06. ステマではない。いいね?
[4]
「ほう、なかなか珍しい職業にしたんだね」
キャラクター作成を終えた、その日の夜。
いつも通り『リリシア・サロン』で会ったラギさんは、シズから口頭でどういうキャラクターにしたのか一通り聞き終わったあと、そう感想を口にしてみせた。
「やっぱり珍しい職業なんですかね? 公式サイトの説明を読んで、私も薄々そうなんじゃないかとは思ってましたけど……」
ユトラからアドバイスされたこともあり、キャラクター作成を終えた後にシズはゲームの公式サイトをチェックして、自身が選択した〔操具師〕と〔錬金術師〕の2つの職業について記載されたページをちゃんと確認している。
その際に得た情報から判断するに―――おそらく〔操具師〕というのは、かなり風変わりな職業のように思えた。
〔操具師〕の特徴を言葉にすれば、『アイテムを上手く使う職業』という一言で全て言い表せてしまうのだけれど。実際には、その職能は非常に幅広い。
まず最初から『あらゆる武器や防具を装備できる』という、判りやすい能力を有している。剣や斧のような近接武器でも、弓のような遠隔武器でも問題なく扱うことができるし、防具だって重たい金属鎧でも平気で装備できる。
なので接近戦も遠距離戦も、どちらも問題無く行えるわけだけれど―――。
とはいえ、その実力は本職の〔戦士〕や〔射手〕に較べると大幅に見劣りする。
武器戦闘に役立つスキルは、一般的なものしか殆ど修得できないからだ。
それに能力値面でも不安がある。接近戦をするなら[筋力]と[強靱]が、遠距離戦をする場合なら[筋力]と[敏捷]が欲しくなるわけだけれど。
〔操具師〕的に[筋力]は伸ばしにくい能力値なので、どうしても攻撃の威力が低くなりがちになるのだ。
一応[敏捷]は伸ばせるから、攻撃の命中精度自体は悪くない筈だけれどね。
ちなみに〔操具師〕は、スキルを修得すると『消費アイテムの効果を向上』させたり、その『効果の一部を仲間に分け与える』なんてことも可能になるらしい。
料理や薬品、そして霊薬。どんなアイテムの効果も向上させて仲間に分け与えることが出来るので、このスキルを上手く使えば、ちょっとしたサポート役や回復役として仲間の役に立つことも可能だ。
但しサポート役にしても回復役にしても、どちらで活躍する場合でもアイテムを惜しまず消費することが大前提となるわけだから、当然お財布には優しくない。
お金をどうやって稼ぐかが、プレイ開始後は重要な課題となりそうだ。
―――そうした話をシズが話すと。
同じテーブルで話を聞いていたユーリが、がたっと席を立ち上がって宣言した。
「で、では、不肖ながら私がお金稼ぎをお手伝いさせて頂きます!」
「ユーリちゃんが? でもユーリちゃんって最近は別のMMO-RPGを遊んでるから、『プレアリス・オンライン』には手を出さないって言ってなかった?」
「その予定でしたが……。実は『プレアリス・オンライン』のパッケージを、今日まさにお店で購入してきたところなんです。ゲームの中の世界でも、シズお姉さまのお役に立ちたくて」
「……私の?」
「はい。シズお姉さまのお役に立ちたくて♡」
「お、おう……」
満面の笑みでそう告げるユーリに、シズは僅かに気圧される。
何で同じことを2回言ったの、と思わず訊き返しそうになるけれど。却って自分を追い詰めることになりそうな予感がして、シズは言葉を飲み込んだ。
「お金稼ぎでも、レベル上げでも、素材集めでも。どんな目的でも、いつでも私のことをお誘い下さいませ。きっとシズお姉さまのお役にたってみせますので」
「い、いや、悪いからいいよ。何のお礼もできないし」
「お礼はまたキスをして下さいましたら、それで十分です♡」
「ええ……?」
物欲しそうな視線を向けられながらユーリにそう言われ、シズはちょっと引く。
……先日の濃厚な口吻けがお気に召したんだろうか。
まあ、同性の子にキスを強請られるのは、悪い気はしないけれど。
「あー、うん……。じゃあ、その時はよろしくお願いします」
「はい♡」
何にしても、一緒に遊んでくれる相手が居るのは有難いことだ。
ユーリがどういう職業を選ぶつもりかは知らないけれど。〔操具師〕は間違いなく単身で戦うより、仲間と一緒に戦う方がメリットが多いからね。
「そうだ。済まないがシズに、2つほど言っておきたいことがある」
ユーリとの会話に割り込むように、不意にラギが真面目な顔でそう告げた。
「何でしょう、ラギさん?」
「既に説明してある通り、シズの元へと送りつけたVRヘッドセットは、私の手で改造を施して『セクハラ行為』の制限を解除してあるわけだが。この制限の解除はゲーム『配信』の最中には自動的にオフになるので、承知しておいて欲しい」
「……うん? つまり、どういうことですか?」
「このチャットルームと同じように、『プレアリス・オンライン』のゲーム内でもユーリとキスをすることは可能だが。ゲームの『配信』を行っている最中にだけは例外的に制限が復活し、行為が不可能になるということだね。
本来は『セクハラ行為』として制限される行為を普通に行っているプレイヤーの様子が、配信によって広められると困ってしまうのさ」
「ああ……。なるほど、それはそうでしょうね」
確かに、禁止行為を堂々と実行している場面が『配信』されれば、ゲームを運営する側としては不都合がある。
場合によっては禁止行為の実行者として、シズも何らかのペナルティを負わされることが有り得そうだし。『配信中は自動的に制限が復活する』というのは、こちらの立場からしても有難かった。
「それともう1つ。シズにはゲーム開発メーカーの『モニター』として、『配信』機能を用いた宣伝役を引き受けて貰うわけだけれど……。このことはゲーム内では一切口にしないで欲しい」
「あら、よろしいんですか? ステマには厳しいご時世ですのに」
ラギの言葉を脇で聞いていたユーリが、そう問いかける。
ステマというのは『ステルスマーケティング』を略したもので、広告であるにも関わらず、そうでないかのように偽って宣伝を行う手法を指す言葉だ。
金銭の授受こそ無いけれど、実質的にシズは『機材とゲームパッケージ』を報酬に、配信機能を用いたゲームの宣伝という役目をラギから引き受けている。
だから本来であれば、配信を行う際に『これは宣伝です』と明示する必要があるわけだ。そうしておかないとステマと見なされても仕方がない立場にある。
なのでシズも『配信』を行う際には、そのことを公言するつもりだったのだが。
「いいかい、シズ。私はただ開発メーカーの人間として、長年に渡って付き合いがある友人のシズに、自分が開発に携わった機材やゲームを遊んでみて欲しいという一心から、機材やゲームを無償で譲渡したに過ぎないんだ」
「ええ……? それは強弁が過ぎませんかね……?」
「強弁でも何でも、それが事実だとも。そしてシズは『自己顕示欲の発顕』を目的に、ただ自らの意志でゲームを『配信』するだけだ。―――いいね?」
「私そんな目立ちたがりじゃないですよ⁉」
「―――いいね?」
「いや、よ、良くないですよ……」
「―――いいね?」
「あっはい」
そういうことになった。
-
お読み下さりありがとうございました。
たぶん今話までが導入部分で、次回からが本番です。