65. 単純所持
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パスタソースはレトルトでも、結構美味しいものが多い。
スーパーで1人前150~200円程度の、ちょっとお高めのやつはもちろん。2人前入り100円程度の格安な物でも、充分美味しいのだから凄いと思う。
レトルトのソースだけで十分満足できるものだから、パスタソースを自作しようと考える機会が、雫には殆ど無かった。
―――但し、何事にも例外があって。
レトルトの物は我慢できないパスタソースが、雫には1種類だけある。
それは―――パスタの定番中の定番である『ミートソース』。
レトルトはどれもこれも、水っぽ過ぎて好きになれないのだ。
特に安価なものはそれが顕著で、到底満足できるものではなかった。
ミートソースは液状感が0に近いぐらい、肉々しいものが雫は好きなのだ。
なので、いつもミートソースだけは手作りしている。
とは言っても、もちろん毎回律儀に作っているわけではない。10人分ぐらいを纏めて作ったら小分けにして冷凍し、これを2ヶ月ぐらいかけて消費する。
本当は手作りのミートソースは冷凍しても、1ヶ月ぐらいで食べきった方が良いらしいけどね。
一人暮らしだとどうしても消費ペースが遅いので、多少の妥協が必要になる。
というわけで―――本日のお昼ご飯はミートソースのパスタ。
冷凍している分をコンスタントに消費する必要があるから、大体週に1度はこのメニューがお決まりになっている。
解凍したソースを茹でたパスタに乗せるだけなので、用意はとても楽。
もちろんそれとは別に毎食恒例のサラダストックを1人分取り分けたり、スープを用意したりはするけれどね。
ちなみにミートソースパスタは意外と、わかめスープに合うとシズは思う。
「お?」
食事を摂っている最中に、スマホがメッセージの受信音を奏でた。
先程、到着したばかりのミロー村でログアウトする際に。ユーリがメッセージをやり取りするグループに誘うと言っていたから、多分それ関連だろう。
食事を摂りつつスマホを確認すると、案の定何かのグループに招待されていた。
参加者は雫を含めて丁度4名。なので雫の他にユーリとプラム、イズミの3人が参加しているんだろう。
『お誘いしたアカウントは、シズお姉さまのもので合っていますか?』
グループメッセージでそう問いかけているのは『友梨』という名前の子だ。
名前から察するに、彼女がユーリなんだろう。
ゲームの中だけでは知り得ない、彼女の新たなことに触れられた気がして、雫はそれだけで嬉しい気持ちになった。
『合ってるよ。招待ありがとう、よろしくね』
『あら。シズお姉さまではなく、雫お姉さまとお呼びするべきでしたね』
スマホに入れているメッセージアプリは、主に学校の友達とのやり取りに使用しているから、アカウントには本名の『雫』で登録している。
その名前が見えたからだろう。ユーリがそんな風に言ってみせた。
『お姉さま。わたくしがプラムです、よろしくお願い致しますわ』
『同じくイズミです。こちらでもよろしくお願いします』
そう発言した2人の名前は、それぞれ『梅』と『一心』になっていた。
なるほど、本名が『梅』だから英語で『プラム』というわけだ。
『一心』は読み方が難しいけれど、多分そのまま『いずみ』と読むんだろう。
正直『イズミ』というキャラクター名は、たぶん苗字から取っているのだろうと思っていたから。名前由来というのが意外だった。
『お姉様。いまプレゼントを送信致しますので、少々お待ち下さいまし』
『……プレゼント?』
『はい。きっとお喜び頂けると思いますわ』
プラムがそう告げたメッセージに、雫は首を傾げる。
……プレゼントって、一体何だろう?
メッセージアプリで送信できるんだから画像か動画か、あるいは音声のような、何らかのデジタルデータなんだろうけれど。
何が送られるのか想像しながら、雫がのんびり食事を続けていると。
そのデータは3人全員から一斉に、メッセージに添付する形で送信されてきた。
「―――‼ んっ! ごほっ、ごほっ!」
思わず雫は口に含んでいたわかめスープを、その場で盛大に噴いてしまう。
3人からそれぞれ送られてきたのは―――『自撮りの写真』だ。
シズはまだ友梨や梅、一心の姿を見たことがないから。現実世界での彼女たちの姿を映した写真は、当然それだけで価値があるものなわけだけれど。
でも―――重要なのは、そこじゃなくて。
ここで問題なのは撮影されたその姿が全て、何故か下着姿ということだ。
当然その写真が、同性愛者であるシズに対しクリティカルヒットするものであることは、もはや言うまでもない。
『―――いやいや⁉ 何してんの⁉ 何してんの⁉』
『うふふ♡ 雫お姉さまに喜んで頂けましたなら、何よりです♡』
わざわざハートマーク付きで、そう返事を送ってくるユーリ。
文章メッセージの筈なのに、すぐにユーリの声そのままで脳内再生された。
ちなみにユーリとイズミはブラトップの下着なので、露出度は低めだ。
唯一プラムだけが、早くもサックスブルーのファーストブラを着けていた。
(……私が初めてブラ着けたのって、確か去年だった気がするなあ……)
ちょっと遠い目になりながら、シズはそのことを思い出す。
プラムはユーリのクラスメイトだと聞いているから、年齢はまだ9歳か10歳の筈だ。それなのに、もうブラに手を出しているとは、恐ろしい子……!
……来年か再来年あたりには普通に胸で負けそうで、ちょっと怖い。
『ふふ♥ 本当は全裸の自撮りを、お姉さまへお送りしようかと思ったのですが』
『やめてね⁉ 私スマホのセキュリティに全く自信無いからね⁉』
何しろ、普段は画面ロックさえ掛けていないのだ。
……とりあえず、後で忘れずに最低限のロックは掛けようと思う。
即行でストレージへ保存したユーリ達の下着姿の写真は、間違っても第三者に見られるわけにはいかないし。
『はい。残念ですが、そちらはやめることに致しましたので、ご安心下さいませ。何かの間違いで、お姉さまが『単純所持』で捕まってしまわれたら大変ですし』
「単純所持……?」
言われた言葉の意味が、一瞬判らなくて。
雫はゆっくり数秒間ほど、その場で首を傾げてから。
「………………ああ、なるほど」
プラムが告げた言葉の意味を唐突に理解して、雫は軽く目眩がした。
いやまあ、そうだろうね! 9歳の裸の写真なんて持ってたら危ないだろうね!
というか下着姿ならセーフなんだろうか……。充分ヤバいような……。
『まだ警察に捕まりたくはないから、本当に勘弁して……』
『はい。私達の裸は画像では無く、雫姉様の目で直接見て頂きたいですし』
『雫お姉さまと、リアルでお会いできる機会を楽しみにしていますわ』
『ゲームと同じように、こちらでも一緒にお風呂に入りましょうね、お姉さま♥』
『そ、そうだね、機会があったら』
ゲームだけでなく、現実でも彼女達と仲良くなりたい気持ちは雫にもある。
幸いもうすぐ夏休みが来るし。長期お休みの間にでも、ユーリ達と何度か実際に会っておきたいところだ。
……お風呂に一緒に入るかどうかは、ともかくね。
3人の裸を目の当たりにしたら、またのぼせる羽目になりそうな気がするし。
それから雫は食事を続けながら、3人とゲームとは関係がない様々な話をした。
予想はしていたけれど、やはり3人はシズが住むマンションから、それほど離れていない場所に住んでいるらしい。
乗り換えも要らず、電車1本20分ぐらいで行ける距離なので、会おうと思えばわりと気軽に会うことができそうだ。
3人は同じクラスメイトだけれど、現時点では誕生日が一足早いプラムが10歳で、ユーリとイズミの2人は9歳になるらしい。
なおユーリとプラムの2人は予想していた通り、いわゆる『お嬢様』らしくて。苗字を聞けばそれだけで判るレベルの、大きな企業に関係する家柄だそうだ。
またイズミはイズミで世間的に有名な神社を奉祀する、神職の家柄だとか。
『3人とも、本当に凄いんだね……。庶民の私からすると世界が違うや』
『うふふ♡ シズお姉さまが他人事の気分でいられるのは、今だけですね』
『……え?』
『いつかの未来に、シズお姉さまが就職活動をなさいます時には、是非まず私達に声を掛けて下さいね?』
『その時はお爺様におねだりして、役員の席をひとつ空けさせますので♥』
『あっ、プラムちゃん狡い。シズお姉さまに先に目を付けたのは、私ですよ?』
『ふふ♥ こればかりはユーリさんにも譲れませんわ』
……な、なんだか自分の意志とは関係ない所で、将来が決まりつつあるような。
彼女達と一緒の未来を選ぶためには、これも必要なことなんだろうか……?
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お読み下さりありがとうございました。