62. メロンゼリーは何色か?
《やっと配信再開キター‼》
《シズっち……。配信するの忘れてたね?》
《1時間ぐらい休憩入れたら、また天使ちゃんが見られると思ってたのに……》
《朝起きてまず天使ちゃんの慎ましい胸を眺めないと元気が出ない》
《お姉さまの勇姿をもっと眺めたいのですわ!》
「ごめんね、完全に忘れてた。―――あと、ひとりはちょっと待とうか」
即行で軽口を叩いてくる視聴者に、シズは苦笑しながら答える。
配信者と視聴者の距離は近いようで遠く、けれど遠いようで近い。
平気で軽口を言えてしまう距離感は、良くも悪くも『配信』特有のもので。シズはこの気安い関係性が、案外気に入っていた。
―――っていうか、慎ましいって何だね、慎ましいって。
確かにクラスの平均より、ちょっと小さいかもしれないけどさあ!
「でもシズお姉さまって、スタイルは凄く良いですよね」
「そう? そんなのは両親からぐらいしか、言われたことないけど」
「そのキャラクターって、体形はいじってないんですよね?」
「うん。初期状態のままだね」
『プレアリス・オンライン』でのキャラクターのデフォルトモデルは、操作するプレイヤー本人の姿をそのまま模したものになる。
まだゲームを開始して1週間程度しか経っていないし、キャラクターを作成した時点から体形が変わっているということもないだろう。
なぜか両親は『雫は体つきの均整が取れていて良い』と、普段から褒めてくれたりするんだけれど。これはたぶん、身内びいきというものだ。
両親以外からは特に何を言われたこともないから。自分のプロポーションが優れているという意識など、シズは持ち合わせていないが。
「シズ姉様は、何か運動をやってらっしゃるんですか?」
「たまに気晴らしにジョギングするぐらい?」
ジョギングも、しっかり毎日続けているならスタイルに寄与するところもあるだろうけれど……。
シズの場合は『天気が良い朝にだけ走る』という中途半端なものだから、大して効果があるとも思えなかった。
そもそも、運動は嫌いではないけれど、かといって別に好きでもないのだ。
「―――シズお姉さま。未知の魔物です」
「何体?」
「1体ですね。あちらはまだ気付いていません」
「1体だけでしたら、私とスケさんで適当に対処します」
そう告げて、シズ達よりも前に率先して進み出るイズミ。
彼女が仲間というのは、本当に頼もしい限りだ。その意志に応えるように、4体のスケルトン達がイズミの両脇を固めた。
「……? 来ませんね」
「一応こちらに向かって移動してきてはいるみたいなのですが……。どうも移動の速度がかなり遅めの魔物みたいですね」
「どうしましょう? こちらから倒しに行っても、スルーしても良さそうですが」
相手の移動が遅いなら、少し脇に逸れて移動するだけで戦闘は回避可能だろう。
とはいえ―――できれば1度は倒しておきたい、という気持ちもある。
ユーリが修得する〈魔物感知〉のスキルは、過去に1度でも倒した経験がある魔物なら、感知した時点でその種別まで判別できるようになるからだ。
「では、こちらから出向いて倒しましょう」
そう告げて、イズミはスケルトン達を連れて魔物が居る側へ向かおうとする。
新しい魔物の姿は、実際に一度見ておきたいから。シズ達も採取の手を止めて、イズミについていった。
魔物がいる方向へ、真っ直ぐ30mほど移動する。
すると、明らかに森の中では異質に見える姿の魔物が、そこにはあった。
「……でっかいメロンゼリー?」
魔物? の姿をまじまじと見つめて、思わずシズは目が点になる。
綺麗に透き通った緑色の、巨大なゼリーがぷるぷると揺れながら、ちょっとずつ地面を移動していたのだ。
「シズ姉様。メロンゼリーって、普通はオレンジ色ではありませんか?」
「あ、そうなのかな……?」
そういえば昔、両親と一緒に暮らしていた頃にお歳暮か何かで貰った夕張メロンのゼリーは、イズミの言う通りオレンジ色だったような気がする。
でもスーパーに売っている安いメロンゼリーは、確か緑色だったような……。
―――って、それは別に、今はどうでも良いことか。
「……これ、何……?」
「魔物の名前は『グリーンスライム』と出ていますね。レベルは『5』です」
「す、スライムなのかあ……」
シズはゲームを普段あまり遊ばないけれど、ファンタジー小説なら読む。
だから自分なりに『スライム』という魔物について、外観のイメージは持っているんだけれど……。
目の前にいるこの魔物は、シズのイメージと掛け離れた姿をしていた。
少なくとも、逆さにしたカップゼリーを皿の上に落としたような―――こんなに綺麗に円錐台形を保っている魔物を、シズは『スライム』と認めたくはない。
「……シズ姉様!」
「わっ⁉」
―――そんなことを考えていると。
突然スライムの体から、液体が放たれて。シズはすんでの所で回避する。
これがスライムの『攻撃』なんだろう。消化液を相手に掛けることでダメージを負わせるとか、そういう類のものだ。
一応このスライムはレベルが『5』、つまりこの場所に出現するゴブリンよりも強力な魔物らしいから。もし回避に失敗していれば、それなりに手痛いダメージを負う羽目になっていたかもしれない。
「シズ姉様を狙うなんて、よくも……!」
怒りを露わにして、スライムに斬り込んでいくイズミ。
もちろん彼女の素速い太刀筋は、あっという間にスライムを両断する。
―――のだけれど。イズミの刀に身体を切り裂かれても、スライムのHPは大して減っていないようだ。
それどころか、一度は斬られて2つに別たれたスライムの身体が、あっという間に引っ付いて。また元通りの、逆さにしたカップゼリーの形状に戻っていた。
「まあ……!」
それを見ていたプラムが驚きの声を上げる。
どうやらスライムに、斬撃はあまり有効ではないらしい。
但し、スケルトン達が持つ鎚矛による攻撃は、普通に有効だった。
スライムは動きが遅いから、4体のスケルトン達に囲まれてしまえば、その包囲から逃れるすべを持たない。
ボコボコに殴られたスライムのHPバーはみるみるうちに減っていき、あっさり討伐されて光の粒子へと変わった。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:175/スキルポイント:1
獲得アイテム:グリーングミ×2
《特性吸収》により錬金特性〔物理耐性Ⅰ〕を吸収しました。
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流石はレベル『5』なだけあり、得られる経験値が多い。
討伐で得られた錬金特性は〔物理耐性Ⅰ〕。たぶん、物理攻撃で受けるダメージを減らす効果があるんだろう。
なかなか役に立ちそうな効果だ。霊薬の効果に追加するのも良いけれど、装備品にアルカ鍍金で付与するのも長持ちして良さそうだ。
「―――あっ、【グミ】ってこれかあ」
ログウィンドウに『グリーングミ』というアイテムが2つ手に入っていることが記載されているのを見て、シズは思わずそう口にする。
「……シズお姉さま? グミがどうかされたのですか」
「とある霊薬の材料に【グミ】を使うんだけれどね。まだ実物を見たことがなかったんだけど、このスライムから手に入るみたい」
ちなみにその『とある霊薬』とは、初級錬金術師が経験を積んでいく上で、最も多く作ることになると言われている『メランポーション』というもの。
これはシズがよく生産している『ベリーポーション』とほぼ同じ効果の霊薬で、HPの回復量も同等なんだけれど。あちらとは違い、時間経過で品質が劣化することがない。
なのでベリーポーションよりも、単純に優れた霊薬だと言える。
「では、今後はスライムも乱獲しなければなりませんね」
「そうだね。見かけたら是非、積極的に狩りたいかな」
装備品にアルカ鍍金が行えるよう、〔物理耐性Ⅰ〕の錬金特性も沢山確保しておきたいから。積極的にスライムを狩るメリットは多そうだ。
ちなみに『グリーングミ』は4人全員にそれぞれ2つずつ手に入っていた。
スライム1匹から8個も手に入るなら、収集効率はかなり良い。
ユーリたち3人にとっては使い途がない素材らしく、スライムから手に入った分は全て譲ってくれるらしい。なのでスライムと頻繁に遭遇できるようなら、すぐに数を揃えることができそうだ。
「スライムを材料に使い霊薬って、どういう味なんでしょうか?」
「そ、そこは、あまり深く考えない方が、いいんじゃないかな……」
イズミがぼそっとつぶやいた言葉に、シズは思わず苦笑する。
『スライム味』がする霊薬なんて、誰も飲みたいとは思わないだろう。
とはいえ幸いなことに、霊薬は素材の味を継承しない。
例えば、ヒールベリーは非常に酸っぱい果実だけれど、それを材料に作るベリーポーションは特に何の味もしない霊薬なのだ。
メランポーションでも同じことが言えるだろうから、飲用時に『スライムの味』を感じるようなことは無いだろう。……たぶん。
……まあ、材料を知っている人だと。
飲んだ時に、なんとなくそういう味がするように感じると、錯覚を覚えることはあるかもしれないけれどね。
「わ、わたくしは、お姉さまの作るスライム薬なら、飲んで見せます……!」
「いや、そんなことで勇気を出さなくていいから……」
明らかに震えた声で、覚悟を決めてそう言葉を発するプラムに、シズは苦笑しながら答える。
とりあえず『スライム薬』という呼称は、とても語弊があるのでやめて欲しい。
森の中を南側へ移動しながら探索を続けると、スカウトとファイターの2種類のゴブリンや、グリーンスライムとばかり遭遇した。
現在位置の辺りだと、この3種類の魔物しか棲息していないんだろうか。
経験値もスキルポイントも美味しいし、ドロップもシズやイズミにとって嬉しい魔物なので、この3種類だけで十分に美味しいんだけどね。
ゴブリンはイズミがあっという間に倒してしまうし、スライムはスケルトン達が囲んでボコボコにしてしまう。
だからシズとユーリとプラムの3人は、ほぼ採取作業ばかりを行っていた。
「ごめんね、戦闘に全然参加しなくて」
シズたちが戦闘に参加しないのは、別に怠けているからではない。
現状の戦闘が、イズミとスケルトン達だけで十分に対処できているから、単純に参加する余地が無いのだ。
下手に参加しても、却って邪魔をしてしまいそうだから。始めから戦闘に参加しないスタンスを取っているわけだけれど―――。
とはいえ、それを心苦しく思わないわけではない。
なのでシズが謝罪の言葉を告げると。イズミは何でも無いことのように、朗らかに笑いながら答えてくれた。
「いえ。毎回MPを回復して頂けるだけでも、本当に助かっていますから」
「そう?」
「はい。それにシズ姉様のお役に少しでも立てていると思うと、趣味で学んでいた剣技が報われるようで私も嬉しいんです」
―――イズミの腕前は、どう考えても『趣味』のレベルを遙かに逸脱しているとしか思えないんだけれど。
イズミがそれを『趣味』だと言い張るなら、否定しないのが優しさだろうか。
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お読み下さりありがとうございました。