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60. どうせ見られているなら空を飛ぶ

 


     [10]



「あのー……。ユーリさん、イズミさん」

「はい? 何ですか、シズお姉さま?」

「何でしょう? とりあえず『さん』付けはやめて下さいね、シズ姉様」

「あ、はい。あの……そこまで引っ付かれると、流石に歩きにくいんですが……」


 現在シズ達は、以前にユーリと2人だけで狩りをしていた頃に敗北を喫した、因縁の相手であるゴブリン・スカウトやゴブリン・ファイターが棲息する南部の森に再挑戦するため、都市の南門へ向かっている最中なんだけれど。

 錬金術師ギルドを出てからというもの―――シズの左腕にはユーリが、右腕にはイズミがそれぞれ密着して離れてくれないものだから、非常に歩きにくい。


 もちろん可愛い女の子から抱き付かれること自体は、とても嬉しいんだけどね?

 都市に住む人達から随分と視線も集めてしまうし……。目抜き通りを歩いているだけでも結構、気恥ずかしいものをシズは感じずにいられなかった。

 まあユーリたち3人はもとより、シズもまだまだ子供と言って差し支えない年齢だから。都市の住人から向けられる視線はいずれも、何か微笑ましいものでも見るかのような、温かいものではあるんだけれど……。


「うふふ♡ 歩きづらいぐらい、良いではありませんか♡」

「そうですよ、シズ姉様。このぐらいは受け容れるのが甲斐性です」

「う、うーん……」


 ちなみにプラムはシズの少し後ろを歩きながら、ずっと楽しげに笑っている。

 ……まあ、まるで大岡裁きでもされているかのような格好で、歩いている様子を(はた)から眺める分には、実際面白いのだろう。


「ああいうことを言ったからには、3人からはもっと距離を取られるかと思ってたんだけどなあ……」


 ―――今後は誘惑してきたら『手を出す』と。

 そのことを明確に宣言した以上は、ユーリもイズミもプラムも、身体的な接触を伴うような行為は控えるだろうと。そうシズは思っていたんだけれど。

 ところがどっこい、ユーリもイズミも、ギルドを出てから1秒たりともシズから離れてはくれなくて。結果、今みたいな状態で歩く羽目になっていた。


「あら、距離を取るだなんて―――。どうして嬉しいことを言われただけなのに、シズお姉さまから離れなければならないのですか?」

「……嬉しいことなの?」

「誘惑されると我慢できないというのは、シズお姉さまが私達を『子供』だと軽く見てはいない証左ですよね? しかも手を出す場合には、ゲームだけでなく現実の私達にも関わりを持ちたいと、そのように言ってくださって―――。

 それが私達にとって、どうして嬉しく無い筈がありますでしょう?」

「ユーリの言う通りです、シズ姉様。私達はとても嬉しかったですよ?」

「わ、わかったから、あんまり引っ張らないで……」


 左右の腕を強く引っ張られて、シズはもう完全になすがままだ。

 イズミにはもちろん、ユーリにも[筋力]の数値で負けているから。拘束を緩めようと思っても、シズには抵抗らしい抵抗さえできはしない。


「あー……。プラム」

「はい? 何ですの、お姉さま?」

「空を飛ぶから、ユーリかイズミと手を繋いで貰えるかな」


 というわけで―――もう『飛ぶ』ことで南門まで移動することにした。

 日中に飛ぶと非常に目立ってしまうから、最近は夜にしか都市内ではあまり飛ばないよう自制していたんだけれど。

 今日は両腕に女の子を侍らせてる時点で、どうせもう目立っちゃっているから。歩きづらい格好でのろのろと動くよりは、浮遊して速やかに目的地まで移動してしまうほうが賢明だろう。


「そういえば、お姉さまの浮遊スキルって確か、当初は『2人』までしか一緒には飛べないのでは無かったでしょうか?」

「ん、そうだね。ランクを上げたお陰で、今は『3人まで』可能になってるんだ」


 空を飛べるのは、〈聖翼種の浮遊能力〉というスキルの能力なのだけれど。このスキルは当初『手を繋いでいる相手2名までと一緒に飛べる』というものだった。




+----+

〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉


 最大で『30秒』まで空中をゆっくり浮遊できる。

 一度着地すると『70秒』は再浮遊ができない。

 この効果は手を繋いでいる相手にも適用される。(最大3名まで)


+----+




 けれど、スキルランクを上げたことで人数制限が拡張されており、現在では一緒に飛べる人数が『3名』に増えている。

 なのでユーリやイズミを経由してプラムにも手を繋いでもらうことで、4人全員が一度に『浮遊』することが、今では可能になっているのだ。


 ちなみに人数制限が拡張されたのは、スキルランクを『4』に上げた時。

 この調子で更に制限の拡張が期待できるようなら、ランク7で『4名』、最大ランクの10では『5名』まで一緒に飛べそうな気がする。

 このゲームは一度にパーティを組めるのが『6名』までだから、シズの他に5名を連れて飛ぶことができるなら、それはフルメンバーのパーティが丸ごと浮遊できることに等しい。


 《天翔る翼》の異能(フィート)のお陰で浮遊可能な時間が倍の『60秒』まで増えており、大人が自転車を走らせるぐらいの速度も出せるようになっているから。数度の浮遊を繰り返して移動すれば、すぐに都市の南門へは辿り着く。

 もちろん浮遊すれば、都市の門や壁を超えることもできるだろうけれど―――。

 それは流石に問題になりそうな気がするから。いつも通り衛兵にギルドカードを提示して、南門は歩いて通行することにした。


 都市外に出た後は再び浮遊して、ピティ達が棲息する草原をスルー。

 交易路が森の中へ入る辺りまで来てからは、流石に徒歩移動に切り替えた。


「シズ姉様の浮遊って凄いですね……。まさか、こんなに移動が楽になるなんて」

「あはは。北側の森の探索では、あんまり飛ぶ機会無かったもんねえ」


 イズミの言葉に、シズは笑顔でそう答える。

 昨日の探索では渓流を越える時にしか、シズは浮遊能力を披露していない。

 なので今日みたいに移動時間を短縮するために飛ぶのは、イズミやプラムにとって初めての体験だった筈だ。


「プラム、そろそろスケさんを出しても良いかも」

「あ、そうですわね」


 イズミの言葉に答えて、プラムの影から2体のスケルトン達が飛び出す。

 出現したスケルトン達は首を回したり肩を回したりと、まるで凝って固くなった身体をほぐすような動作をしてみせた。

 こういう仕草もまた人間らしくて―――。やっぱりシズには(中にプレイヤーがいるのでは?)と思えてならない。


 シズが『インベントリ』から2本の鎚矛(メイス)を取り出して、スケルトンに向けて差し出すと。スケルトン達はその場で片膝を突き、どこか厳かな様子で受け取ってみせた。

 その仕草から―――スケルトン達がシズに対し、充分な敬意を払ってくれていることが伝わってくる。

 スケルトンの主人はプラムなので、彼らから見ればそのプラムを『眷属』にしているシズは『主人の主人』ということになる。

 なのでシズに対してはプラムと同様か、それ以上の敬意を示すんだろう。


「どうやらシズ姉様のことも、主君として認めているみたいですね」


 その様子を見て、イズミがそう率直な感想を口にした。

 プラムを『眷属』にしたことは、既にユーリとイズミの2人には話してある。


「頼りにしてるね」


 シズがそう告げると、スケルトン達が嬉しそうにガッツポーズをしてみせた。

 ……彼らは骨だけの体だから、ガッツポーズをしても上腕二頭筋が盛り上がったりはしないんだけれどね。

 それでもまあ、なんとなく『嬉しそう』というニュアンスは伝わってくる。


 更にプラムがその場で、新たに2体のスケルトンを生成した。

 これでスケルトンが合計4体。全員が盾と鎚矛(メイス)という、いかにも堅牢そうな武装で身を固めているだけに、見た目からして頼もしい。


「シズお姉さま、少しだけ街道を()れた場所を歩きませんか?」

「ん、了解」


 この交易路の近くは2日前の金曜日にも通っている。

 なので、この交易路から〈錬金素材感知〉スキルが届く10mの範囲内にある素材は、その時の採取で数が減っている筈だし、まだ再生もしていないだろう。


 というわけで、シズ達は交易路から東に20mほど離れた森の中を移動する。

 北方の森と同様に、都市南方に広がる森もまた樹木の密度はそれほど高くない。だから森の中へ入っても歩きづらいということは無かった。

 もちろん密度が低いとは言っても森は森なので、武器を振り回したりして戦ったりするには、やや不向きな場所ではあるんだけれど。


「イズミはここで戦闘になっても大丈夫?」

「問題ありません。閉所での戦闘にも慣れておくよう、日頃から十分な訓練は積んでいますから。このぐらい樹木の感覚が広ければ気にもなりません」

「そ、そっか」


 シズがそのことについて問うと、イズミはあっさりそう言ってみせた。

 幼い年齢で剣の扱いに慣れているだけでも驚きなのに。特殊な状況を想定した訓練まで積んでいるという事実に、シズとしては驚くばかりだ。


 同じことをスケルトン達も訊いてみたところ、大丈夫そうだった。

 彼らは言葉こそ喋らないけれど、こちらの言葉は理解しているし、あちらからもジェスチャーで積極的に意志を伝えようとしてくれるから。ちょっとしたコミュニケーションを取るぐらいなら難しくはない。


「お姉さま、カムンハーブがあります」

「あれ? ユーリも感知スキルを修得したんだ?」

「はい。いつまでもお姉さまに頼りっぱなしでは申し訳ありませんので」

「……もしかして、私よりも感知範囲が広かったりしない?」


 ユーリが言う『カムンハーブ』の存在を、シズはまだ感知できていない。

 となれば、ユーリのほうが感知距離で優れていると考えるのが自然だろう。


「〈製薬素材感知〉のスキルランクはまだ『1』ですが……」

「じゃあ感知スキルのランク自体は、私と同じなんだね」


 スキルの詳細情報を確認したところ、ユーリが修得した〈製薬素材感知〉のスキルは、ランク『1』の時点で感知範囲が『20m』あることが判った。

 シズの〈錬金素材感知〉はランク『1』で感知範囲が『10m』だから、有効距離が2倍も違うことになる。


 ではユーリのスキルのほうが優れているかと言うと、一概にそうとも言えない。

 〈製薬素材感知〉では『カムンハーブ』は感知できても、『ステギ』を感知することは一切できなかったからだ。




+----+

ステギ/品質[56]


 【カテゴリ】:素材(根菜)、食べ物

 【錬金特性】:〔魔力回復Ⅰ〕

 【品質劣化】:-1/日


 【飲食効果】:MP+6/満腹度+25


 密度が低く、風通しの良い森林で採れる根菜。

 味が濃厚で甘味も強く、市場では高級食材として取引される。

 調理師が加工することで砂糖を精製できる。


+----+




 『ステギ』は薬効を持たないので〈製薬素材感知〉の対象外なんだろう。

 一方でシズの〈錬金素材感知〉は、【錬金特性】を有している素材なら何でも感知することができる。

 感知できる対象が広範なぶん有効範囲が狭く設定されているのだと思えば、納得できるものがあった。


 ―――というわけでシズは主にステギを、ユーリは主にカムンハーブを採取しながら森の中をゆっくりと移動していく。

 どうやらイズミも〈植物採取〉のスキルを修得してくれたようで、プラムと共に採取を手伝ってくれたので、素材の回収はとても捗った。


「ごめんね、スキルポイントが多分『200』も必要だっただろうに」


 採取作業の傍らに、シズはそうイズミに言葉を掛ける。

 イズミの生産職は〔鍛冶職人〕。これは〈植物採取〉のスキルと関連がない職業なので、スキルの修得時には通常の2倍のスキルポイントを要する。

 なのでイズミは、多少無理して〈植物採取〉スキルを修得してくれた筈なのだ。

 そこまでしてくれるのを嬉しく思う一方で、それが少し申し訳無くもあった。


「いえ、シズ姉様のお手伝いができるなら、このぐらいは何でも無いです。それにシズ姉様はきっと、私が鉱石の採掘をする時に手伝って下さいますよね?」

「そりゃもちろん手伝うよ」


 鉱石の採掘は、山岳地帯や『迷宮地(ダンジョン)』と呼ばれる魔物の巣窟で行うことができると聞いている。

 今のところはまだ、そういう場所に行く予定が無いけれど。機会があれば当然、シズも【鉱石採掘】スキルを修得して手伝うつもりだ。


「では私も植物採取を手伝えば、ちょうど公平ですから」


 シズの言葉に、イズミはにこりと笑いながらそう答えてみせた。

 近いうちに『採掘』を手伝って、恩返しができると良いんだけれど……。


「―――お姉さま」

「何体?」

「スカウト2体にファイター1体です。相手はまだこちらに気付いていません」


 ユーリは今日の探索に備えて〈魔物感知〉のランクを『3』に伸ばしている。

 当然、魔物を感知できる範囲も以前より拡がっているから。相手よりも先んじて気づくことができたようだ。

 掲示板で得た情報によると、ゴブリン・スカウトもまた人族を感知するスキルを持っているらしいんだけれど。現在のユーリなら相手が感知してくる範囲を、完全に上回っているわけだ。


「3体程度でしたら、シズ姉様達の手を煩わせるまでもありません。私とスケさんだけで殲滅しておきますので、どうぞ採取作業を続けていて下さい」


 すっくとその場で立ち上がり、イズミがシズ達の前に立つ。

 そんなイズミに呼応するように、4体のスケルトン達がその脇を固めた。


「だ、大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ、お姉さま。私達は採取を続けていましょう?」


 若干の不安を覚えるシズとは対照的に、プラムはとても落ち着いていた。

 ゴブリン・スカウトやゴブリン・ファイターが強力な魔物であることは、敗北を経験したシズには身に染みている。それだけに心配なんだけれど……。


「お姉さま。スカウトとファイターって多分、近接攻撃しかしませんよね?」

「うん、しないと思う」


 少なくとも、弓を持った個体はまだ確認していない。

 もちろん魔物の名前的に、魔法や魔術を使ってきたりもしないだろうし。


「では、逆にお姉さまに訊きますけれど。ただの近接攻撃しかしてこない相手に、イズミさんが武器戦闘で負けると思われますか?」

「あー……」


 言われてみれば、プラムの言う通りだ。

 魔物が搦め手でも使ってくるなら別だけど。武器と武器との殴り合いでイズミが不覚を取るようなことは、シズにはまるで想像もできなかった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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