59. アルカ鍍金(後)
(―――いや。私はとにかく今日一日、3人に無事で居て欲しいから)
そう思い、シズはブレスレットに付与する特性を〔生命回復Ⅰ〕に決めた。
〔生命回復Ⅰ〕は霊薬に注入した場合、HP回復量を『20』増加させる効果がある錬金特性だけれど。装備品に鍍金として付与した場合、どういう効果になるのかはいまいち予想が付かない。
けれど―――生命を回復させる効果の特性なのだから。きっと3人の生命を守るための、何か良い効果が付くだろうと思ったのだ。
+----+
組み紐のチョーカー/品質[54]
物理防御値:0 / 魔法防御値:3
装備に必要な[魅力]:1
【鍍金付与】:HP自動回復+10(▲あと約23時間後に消滅)
組み紐で作られた、シンプルなチョーカー。
駆け出しの縫製職人がよく手習いのために生産する。
魔法や魔術に対する防御力を僅かに上げる効果がある。
- 縫製職人〔プラム〕が製作した。
+----+
3つのブレスレットへ順番にアルカ鍍金を施す。
付与された効果は『HP自動回復+10』。これは着用者のHPが半分以下まで減少すると自動発動し、着用者のHPを『10』回復させる効果があるらしい。
1度発動すると以降5分間は発動しなくなるらしいけれど。鍍金が持続している限り、5分ごとに何度でも繰り返し効果が発動可能になるようだ。
(……これは、わりと便利なのでは?)
手間いらずにHPを自動で『10』回復できる効果は、結構大きい。
この鍍金を施した装備品を1つ身に付けているだけでも、お守り程度の効果はありそうだし。複数同時に身に付ければ、なおさら強力な保険として機能するんじゃないだろうか。
「えー……。プラムに1つ訊きたいことがあります」
「あら。なんでしょうか、お姉さま」
「このアイテムの名前、どう見てもブレスレットじゃなく『チョーカー』になってるように見えるんだけど。これってどういうことかなー?」
「うふふ♥」
―――あ、これ絶対判ってやってるやつだ。
うん、まあ、そうだろうとは思ってたけれど。
「というわけで、お姉さま。1つあたり300gitaでお買上げくださいまし」
「わーお、お金まで取られちゃう」
「一度ご購入頂いて、お姉さまのアイテムということにしませんと、プレゼントの品としては不適格ですからね。
これに関しましては、ユーリさんに首輪をプレゼントする旨の言質を与えてしまわれた、お姉さま自身の問題だと思いますわ?」
「はい、仰る通りだと思います……」
それを言われると、シズとしては項垂れるしかなかった。
確かに、どう考えても言質を取られたシズが悪いのだ。
むしろ1つ当たり300gitaで済むように、自身で生産した品を安く提供してくれるプラムには感謝すべきだろう。
『―――おはようございます、シズ姉様、プラム』
『イズミ、おはよう』
『おはようございます、イズミさん』
ちょうどそのタイミングで、イズミがゲームにログインしてくる。
更にユーリもまた、それから1分も経たないうちにログインしてきて。パーティチャットが一気に賑やかなものになった。
『イズミさん、ユーリさん。お姉さまが、わたくし達のために『首輪』を用意して下さいましたわ♥』
『あら、それはとっても素敵ですね♡』
『寝起きなのに、テンションが一気に最高になりました』
『あはは……』
用意したというか、売りつけられたというか……。
あと『首輪』じゃなくて『チョーカー』なんだけど……。
まあ、3人が喜んでくれる分には、シズとしては特に文句もない。
とりあえずイズミとユーリには、錬金術師ギルドまで来て貰うことにした。
彼女達の装備品にも、鍍金を付与しておきたいからだ。
「お姉さま。チョーカーの1つを、わたくしの首に掛けてくださいませ」
「ん、了解」
「あと、これはお願い……というより、おねだりなのですが。チョーカーの所有権は、お姉さまのままでお願い致しますわ」
「へ?」
「お姉さまの『眷属』である、わたくしに対してならできる筈ですよね?」
「あー……。そういえば、そうだったね」
《盟約の主Ⅰ》の効果により、シズは自身が所有するアイテムを『所有権を変更しないまま』眷属に、または眷属が支配する存在に貸与することができる。
さして意味があることには思えないけれど。とはいえ、プラムがそうして欲しいと言うなら、シズに拒む理由などある筈もない。
求められた通り、所有権を自身に残したまま『貸与』することを意識しながら、チョーカーをプラムの首に掛けてあげた。
「んっ」
着用者が『寸法調整』と念じれば、サイズ調整の生産魔法が掛かったものは、即座に最も適したサイズになる。
チョーカーが締まった感触に驚いたのか、プラムの口から僅かに声が漏れ出た。
「苦しくはない?」
「はい。個人的には、もう少し強めに締まっていても良いぐらいですね」
そう告げて、プラムが嬉しそうに微笑む。
「……お姉さまの私物を身に付けていられるというのは、種族に『吸血種』を選択したわたくしだけの特権ですわね。ふふ、なんだか私だけが抜け駆けしてしまったようで、ユーリさんとイズミさんに申し訳無い気もします♥」
「口調がちっとも申し訳なさそうに聞こえないけどね」
「いっそチョーカーだけでなく、防具や衣服を全て、お姉さまの私物だけで揃えてみたい気が致しますわね」
「それだと私の意志ひとつで、いつでも裸にひん剥かれることになるよ?」
所有権を渡さないまま眷属に『貸与』したアイテムは、いつでもシズの意志ひとつで、自身の『インベントリ』へ没収することができるらしい。
だから所有権がシズにある衣服や防具だけを身につけるというのは。シズの意志により、全てを簡単に奪われるリスクを伴う。
「ふふふ♥ 全てお姉さまの意の儘にされてしまう、それが素敵なのですわ♥」
「そ、そう……」
頬を紅潮させながら、満悦の表情を浮かべるプラム。
薄々感づいてはいたけれど―――プラムはわりと、『M』寄りの性格をしているような気がする。
今までの言動から察するに、たぶんイズミもそっち寄りだろう。
ユーリは……考えるまでもなく『S』だろうけれど。
それからプラムと少し他愛もない話をしていると。程なく『工房』のドアが外側からノックされ、ユーリとイズミの2人がやってきた。
アルカ鍍金を施したチョーカーをプレゼントすると、2人とも大いに喜んでくれて。贈ったシズとしても大変に嬉しかった。
「3人にちょっと真面目な話があるんだけれど、いいかな?」
プラムから預かった鎚矛と木製の盾に、順番にアルカ鍍金を付与していく作業の傍らに。
チョーカーの感触を確かめながら、嬉しそうにはしゃいでいる3人へ向かって、シズはそう静かに言葉を掛けた。
「真面目な話……ですか? 何でしょう、シズお姉さま」
「あー、昨晩のことなんだけど……。
あのね。私はそんなに我慢が利く方じゃないから……昨晩みたいに3人から裸で誘惑されたりすると、もう全っ然理性が持たないんだよね……」
「まあ♥」
シズの言葉に、嬉しそうに表情を緩めてみせるプラム。
いや、そこは喜んで欲しい所じゃないんだけれど―――とシズは思わず突っ込みそうになったけれど。
見ればその隣にいるユーリとイズミの2人もまた、嬉しそうに顔を綻ばせているものだから。シズは突っ込みの言葉を、そのまま口に出さず飲み込んだ。
「うふふ、シズお姉さま♡ 手を出して下さって、よろしいんですよ?」
「そうですわ。というかわたくし達は初めから、そのつもりですし♥」
「私も決して、安易な気持ちで『大好き』と言ったわけじゃないですから」
「うん、みんながそう言ってくれるのはとっても嬉しい。
だから―――今度からは誘惑されたら、ちゃんと襲うからそのつもりでね?」
シズはそのように、明確な言葉で3人に告げる。
「えっ。し、シズお姉さま……?」
「……わあ」
「まあ♥」
明確に『襲う』と告げたシズの言葉に、ユーリとイズミの2人が大いに驚く。
なぜかプラムだけは嬉しそうに、さらに顔を赤く染めていたけれど。
「本当はちゃんと自制するのが、年長者の務めなんだとは思うけれどね。でも私、理性がどこかで持たなくなって、勢いで3人に手を出しちゃうのは嫌だから。
そうするぐらいなら―――ちゃんと自分の意志で3人を求めるほうがいいって、そう思うから。もし今後ユーリやプラム、イズミから誘惑された時には、私はもう我慢せず、自らの意志で『手を出す』ことに決めたから。そのつもりでね?」
「わ、わあ……」
シズの言葉を受けて、ヤバいぐらいイズミの顔が真っ赤になっていた。
熱中症かと思える程の様相なので、見ていてシズはちょっと心配になる。
「……し、シズお姉さまのお覚悟は、ちゃんと、り、理解致しました」
「あ、もちろんその場合には、ゲームだけの関係で終わらせるつもりはないから、そのことも覚悟しておいてね。
なんなら『現実で会おう』って、すぐ私のほうから求めちゃうかもしれないし、一度会ったら毎週のように会いたいって言っちゃうかもしれない。メッセージとかメールも凄く送っちゃうし、電話することも多くなると思う」
「おお……。お姉さま、本当に本気なのですね」
「うん、ちゃんと本気です。だから、そのつもりでね?」
シズは女性であれば誰でも好きになってしまう性分ではあるけれど。
大好きな女性に対してだからこそ、曖昧な関係性を望んだりはしない。
手を出すなら、ちゃんと『恋人』にする。その明確な意志がシズにはあった。
-
お読み下さりありがとうございました。