが一般的だと思いますが」

「そ、そうなんだ……?」


 シズはこの『プレアリス・オンライン』で初めて『配信』を体験したぐらいなので、この手のことに関する知識が殆どない。

 なので、まさか現実のお金が絡むものだとは思わなかったのだ。


 ユーリの説明によると『メンバーシップ』とは、視聴者が好きな配信者を支援するために用意された、一種の月額課金制(サブスクリプション)サービスのことらしい。

 配信者は自分が開設したメンバーシップに、参加者向けの特典を用意することができる……らしいんだけれど。これは本当に些細なもので構わないそうで、なんならいっそ何も特典を用意しなくとも、それはそれで構わないらしい。

 なぜなら殆どの場合、視聴者は特典目当てで『メンバーシップ』を利用するのではなく、単純に好きな配信者への応援として課金するからだ。

 なので見返りが皆無でも、好きな人はわりと利用してくれるんだとか。


「メンバーシップの利用料金は、お幾らから設定が可能でしょう?」

「えっと……。最低で月額300円から、設定できるみたいだね」

「では、とりあえず下限の300円で開設してみてはいかがでしょうか。現状では何も特典なども用意できないでしょうから、単純な『応援加入』でしょうし」

「……わ、判った。やってみるね」


 とりあえずユーリから指示されるままに必要な設定項目を入力していき、シズはその場で自身の『メンバーシップ』を立ち上げる。

 ―――立ち上げた5分後には、もう参加者が『1000人』を超えていて。

 なぜみんなが参加してくれるのかが判らず、シズは盛大に顔を引き攣らせる羽目になった。


「みんな……。もっとお金は大事にしよう……?」


《ガチャ1回分とか、はした金っすよ!》

《親衛隊員を名乗れるだけで、特典として十分すぎるんだよなあ》

《うむ、間違いない。それだけで3000円でも加入するわ》

《それでも所詮はガチャ10連分だもんな》

《天使ちゃんにお金を直接貢げるとか、ご褒美でしかない》


「貢ぐって……え? もしかして、この月額料金って私が貰うの?」

「……え? あ、はい。もちろんそうですが」

「も、貰えないよ⁉」


 ゲーム会社への料金の一種とか、何かその辺に支払うお金だと思っていたのだ。

 まさか自分の手元に入るお金だなんてこと、シズは想定もしていなかった。


「システム使用料として10%が差し引かれますから、シズお姉さまの手元に入るお金は参加者1人につき270円ですね。現状で既に1000人を超えているわけですから、月収で27万円は確定していることになります」

「にじゅっ⁉ ……し、しかも毎月⁉ そ、そんなに貰えないよ‼」

「うふふ、シズお姉さま。確定申告の際は当家がいつも利用しております腕利きの税理士を派遣致しますので、ご心配なく」

「27万円って、なんだか半端な額じゃないですか?」

「なるほど、イズミさんの言う通りですわね。端数は埋めてしまいましょうか」

「あら、それは大変よい考えですね♡」




+----+

▲ユーリから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!

 :シズお姉さまへ愛を籠めて♡


▲プラムから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!

 :年齢制限で1万円までしか送れないのがもどかしいですわね


▲イズミから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!

 :本日分の私の飼育料です

+----+




「ま、待って、やめて……」

「ふふ♥ これでちょうど30万円ですわね、お姉さま♥」

「続けて『配信』自体の収益化設定もやってしまいましょう、シズお姉さま♡」

「あ、今日からペットの飼育料も毎日お支払いしますね」


《ユーリちゃんには勝てない、はっきりわかんだね》

《お金に怯える天使ちゃんが可愛すぎてスクショが捗る》

《おいおい、天使ちゃんは毎回動画で残すのがお約束だろ?》

《後で掲示板に動画をUPしてたもれ! 後生じゃ、この通りじゃ……!》

《しょうがないにゃあ……》


 このあとユーリに指示されて、『収益化』というやつの設定もさせられた。

 なんか『配信』に広告が付いて、そちらでもお金が貰えるらしい。


 ……ラギから勧められて、ただゲームを配信付きで遊ぶだけだった筈なのに。

 なのにどうして、こんな大金に怯える羽目になっているんだろう……。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全てはラギ殿の手のひらの上でござったか(笑)
[一言] お金持ちのロリッ娘に捕まったのが運の尽きよ……
[一言] これは収益によるヒモ化不可避
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