63. 備えあれば嬉しいな
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暫く探索を続けている内に、シズとユーリの戦闘職レベルが『7』に、イズミとプラムの戦闘職レベルが『6』へと成長した。
レベル4のゴブリンやレベル5のスライムとしか遭遇しないお陰で、この辺りは経験値の効率がとても良い。それに加えて全員がデイリークエストを達成できたこともまた、経験値面での大きなボーナスとなった。
お陰でスキルポイントも随分増えたから、後でどのスキルを伸ばすのか考えるのが楽しみだ。
「―――あ」
「シズ姉様、何か?」
「いや、ごめん。ヒールベリーがあるなあと思って」
シズの〈錬金素材感知〉スキルが、この先にヒールベリーが40個ぐらい纏めて存在していることを感知する。
ヒールベリーは水気が多い場所に生える植物だ。ということは―――。
「この先に、川があるのでしょうか?」
「多分そうだろうね」
ユーリの言葉を、同じことを考えていたシズは肯定する。
おそらく100mも歩かない内に、見えてくるのではないだろうか。
とりあえず、ヒールベリーがあるのなら採取しない手は無い。
付近にスライムが3匹居たので、その対処をスケルトン達に任せた上で、シズ達は採取作業に専念する。
ちなみに今回はイズミも採取のほうを手伝ってくれた。
スライムにはあまり、刀での攻撃が有効ではないからだろう。
ヒールベリーは殆どの場合グループを形成して生えているので、1つ発見すればその近辺だけで大体20個から50個ぐらい採れる。
河川の近くではそのグループを比較的簡単に見つけることができるので、大量に効率よく採取することが可能だ。
ヒールベリーが群生したポイントを何箇所か採取しながら進むと。事前に予想していた通り、程なく森が途切れて広い河川に差し掛かった。
右手側の30メートルほど先を見ると、橋が架けられているのが見える。
あの橋は、森の中を通る交易路から接続しているものだろう。
「お姉さま、この先はいかが致しますか?」
進路を阻まれてしまったが、別に先へ進む必要があるわけでもない。
ここから川に沿って西方向を探索し、水場の近くに群生するヒールベリーの大量確保を狙うというのも、十分に魅力的な選択肢だ。
とはいえ、植物にも当然『縄張り争い』のようなものがあるから、ヒールベリーが多く群生している場所では、それ以外の植物は育ちにくくなる。
ユーリが必要とするカムンハーブや、プラムが必要とするクラナビを採取することも大事なので、ヒールベリーの在庫が逼迫しているわけでもない現状だと、あまり自分の採取ばかり優先すべきでは無いだろう。
「川を渡って進もうか。プラム、一旦スケルトン達を収納してくれる?」
「承知致しましたわ」
シズの要請を受けて、4体のスケルトン達がプラムの影の中へ格納される。
それからシズ達は手を繋ぎ、河川の上を『浮遊』して越えることにした。
右手側すぐの場所に橋があるのは判っているけれど。どうせ飛べるのだから、わざわざ橋がある方へ向かう必要もない。
川幅はかなり広く、20mぐらいはありそうに見えるけれど。当初よりも浮遊できる時間が伸びている今のシズになら、渡るのに苦労する距離でも無かった。
「……あっ。お姉さま、川を渡った先に未知の敵です」
「おっと、何体?」
「4体です」
「ん、了解。着地したらすぐにスケルトン達を出して、戦闘の準備を―――」
そこまで言いかけたタイミングで、川向こうの様子が目に入ってくる。
川原より少し先の森の木々にそって立つ形で―――まるで渡河するシズ達を待ち受けるかのように、4体のゴブリン達がこちらに向けて弓を構えていた。
「ヤバっ……!」
良くも悪くも、浮いている最中は遠距離攻撃に対して無防備。
しかも4人並んで手を繋いでいる都合上、仲間に挟まれているシズとプラムは両手が塞がっていて、本当に何も出来ない状態だ。
一斉に放たれたゴブリン達の矢が、飛行するシズ達の元へと―――。
「【突風】!」
―――届くよりも前に。
突然巻き起こった強い風が、飛来する矢の軌道を逸らしてくれた。
この突風はユーリの精霊魔法によって引き起こされたものだ。
「ありがとう、ユーリ!」
「気をつけて下さい! 何か塗られています!」
「………!」
すぐにゴブリン達が2本目を射ようと、矢筒から新しい矢を引き抜く。
その様子を観察してみると。ユーリの言った通り、矢の先端にある鏃の部分に、紫色の液体が塗布されているのが見て取れた。
(……毒!)
幸いゴブリン達が次の射撃を撃ってくるよりも早く、渡河を終えることができたから。着地すると同時に4体のスケルトン達がプラムの影から飛び出して、即座にシズたちの前を固めてくれて。
程なく放たれた2射目は、スケルトン達の盾が全て防いでくれた。
いや―――1本だけは防ぎきれなかったみたいで、矢がスケルトンの膝に突き刺さっているけれど。
スケルトンは大したダメージを受けていないし、毒に冒されてもいないようだ。
もしかすると、スケルトンは『毒』に対する耐性を持つのかもしれない。
何しろ骨だけの身体だから、毒が身体に回る筈も無いわけだ。
なお、ゴブリン達が3本目の矢を射ることは無かった。
素速く距離を詰めたイズミが、弓を持つゴブリン達のうち3体をあっという間に斬り伏せて回ったからだ。
残る1体は例によって、スケルトン達が包囲してボコボコにした。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:0
獲得アイテム:銅鉱石、鉄鉱石、毒薬
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:1
獲得アイテム:銅鉱石×3
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:1
獲得アイテム:鉄鉱石×2、毒薬
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:280/スキルポイント:1
獲得アイテム:銅鉱石、鉄鉱石、毒薬
《特性吸収》により錬金特性〔毒属性Ⅰ〕を吸収しました。
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レベル『6』の魔物なので、経験値はグリーンスライムよりも更に高い。
飛んでいる時を狙い撃たれたから、思わず慌ててしまったけれど。イズミの刀で1度斬っただけで倒せていたみたいなので、肉薄さえできれば脅威となる魔物でもないようだ。
むしろ戦闘職のレベル上げをする上では、好都合な魔物かもしれない。
「……どうしましょう、シズお姉さま。毒を使う魔物が出て来ましたし、都市まで一度帰還して、毒に対する備えを調達してきた方が良いかもしれませんが」
「あ、それは大丈夫だと思う」
ユーリにそう答えて、シズは『インベントリ』から解毒霊薬を取り出す。
シズが取り出したアイテムを見て、ユーリは大変に驚いてみせた。
「さ、流石ですシズお姉さま! 既に解毒薬を用意済だなんて!」
「ゴブリンが毒を用いることなど、お姉さまにはお見通しなのですわね」
「シズ姉様になら、当然のことです」
「や、たまたま準備してただけだから……」
みんなが随分褒めそやしてくれるけれど。このアンチドートは視聴者からプレゼントされた霊薬メモのレシピから、たまたま調合していたもの。
好きな子達から褒めて貰えるのは、もちろん嬉しいこと。とはいえ、別に予期していたわけでも備えていたわけでもないので、シズとしては少々困惑してしまう。
(それにしても……)
この霊薬を生産したのは、ちょうど今朝のことだ。
何と言うか―――随分と都合の良いタイミングで、毒を使う魔物が登場したものだなあと。思わずシズは苦笑してしまった。
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お読み下さりありがとうございました。